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【 ZINE REVIEW 】 COLLECTIVE エントリー (53) 若林 『夏のあしあと』(東京都葛飾区)

COLLECTIVE の準備がはじまるくらいに徐々に蝉が鳴き始めて、返品が終わる頃にはすっかり秋の気配になる。ここ3年はこの期間が ZINE と一緒にあっという間に過ぎ去ってしまう。夏らしいことを特にすることもなく、ここ数年は生きている。ひと夏の思い出、なんてものがお金で買えるのであればきっとそこそこ売れるだろうね。何度も何度も思い出しては噛み締めることができるような思い出。ぼくは買わないけど。

ひと夏の思い出といえばだいぶ思い出す景色がある。ある日、「飼っていた猫が死んでしまった」と、下北のバーでたまたま知り合って一度飲んだことがある、くらいの女の子から連絡をもらった。体が弱いというのは前から聞いてて知ってた。悲しくてやりきれないので、来て欲しいという電話だった。ぼくはその時、無職でひまだったので、甲州街道を自転車で30分くらい走らせて下高井戸にあるというそのマンションに向かった。夏の太陽が真上から落ちてきそうなほど熱い。汗をたくさんかいた状態で、指定の階まで一度あがっていったけれど、ドアの前で、手ぶらなことに気づいて、少し戻ったところにあるコンビニに、2人分のビールを買いに戻った。なんて声をかけていいか、考えながら。猫は死んだらお葬式とかやるのかな、とか。そんなことを考えていたと思う。コンビニから戻ると、エレベーターは修理で封鎖されてて、6階だか7階まで階段でのぼった。ピンポンと鳴らすと、憔悴しきった彼女が扉を開けた。遮光カーテンで真っ暗な部屋の中で、エアコンもつけずに、いた。大丈夫?と聞くと、玄関先で泣き崩れた。ビールでも、というような感じでもなかった。猫はベッドの上にまだいて、静かに目をつむって、足をピンと伸ばしてた。生きていると言われたらそう思うし、死んでると言われたら死んでると思うような格好だ。カーテンの隙間からのわずかな光で、部屋全体の様子はわかった。猫と、ベッドと花瓶だけの何もない部屋だった。香水かなんかの強い匂いが頭から離れない。ようやく落ち着きを取り戻した彼女。ペット用の葬儀を行えるところがあるらしく、夜の時間で予約をしたとのこと。そのあいだ、少しだけ一緒にいてほしいということで、ぬるくなってしまったビールをふたりで飲んだ。写真が趣味らしく、ベッドの下からいろんな写真がたくさん出てきて、少し広げたカーテンの、太陽のあかりでその猫が生きていた時の写真を探す。けれど昔の恋人だ、という男の写真ばかりが出てきた。そのうち飽きたのか、泣き疲れたのか、ビールに酔ったのか、ベッドの上の猫に寄りかかるようにいつの間にか、彼女は寝てしまった。

蒸し暑い部屋で、じっとりと汗をかきながら、死んでしまった猫と、恋人でもない女の子と、その子の昔の恋人の写真をぼうっと、眺めた。キッチンの方に目をやっても、生活感のかけらもない。「なにやってんだろう」と思って、うんざりしてると、夏だなという入道雲が、カーテンの隙間からすごいスピードでもくもくと膨らんでいった。あれはなんの時間だったんだろう。

すっかり長くなってしまいましたが、たまにはこんな話もいいんじゃないでしょうか。

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制作のきっかけは、単なるノリである

さて、今日紹介する ZINE は、『若林』という偽名でエントリーされた謎多き ZINE『夏のあしあと』。若林を名乗る青年が、COLLECTIVE 初日の会場で、猫屋敷と名乗る女性と出会い、家に連れ込まれ、その日から2日で作り上げた ZINE 。コンセプトに「制作のきっかけは、単なるノリである」とあるけれど、この『ノリ』こそが、ZINE の重要なエッセンスであり、いい ZINE の条件の1つでもある。ZINE を作ってみたいと思う人はいるけれど、なかなか行動に移すっていうのは難しい。けれど、紙とペンとホッチキスと、この『初期衝動』さえあれば ZINE はできてしまうのである。

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内容としては、意気投合したふたりが、川崎を写真を撮りながら歩くゆるいルポ(自称ゆルポ)。1Pに1枚、その時に撮ったであろう写真が切り貼りされている。猫屋敷氏が、若林氏に写真を教えながら歩く、撮った写真に淡々とリアクションする、という構成。暑さの中、交わされる会話に夏の気怠さと、写真に対する好奇心のコントラストを感じる。写真からもジリジリと伝わってくる夏の熱気が、生々しい。あまりにも生々しいので、自分もその場にいたかのような錯覚になる。写真の中の景色も、なんだか懐かしい、見たことのある景色のようにも思えてくる。夏の暑さのせいかもしれないけれど。

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あとがき「若林の写真はどれでしょう」とあるけれど、もし仮にどれが若林氏の写真だったとしても、わりといいなと思った。ド素人と自称しているけれど、青空と薔薇の写真は、独特の味わいがある。うまく撮れてると思うし見込みがあると思う。

はじめて作る ZINE って、どんな完成度でも構わなくて、長い、長い時間の中で、唯一のもので、だから、せめて納得のいくものを作れるといいなと思う。だから、さいごに「楽しかった」て聞いて、なんだかうれしくなった。はじめての ZINE は楽しい方がいい。もっとこうしたいな、ああいうのもいいなって、アイデアが浮かんのであれば、ぜひ2作品目にもすぐにチャレンジしてみてほしいし、これを機に写真、すこしチャレンジしてみてもいいんじゃないかなって思いました。もし絵を描きたいのであれば絵でもいいし、もし文章に興味があるのであれば、冒頭のぼくの作り話みたいに、妄想で短編小説を書いて、まとめてみてもいいしね。

さて、長くなりましたが、終わり良ければすべてよし。

次の挑戦に期待。

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レビュー by 加藤 淳也(PARK GALLERY)


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作家名:若林(東京都葛飾区)
長野県諏訪市生まれ。名古屋で14年間を過ごす。2020年就職の為上京。
https://twitter.com/c8hcl2
【 街のオススメ 】
THE 鉄板焼 花火 ... 上京して親と最後に食べたお店。ホルモンが超美味い。
https://tabelog.com/tokyo/A1324/A132403/13164403

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