ベルギーUFOウェーブの顛末
1989年11月29日、ベルギーの国境警備所にいた憲兵隊員が「三つの異常によく光るライトを持ち、非常に低空で飛んでいる物体」を目撃した、と報告。
1990年3月にはベルギー空軍のレーダーに捕捉され、戦闘機出撃騒動にまで発展(発見には至らず)、同年4月には有名な、あの三角形の鮮明な飛行物体像を映した写真も撮られ、社会現象がピークに。
以後1992年まで断続的に目撃情報が報告された一連のUFO騒動は、「ベルギーUFOウェーブ」としてよく知られています。
SOBEPS(ベルギー宇宙現象研究会)という民間団体が調査内容を報告した著作は邦訳され、「五万人の目撃者」(SOBEPS、大槻義彦監訳、二見書房、1995)としてアマゾンで購入することができます。
それだけ目撃者がいたのが本当だとすると、簡単に見誤りで片づけにくそう。
実際この事件は永年にわたり懐疑論者を悩ませるものとなったのですが、内実はどうなのでしょうか?
目撃談の実情
実はこの数字自体が余りにも大げさ。
実際、SOBEPSが調査した目撃報告数は500ほど(どうした大槻!)。
しかもそれらは1日で集まったのではなく、1989年から1992年にかけての累積です。
当時は一種のブームなようなものであり、目撃情報を求めているとなればそれは集まりやすく、集団的な錯覚も起きやすくなるでしょう。
であればなおのこと、冷静な分析が必要というもの。
この本で取り上げられている目撃事例約100のうち、32件は円盤型や葉巻型など、写真に撮られた三角形とは異なる形状でした。
三角形と報告した件も、具体性に欠けたり細部にかなりの違いがあったりと色々。
少なくとも形状に関して統一性は無く、むしろ多様と言った方が良いでしょう。
報告された写真や動画も、上述の1990年4月に撮られた三角形の鮮明な写真以外はどれもハッキリしないものばかり。
これらはこの手のものにありがちな、航空機、天体、気象現象の誤認の可能性が高いと言えるでしょう。
では空軍のレーダーに映っていたものは何か?
レーダーの映像は録画されています。
解析の結果、それは発進したもう一方の戦闘機、および山や建造物で電波が反射することによっておこるレーダーの誤作動(一般にグランドクラッターと呼ばれる)であることが分かりました。
火付け役、実はイタズラ
では最後に残った問題、ウェーブのはしりとなったあの明確な三角形のUFO写真はどう説明されるのか?
これだけは最後に残された難問だったわけですが2011年、ウェーブから20年近くも経ってついに、発泡スチロールで模型を作ってそれらしく見えるように撮影した、と偽造であることを告白する者が現れました。
ベルギーのテレビ局でインタビューに答えるその人は名前も顔も出し、当時18歳の工場労働者で、友人数人とUFO模型を作り撮影した状況を詳述した上で、「人をだますのはいたって簡単だ」と豪語。
まあ、正直な実感でしょうね、これだけの期間大勢の人を惑わせたのだから。
ビリーバの執念
とまあここまで、ベルギーUFOウェーブのことの顛末を挙げてきました。
もちろん全ての目撃情報の一つ一つについて明確に否定する根拠が与えられたわけではありません。
しかし事後の分析は、宇宙からの来訪者を示すよりむしろ数多くの、誤認、でっち上げ、心理作用の面からの要因を明らかにしてきました。
ところで、ここまで内実が明らかになったのにもかかわらず、2015年になって国内で一冊の本が出版されました。
「衝撃ミステリーファイル3 UFO・宇宙人大図鑑」(宇宙ミステリー研究会編、西東社、2015)の中で、この事件は「ベルギー空軍が発見したUFO」とのタイトルで扱われています。
曰く「1990年5月までの半年間で(中略)目撃者の総数はおよそ1万人以上。1990年3月30日の深夜には、ベルギー空軍によるUFOの激しい追跡劇が展開された。追跡は失敗に終わったが、その後政府が、UFO撃墜に失敗したと認める報告書を提出。そのことも含めこの事件は、ニセ物の可能性が極めて低いと言える」と。
1990年5月までの半年間で1万人以上という数字がどこから出てきたのかは分かりませんが、こういう時私がいつも思うのはUFOという言葉の多義性・あいまいさ。
本来それは"Unidentified Flying Object“(未確認飛行物体)という意味であり、正体の確認できない飛行物体は全てUFOなのです。
そういう意味ではベルギー空軍がUFOを発見した、という文言は正しい。
何だか分からない飛行物をレーダーで捉えたのですから。
しかしどっからか「宇宙人の乗った宇宙船」という解釈が独り歩きし、その意味合いで語られ始めるわけです。
この本の該当ページにも、四つのライトをつけた三角形の、いかにも宇宙から飛来した宇宙人の乗り物という体のイラストが。
人心はこうやってミスリードされていくのでしょう。
軍用機による追跡は失敗したけど、それが何だったかの解析は上述の通りされています。
目撃者の手書きらしきイラストも五例添えられていますが、いずれも形状とライトの位置が同じようなものばかり。
これらは1990年4月の有名になった例の写真が元ネタになった可能性があります。
あれだけ鮮明な写真が報じられれば、目撃体験がそれに寄せられても不思議ではない。
現に目撃談の中には三角形以外の形状も多く含まれています。
そしてこれまた上述の通り、例の写真は偽造であることが判明しました。
重要なのはこの本の発刊が、2011年の偽造カミングアウト放送より後だということ。
山口敏太郎の「本物認定」付きのこの記事、「本物」が何を指すのか分かりませんが、冷静さを欠いているという点は間違いないのではないでしょうか。
無理が通れば道理引っ込む
余談ですが、私も大槻義彦教授と一緒にミステリーサークル調査で渡英した際、超高速で飛行する「何か」をレーダーで観測しました。
大槻教授も脇で一緒に画面を見ており、メディア関係者に「時速2000㎞で飛行する何かを捉えた」と報告していました。
録画は無く、画面を見ていた私と大槻教授の脳の中に印象としてしか残っていないのですが、それにしても時速2000㎞という数字はどこから出てきたのか?
画面を高速で横切ったのは事実ですが、そこまで具体的な数字を出してしまうのは物理学者としてどうかとは思いました。
まあしかし、ほんの3週間のイギリス滞在でもレーダー観測でそのような正体不明のものを観測してしまうのです。
おそらく普段レーダー画面とにらめっこしているような航空関係者・軍関係者にとって「正体不明」の物体なんて日常茶飯事でしょう。
そういうものにいちいち「宇宙からの‥」と尾ひれ付けて騒ぐのは理性的でも合理的でもない、とだけは言えるでしょう。
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