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『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #05 『月と散文』 又吉直樹

#05
2023年10月19日の1冊
「月と散文」又吉直樹 著(KADOKAWA)

本が好きだとは言うけれど、未だそれほど多くの本を読むことはできていないし、読む速度もそれほど速くありません。むしろ遅い方で、ひと月に読むことができるのは2、3冊程度。

そんな私ですが、1日や2日で一気に読み終えることができる本がたまにあり、それはこれまでの経験的に著者によるものだということがわかってきました。

その数名の著者のうちの1人が、又吉直樹さん。

この『月と散文』は同名のオフィシャルコミュニティにて、2021年から2023年の18ヶ月間で綴られたエッセイを1冊の単行本にまとめたものです。コロナ禍の真っ只中で執筆が開始され、今も続いている『月と散文』。当時から今までの彼の胸中が語られます。

これまでに、小説『火花』『劇場』『人間』、エッセイ『東京百景』『第2図書係補佐』など数々の作品を世に送る又吉さんですが、度々「自分のことしか書くことができない」と言い放っています。

確かに全てが彼の周りを取り巻く環境、設定、シチュエーションであろうと想像できるものばかりです。

又吉さんという人物に興味があることは大前提としても何故、私は「人の話」を読み続けられるのだろうか。しかも又吉さんの文章は何度でも繰り返して読むことができる。完璧なるまでに魅了されているのです。

子供の頃、作文を書いたら両親が笑ってくれた。気の利いたことを書いたからではない。文章の至るところに「はずかしかったです」という言葉が並んでいたからだ。

『月と散文』の冒頭「はじめに」はこの一文から始まります。

彼のエッセイや YouTube を観ていると常々発せられている、己の暗さや自信のなさを知ります。それでいてそれを肯定し、言葉の持つ力に対する彼の信念も感じるのですが、まさにこの「はじめに」がそれらを凝縮していると思います。

この先この1冊から、どんな言葉を味わえるのだろう、ジワジワと喜びを感じる冒頭です。

強くて、明るくて、元気な人間は輝いていて素敵だけれど、そんな人も家に帰ると、くたくたに疲れて、鏡の前では表情が引き攣って、布団の中で涙したりしているかもしれない。

そんな人間の影の部分に気付かされ、それでも明暗両面を抱えながら日々を生きている。もっと言えば、人が抱えるものは「明るさ・暗さ」だけでなく「深さ・浅さ」「優しさ・厳しさ」「細やかさ・荒さ」などが両極端でなくその間をグラデーションするように程度に違いがあったり、変化もし続ける。

そんなふうに人を見る角度を1つ2つと増やしてくれる、又吉さんの言葉には「人間」の一面はいろんな要素を持ちながら繊維を織りなすように成り立っている、そう教えてくれる気がするのです。それを「自分の話」のみから訴えかけてくるのだから、その想像力や思い描いたことを言葉にする力の凄さを感じます。

普段、自分の中にモヤッとフワッと抱かれる、言葉にし難い感情があったとして、それに気づいていながらも表現する術がわからなかったり諦めたりして、つい蔑ろにしていることがたまにあると思います。でも、そのモヤッとフワッとしていた事象と非常に近いことがこのエッセイの中にはしっかりと言葉にされていて、私の中でピタッと「あの感情の原因はこういうことだったのか」と確信を与えてくれたりするのです。共感どころではなく、確信です。

ひょっとすると理屈っぽかったりするのかもしれないけれど、理路整然と分析してみることで、余裕が生まれて優しくなることができるかもしれない。自分の世界が柔らかく開ける瞬間です。

この『月と散文』を読んでいると、又吉さんの日常を覗かせてもらいながら、私自身がそうした脳内議論を自ずと進めることができ、なんだか面白い体験をしている気がして、何度も繰り返し読んでしまいます。

真夜中にお布団の中で目を閉じたとき、暗闇の中にヌルリと現れる言葉たち、そして真っ暗な視界にスッと光る月が現れ、そんな言葉たちを照らしてくれる。ないものとはせず、確かに存在し発光させてくれる。それを想像しながら眠る。

「感情と言葉」その結びつきを大切に、丁寧に紡がれた物語に触れたい。そして自分も紡いでいくことを諦めずにいたい。だから本をたくさん読みたい。

まさに「本を読む」というよろこびを感じさせてくれます。


そして、又吉さんの文章や話に度々登場する「公園」。『月と散文』を読んでいるとき、夜の公園のベンチで、深く静かに、誰かと会話を交わす時間を過ごしているよう、そんなエッセイです。

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【 わたしのつれづれ読書録 】

古本屋兼ギャラリーの創設を目指し、パークギャラリーと並行して古本屋でも修行中の秋光つぐみ。

『わたしのつれづれ読書録』はパークスタッフのつぐみが出勤日(主に木曜日)に「今日の1冊」を紹介するコーナーです。

パークで開催中の展示テーマに寄せた本、季節や世間のムーブに即した本、つぐみ自身のモードを表す本、人生に影響を与えた本、趣味嗜好まるだしの本など⋯日々積読が増えていく「つぐみの本棚」からピックアップした本をお届け。

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PARK GALLERY
木曜スタッフ・秋光つぐみ

グラフィックデザイナー。長崎県出身、東京都在住。
30歳になるとともに人生の目標が【ギャラリー空間のある古本屋】を営むことに確定。2022年夏から、PARK GALLERY にジョイン。加えて、秋から古本屋・東京くりから堂に本格的に弟子入りし、古本・ギャラリー・デザインの仕事を行ったり来たりしながら日々奔走中。
Instagram https://instagram.com/tsugumiakimitsu

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