なぜ占星術を信じるのか?
法則性を求める人間の性(さが)
チンパンジーは人間に比べてはるかに丸暗記能力が高い。
それに比べ人間は丸暗記ができない代わりに、「法則性の認識」能力が高い、ということが近年の研究で明らかになってきています。
自然界に起こる現象についても、人間はその中に法則性を探し求める。
もし法則が分かれば、それを利用し生活に活かすことができるかも知れません。
例えば「ピンクのグラデーションのかかった、白い花びら5枚からなる子供の手の平くらいの花が咲き終わると、甘くておいしい赤い実がなる」といった具合。
この法則が分かったおかげで、人はリンゴの果実にありつくことができ、飢え死にするリスクを減らすことができます。
そしてこの、法則性を見出す人間の傾向が、実はなんと擬似科学の発生要因ともなるのです。
例えば占星術。
天体の運行は日単位でも年単位でも周期性がありますね。
それに気づいた古代人は、次にそれと地上での出来事とを結びつけました。
いや、「結びつけたかった」。
それは災いの予知にもつながるので。
天球内での星の位置関係と運勢との間の法則性‥
イヤでも見出してしまうんでしょうね、人間の特質として(笑)。
例えば、木星がやぎ座にある時に大地震が起こったとします。
それはたまたまかも知れないのに、大地震という社会的重大事のインパクトからそれと木星の位置とを関連付けてしまう。
これは確証バイアスの一種、「関連性の錯誤」。
このようなことの蓄積で、星の運行と地上での出来事の関連が「体系化」されました。
知識体系を「科学化」する困難さ
このような因果関係を証明するためには、何らかの統計的考察が行われねばなりません。
そのためには多数のサンプルを用いて検証する必要があります。
しかし少なくとも占星術に関しては、どのような学術的検討に耐えうる統計調査が行われたのか明瞭ではありません。
対して科学研究はどうか?
自然現象を観測し、そこに見出されるパターンから法則性を導き出しそれを説明する理論を構築する。
この理論はこの段階ではまだ仮説であり、実験や観測を繰り返し「自然界にお伺いを立てることにより」それが正しいかどうかを確かめていく。
この検証過程は誰でも追試可能なようにオープンになされます。
そしてあまたの仮説が誤りとして棄却される中で、現象をよく説明する理論が「正しい」と認められ、定説となって教科書に載ったりします。
しかしこれで終わりではない。
その定説がどの程度正しいのか、その適用限界を見定める旅が続きます。
このような、仮説の提示とその検証というサイクルの繰り返しを経て、科学は進展してきました。
ブラックボックスの有無が科学と非科学の分水嶺
星の配置が人生の浮沈や世情に影響するというのは、しっかりした統計がない上にそのメカニズムもはっきりしない、という意味で現代科学の知見とは相反します。
であるにもかかわらずその「理論」は本当に正しいのか、その科学的究明の努力はなされず、なんだか分からないけど正しいことだけは確かだよ、と。
正当性の吟味がアンタッチャブルで、よって立つ根本原理はブラックボックスに収められたまま‥、これは典型的なオカルトの姿と言わざるを得ません。
古くからの教義が、新たに得られた人類の智慧に応じて多少その解釈を変えつつも、根本原理は秘匿されているのでその正しさだけは不問であり改訂されない。
科学発展のステップとの違いは明瞭ですね。
宗教がもたらす世界観が人生を豊かにする側面はあると思うのです。
しかしあなたに道理を説くその人がもし「科学」を口にし、科学性をウリにするのであれば(白衣や数式などのアイテム、「○○学会発表」の謳い文句、「量子力学」などなど)、科学とそうでないものの考え方の違いについては十分留意して欲しい。
さもないと、相手の思うとおりに時間・お金を奪われ、破滅の人生を歩むことになるかも知れませんよ。
○Kindle本
「再会 -最新物理学説で読み解く『あの世』の科学」
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○ブログ“Beyond Visibility”
不思議現象を「根拠をもって」科学する
科学は、ホンモノこそが面白い
https://parasitefermion.com/blog/
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