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『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #10 『体は全部知っている』 吉本ばなな

#10
2023年11月23日の1冊
「体は全部知っている」吉本ばなな 著(文藝春秋)

皆さま、休むことはできていますか?私は稼働していないと(つまりは仕事が手元にないと)不安を感じてしまい、うっかり休むことを忘れてしまうタチで、意識的に「休もう」と思わないとそれができなくて嫌だな〜と常々思っています。そんなヤツは極端だけど「休みたい」をベースに活動した方が良いのかな、なんて思うことも。メリハリがある方が、身も心も健康でいられることは知っているのに。心と身体のバランス‥難儀‥永遠のテーマ。年齢によっても変化するしね。

でもたまに見つけた休み(というか長めの空き時間)では、すかさず岩盤浴に行きます。ラッキーなことに自転車で10分圏内のところにスーパー銭湯があり、¥1500程度で、岩盤浴と大浴場での入浴を楽しむことができるのです。普段は小銭で済ませられる銭湯派の私にはちょっとした贅沢。昨今のサウナブームには疎いですが、中学生の頃から肩こり持ち(生まれながらの血行の悪さ‥)のわたしゃ、地元の長崎にいる頃から、家族と「今週末どこに行く?何する?」という話題になると「岩盤浴!」と即答するほど、なかなかのティーン・オブ・オバアチャンでしたので、30歳を超えた今も当然変わらず。熱い石コロに寝転がって、身体が芯から温まっていく快感、ジワジワとにじむように汗が噴き出す快感、あと何より寝転がって目を閉じて瞑想に耽ることができる環境も良い。誰にも何にも邪魔されることなく、紛れもなく、己の体と「のみ」対話できる時間を生み出すことができるわけです。頻繁にではないけれど、時間と金銭と心に余裕のあるときは、必ず1人で向かいます。

前置きが長くなりましたが、岩盤欲から帰って、次の『つれづれ読書録』では何を紹介しようかなーと部屋の本棚に目を向けたとき、パッと目についたのがこちら。吉本ばななさんの『体は全部知っている』です。

まさに己の体と対話した直後に体感したことが、そのままタイトルになっている。当たり前のことを捻ることなく、ストレートにシンプルに言い放ったこういうタイトルの物語が好き。そもそも吉本(よしもと)ばななさんの作品は小学生の頃からホームルーム前の「朝の読書時間」で読むために選ぶくらい私の日常に存在し、私のアイデンティティ形成に一役を担ってくれています。未だ、現在発刊されている全タイトルを読むことはできていないけれど、大人になってからも「がんばらないで読むことができる」「自分の核に触れ直したい」ときに、未読のタイトルを手に取って読み進めています。『体は全部知っている』も2〜3年前に古本屋で手に取りました。

暮らしの中に当然存在する、なんてことのない、わざわざ名前をつけるほどのない出来事たちが、身近な人の生死、出会いや別れと向き合う中で、重要なこととして浮き出てくる。「体」が「心」の真髄を教えてくれる。そんな短編小説が綴られています。

「水をやってから、あの花たちが一所懸命に首をあげてお日さまにあたろうとしているのを見ていると、ああ、あんたたち生きてるんだねえ、って退屈しないのよ。時間ができるってそういうことね。もうシクラメンとは友達になったから、あっちではシクラメンも育てられる自信がついたわ。」

「そんなこと言わないで。」

そうやって今まで嫌いだった全てを好きになってしまってから初めていくところがあるのだろう、と思うのは切なかった。

病床に伏せる祖母が意識がなくなる前に、かつては陰気で苦手だと思っていたシクラメンについて、孫に語る一節。体が思うように自在に効かなくなったときに、長く生きながら変わることのなかった人間の心に、変化が生まれる。「体」は正直だとよく言ったものですが、私たちを構成する細胞は自然の一部であり科学的でありながらも、「心」があるからこそそれだけでは説明のできない非科学的な現象も起こりうる、ということが優しく、悲しく、刹那的な情景を見事に繊細に描きながら、思い出させてくれます。

生みの母親との別れの思い出の断片の揺らぎ、お腹の中に宿った小さな命を確信する強さ、両親の離婚危機の最中で得る一瞬の幸福感、誰に認められなくとも自分だけが愛でていられる精の存在‥登場人物たちの小さな日常に湧き起こる出来事は、体が反応することによってファンタジーを孕んで現実に引き寄せられた。そのように感じます。

私の生きてきたなかで、どこかで感じたことのある気持ち、身に覚えのある感覚。それが言葉として紡がれ、物語として生まれ変わり、新しい世界にして魅せてくれる。そしてまたこの心に刻まれる。そんな体と心をループする気持ちよさを与えてくれる短編集。出会ってよかった1冊です。

岩盤浴でふにゃふにゃに溶けてしまった体を、ベッドの上に自ら放り投げ動けなくなってしまったそのときの私の気持ちは、揺るぎなく私の体に身を預けて委ねていた。たまにはそれで良いではないか。嘘をつくことはない。体は全部知っているのだから。

私の最も好きな篇は『ミイラ』。

町の本屋で見つけて、読んでみてください。

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【 わたしのつれづれ読書録 】
古本屋兼ギャラリーの創設を目指し、パークギャラリーと並行して古本屋でも修行中の秋光つぐみ。
『わたしのつれづれ読書録』はパークスタッフのつぐみが出勤日(主に木曜日)に「今日の1冊」を紹介するコーナーです。
パークで開催中の展示テーマに寄せた本、季節や世間のムーブに即した本、つぐみ自身のモードを表す本、人生に影響を与えた本、趣味嗜好まるだしの本など‥日々積読が増えていく「つぐみの本棚」からピックアップした本をお届け。
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PARK GALLERY
木曜スタッフ・秋光つぐみ

グラフィックデザイナー。長崎県出身、東京都在住。
30歳になるとともに人生の目標が【ギャラリー空間のある古本屋】を営むことに確定。2022年夏から、PARK GALLERY にジョイン。加えて、秋から古本屋・東京くりから堂に本格的に弟子入りし、古本・ギャラリー・デザインの仕事を行ったり来たりしながら日々奔走中。
Instagram https://instagram.com/tsugumiakimitsu

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