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『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #07 『ガラスの地球を救え』 手塚治虫

#07
2023年11月2日の1冊
「ガラスの地球を救え」手塚治虫 著(光文社)

近頃、気がついたら読むものが漫画ばかり。中でも手塚治虫氏の『ブッダ』と『ブラックジャック』を並行して読んでいます。

現在、森アーツセンターギャラリーで開催中の『ブラック・ジャック展』がまもなく終わるということで、束の間の時間が取れたので、昨日慌てて行ってきました。展覧会の感想から先に述べると、大変、素晴らしかった。
手塚先生が『ブラック・ジャック』を描くことで訴えてきた生命の摂理、医療倫理などを改めて思い知らされるものでした。1エピソード、1ページ、1コマを全て洗い出し、テーマ・メッセージごとに凄まじい編集力で魅せる、大ボリュームの原画展。会期は11月6日まで、3連休は混雑すると思うけれど、観に行く価値ある展覧会だと思いますので、ご興味のある方は是非。

そこで今日の1冊なのですが『ブッダ』『ブラック・ジャック』を読みつつ脳裏にいつもチラつき、そして『ブラック・ジャック展』に足を踏み入れたことでもう一度読もうと手に取ったのが、こちら『ガラスの地球を救え』です。4年くらい前に古本屋で手に取りました。

これは手塚先生が晩年に書き進めていたもので、完成を見ることなく1989年に亡くなり、その年の4月に発刊された本です。終戦の年から43年間、亡くなる10日ほど前まで創作の手を止めなかったのは何故なのか、彼をそうさせるものは何だったのか、生涯を通して訴えたかったことは何だったのかを知ることができる、自叙伝といったものでしょうか。

なんとしてでも、地球を死の惑星にはしたくない。未来に向かって、地球上のすべての生物との共存をめざし、むしろこれからが人類のほんとうの“あけぼの”なのかもしれないとも思うのです。

冒頭で力強く語られる言葉。止まらない環境破壊、いつまでもやって来ない戦争の夜明け、資本主義社会が生み出す動植物の殺処分‥手塚先生の生前、今から何十年も前からこの世界に強く危機感を持っていて、訴え続けていた。それは作品からも激しく感じ取ることができ、ストーリーを通して私たちに伝えてくれているのですが、この本については、手塚先生の言葉がダイレクトに生々しく響きます。

『アトムの哀しみ』という章では、『鉄腕アトム』という作品を通して訴えたかったことは、本意とは異なる解釈により歪んで伝わってしまったことが書いてあります。

また、自身のいじめられていた幼少時について、戦時中の苦難と戦後の決意について、これらの体験が、後に生まれる『三つ目がとおる』『ジャングル大帝』『アドルフに告ぐ』などに通じることになるのですが、実体験がどのように反映されたのか、自身をどのように投影したのかが赤裸々に綴られ、作品というフィルターを介さないゆえに鬼気迫る表現が続き、手に汗握るというか、胸を打ちつけられるかのようです。

そんな中、いじめられっ子だった自分に「じっとがまんなさい」と言いながら、漫画を “ 読み聞かせ “、与え続けてくれた母親について語る章では、子どもの存在についてこう記しています。

“ ダメな子 ” とか、“ わるい子 ” なんて子どもは、ひとりだっていないのです。もし、そんなレッテルのついた子どもがいるとしたら、それはもう、その子たちをそんなふうに見ることしかできない大人たちの精神が貧しいのだ、ときっぱりいうことができると思います。

子どもは未来そのもの、この世界を築いて行く未来は彼らの手の中にある、だから互いを認めあい、" 異分子 "と思われるものを " 個性 " として育んでいく、それが大人の役目だということが常々語られています。

当時はまだ珍しかった漫画を与えてくれて、己の存在を肯定し続けてくれた母親が、手塚先生の人間として、漫画家としての根源を温めてくれたのです。
そうして、悲痛な経験をしつつも母に支えられ、心豊かに育まれた手塚先生が、偉大なる漫画界の巨匠として歴史に名を刻むことになりました。

そして今もずっと世界中の人々に、地球で生きるということがどんなことなのかを考えるチャンスを与えてくれている。ページを開けば、こうしてこの世界を生きる私もメッセージを受け取ることができる。それが可能な時代、土地で生きている私はまだ幸運なのだとすら思います。

壮大で大きな話で、自分が生きているうちにどうにかできることではないと思う瞬間もあるけれど、今日や明日で隣近所や側にいる人との関わり合いによって変えられる何かも確かにあるかもしれない。そんな小さな可能性から想像を繰り返し「考え続けること」が重要なのかもしれません。

ひとまず、帰ったら早く『ブラック・ジャック』の続きを読みたい、そうすることで考えるきっかけを絶やさずにいようと思います、今は。

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【 わたしのつれづれ読書録 】
古本屋兼ギャラリーの創設を目指し、パークギャラリーと並行して古本屋でも修行中の秋光つぐみ。
『わたしのつれづれ読書録』はパークスタッフのつぐみが出勤日(主に木曜日)に「今日の1冊」を紹介するコーナーです。
パークで開催中の展示テーマに寄せた本、季節や世間のムーブに即した本、つぐみ自身のモードを表す本、人生に影響を与えた本、趣味嗜好まるだしの本など‥日々積読が増えていく「つぐみの本棚」からピックアップした本をお届け。

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PARK GALLERY
木曜スタッフ・秋光つぐみ

グラフィックデザイナー。長崎県出身、東京都在住。
30歳になるとともに人生の目標が【ギャラリー空間のある古本屋】を営むことに確定。2022年夏から、PARK GALLERY にジョイン。加えて、秋から古本屋・東京くりから堂に本格的に弟子入りし、古本・ギャラリー・デザインの仕事を行ったり来たりしながら日々奔走中。
Instagram https://instagram.com/tsugumiakimitsu

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