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あなたを突き動かすのは論理?感情?

全ての行動を感情のままに行っている社会人なんて、まさかいないでしょうね。

しかし、その感情が生起するバックグラウンドを知っておくと、もう少し良い選択をできるかも知れません。

人類に備わる二つの心

超心理学者・石川幹人は人類の進化の過程で培われた心の働きに着目し、成立時期と性質の違いから人の心は大きく二つに分けられる、とします(※)。

一つは「野生の心」。

これはホモ属としての人類が、文字通り野生の時代、つまりおよそ300万年前から1万年前くらいまでの長きにわたり狩猟と採集の生活をしていたことを背景として発達した心。

その時代の生活環境に適合した「感情」が進化しました。

例えば恐怖心は捕食者からの命の保全を手助けする、など。

恐怖心が進化しなかった種族はやがて淘汰されていったでしょう。

この時代、人類の祖先は単独では生きられず、数十人から最大150人程度の集団行動をし、能力に応じて役割分担しながら生活していたと考えられます。

その中で怒りや怯えといった感情は、上下関係に基づいた集団の統制に寄与していたことでしょう。

罪悪感や義理・恩義の感情も、協力関係を維持するのに役立ったはずです。

二つ目の心は「文明の心」。

1万年くらい前から現代に至るまでに人類は、農耕の発明と定住をきっかけに文明化が進みました。

1万年って、一人の人生からすると長いですが人類が進化する為には全然長さが足りません。

心の進化が文明の発展に追い付かず、ほぼ野生の心を保持したまま、私たちは文明社会に生きています。

そのため感情のみによる行動は、現代生活では不適合となり得る事態がしばしば発生します。

ここで重要なのが「理性」。

不適合だからと言って、私たちは野生の心から逃れることはできません。

理性という意識的な認知活動により、野生の心から発せられる様々な感情の働きを組み合わせたり発展させたり抑えたりと、柔軟に駆使することで私たちはそれを文明社会に利用できるようになった、ということです。

これが文明の心。

野生の心としての感情を歴史の中で捉え、これをコントロールしたり積極的に利用したりする方策を考えるのが進化心理学、自然に湧き上がる感情はそれ自体が悪というわけではなく、適正に飼いならす必要がある、と石川。

吊り橋効果は無意識的推測から

社会心理学者のS. シャクターとJ. シンガーが行った、感情の生起についての有名な実験があるので紹介します(※、※2)。

アドレナリンは興奮剤として知られていますね。

被験者を、1)ビタミン剤と称してアドレナリンを注射した群、2)ビタミン剤と称して生理食塩水を注射した群、および3)興奮作用があることを告げてアドレナリンを注射した群の三つの群に分けます。

それぞれの群を、「怒り」の感情を誘発するような無礼な態度をとるサクラ(実験協力者)の看護師、もしくは「喜び」の感情を爆発させ小躍りしているサクラと同室させる、全部で6パターンの実験を行いました。

サクラが表出するそれぞれの感情に対し被験者がどのような感情を持ったのか、看護師に対して怒り感情を持ったかどうか、小躍りしている人を見て自らも喜びの感情を持ったかどうかを検証したのです。

この実験の指し示す結果は、今日では感情の二要因説として知られるもので、要するに身体的な生理的変化にプラスして、それに対する「後付けの解釈」が影響し感情が形成される、というもの。

例えばアドレナリン注射を事前に知らされていた被験者は、小躍りする人に感情移入して自分も興奮しつつ(感情の社会性)、その興奮が薬のせいだと「解釈」し、喜び感情の表出を抑制する、というもの。

しかもこの「解釈」は無意識下のうちに行われている。

無意識のうちに解釈がなされ、その結果の感情のみが意識に上り、「自分は今○○感を持っている」という状態になる。

慶大・前野教授が2002年に提出した受動意識仮説では、思考、学習、解釈、判断、知覚など、我々が行う認知活動は全てがまず無意識下に行われ、その内のごく一部が意識に上って我々の記憶に刻まれるとします(※3)。

それに一致する内容が既にシャクター等によって1960年代に実験で明らかにされていた、というのは驚きです。

またA. ダマシオはソマチックマーカー(身体信号)仮説を提示し、思考や意思決定などに対する無意識下の情動の役割を主張(※4)。

これらはまだ仮説の段階ですが、思考と感情の密接な結びつきを示す研究結果は、行動経済学など他分野にも広がりを見せています。

感情と思考や理性は相反する別個のものではなく、互いに結びつき不可分の状態にあるものと思った方が良いかも知れません。

であるならば、感情を適正にコントロールすることで「文明の心」も適正に保ち、充実させることができる、ということでしょう。

人は論理より感情で動く

心理学者のターリ・シャーロットは「事実やデータは人の意見を変えられない」と主張します(※5)。

曰く、「数字や統計は真実を明らかにするうえで欠かせないものだが、人の信念を変えるには不十分で、行動を促す力は皆無」と。

皆無とまで言いますか‥。

正確な情報は人間の論理的な部分に訴えかける。

しかし人間の行動の起爆剤の主成分は残念ながら論理ではない。

それは感情であり、そこにうまく訴えかけてくるのが疑似科学。

「正確な情報は、人間の論理的な部分に訴えかけるが、『あやしい情報』は、感情を含めた、人間の全体に訴えかけてくる」とシャーロット。

原発事故、感染症の蔓延、がんの宣告など、不安にさいなまれ或いは気が動転している時などは特に理性の部分が抑制され、適正な判断力を下す力が弱まります。

「人は感情に訴えかける情報に動かされる。」

この言葉、気にとめておいた方が良いかもしれません。

(※)「人は感情によって進化した」(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011) 
(※2)「心理学用語の学習」https://psychologist.x0.com/terms/132.html
(公開:2016年、最終更新日:2023年4月15日)
(※3)「ロボットの心のつくり方 -受動意識仮説に基づく基本概念の提案-」(日本ロボット学会誌 Vol. 23 No. 1, pp. 51~62, 2005)
(※4)「生存する脳~心と脳と身体の神秘」(講談社、2001)
(※5)「事実はなぜ人の意見を変えられ得ないのか -説得力と影響力の科学」(白揚社、2019)

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