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【映画感想】「波紋」私が号泣した理由を聞いてほしい

映画「波紋」を見てきました。
フラメンコを踊り狂う筒井真理子さんを見て、私、号泣しました。

私は荻上直子さん監督の作品が大好きです。
荻上作品マイベスト3は「かもめ食堂」「彼らが本気で編むときは」そして今作「波紋」
みなさんは、どの作品がお好きですか?

今日は、映画を見立てホヤホヤの私が「波紋」の感想と考察を語ります。
私の熱い思い、聞いてください!

※映画のネタバレを含みます

波紋


序盤は主人公・須藤依子(筒井真理子)の心に投げかけられた小石が起こしたような、波紋が描かれます。
それは、依子を取り巻く理不尽な環境の数々です。
ソファに寝そべり、夕飯時になってもお父さんを呼びに行くことすらしてくれない、息子・拓哉(磯村勇斗)。
依子の胸に触ろうとする、寝たきりの義父。
そして義父の介護を押し付け、突然蒸発した夫・修(光石研)。
パート先のレジで、クレームをつけて半額商品をかすめとろうとする老人(柄本明)。
依子は、一方的に波紋を起こされています。ひたすら耐え忍ぶ姿、つらそうでしたね。

パート仲間の水木さん(木野花)が「やり返しちゃえ」と言ったのをきっかけに、受け身だった依子は変わります。

波紋を、自分から起こせばいい

これは大きなターニングポイントでした。
夫の歯ブラシで洗面台を洗っちゃう依子・・・これには驚きました。
パート先では、クレーマーの門倉さんに
「『お客様は神様』ですか…うちの夫、ガンなんです。治して貰えますか、神様なら」
と一喝。この波紋は痛快でしたね。門倉さん、たじろいでました。

依子はさらに大胆になります。
「ちょっと、付き合ってくれない?」
夫、そして息子の恋人・珠美(津田絵里奈)を、自らが信仰する宗教緑命水へ連れて行ってしまうのです。
さすがにやりすぎでは・・・。

ここから、さらに急展開を迎えます。
依子が起こした波紋に対し、家族からの投げ返しが起こります。

珠美「たくちゃんからお母さんのこと、言われていました。
あの人は頭がおかしい。あの人の言うことは気にしなくていい」
拓哉「お父さんが出ていったのは、原発から離れたかったんじゃなくて、お母さんから離れたかったんだ!」

連鎖してゆく波紋。しかし、共鳴しない心と心。
水面は揺れっぱなしです。

動物

劇中には、様々な動物たちが登場しています。
言葉を発さない彼らも、しっかり登場人物に波紋を起こしています。

例えば、カマキリ
依子の夫・修は、緑命水の炊き出しをしている公園で、ホームレスのおじさん(ムロツヨシ)にこう諭されます。
「生物はだいたい、雌の方が強い。カマキリがそうだ。逆らわないほうがいいよ」
修は、その場では「変なこと言わないでくださいよ」と取り合いません。

しかし、依子に連れられて行った緑命水の集まりでは
「祈りの大切さを、妻が教えてくれました。みなさんに会えて本当によかった」と自己紹介。
もちろんこれは、修の本心ではありません。
家を投げ出して10年近く失踪した末にガンを発病して帰ってきた修は、治療費欲しさに妻の信仰をほめちぎる作戦に出たのです。
「女性には逆らわないほうがいいよ」
カマキリくんが投げかけた波紋が、思い切り効いていますね。
一方で、修は庭にやってきたカマキリに、腹いせでホースの水をかけます。これは、妻へのささやかな抵抗心のあらわれでしょう。きっと、雌のカマキリだったんでしょうね。

そして、2匹の
亀は、依子のパート友達 水木さんの家族です。
水木さんの入院中、依子が預かることになります。

庭へはなしてやった2匹の亀を眺める依子と夫。
亀を見ながら、依子は親友の水木さんを思い出しています。
一方で、夫は寄り添いあう亀達に仲睦まじげな夫婦像を投影したのか、
依子の肩を抱こうとして拒絶されています。

2匹の亀たちはただノソノソしているだけなのに、2人の心に全く違った意味の波紋を起こしました。

ちなみに、動物と言えばご近所さん(安藤玉恵)のも登場します。
が、この猫は夫婦そろって厄介払いしています。
これは、この時帰ってきたばかりの夫が、治療費の援助を受けようと依子の顔色を窺っていたからです。

東日本大震災と原発事故

「波紋」の登場人物たちは、それぞれにおかしな一面がありますが、
彼らの狂気の根底にある大事件は、ずばり「東日本大震災と原発事故」です。

依子は夫が蒸発したことを「放射能が怖くて逃げた(くせに、ガンになって帰ってきた)」と解釈しています。
この一言だけでは、論理が飛躍しすぎていてよくわかりませんね。

恐らく、こういうことではないでしょうか。
物語の冒頭、依子たち家族3人がバラバラになる10年前。
テレビでは原発事故のニュースが流れています。
「水道水とか、飲まないでよね。」と言いながら、依子は夫の父親に食べさせるおかゆを水道水でつくっています。
夫が突然消えた日、彼がいたはずの庭では水やり途中のホースから水が出っぱなしになっていました
失踪の理由を、依子はこの、そして震災と結び付けたのでしょう。
そうするほか、動機を理解する手がかりがなかったのです。

震災は、依子のパート仲間・水木さんの心にも大きな傷を残していました。
水木さんの入院がきっかけで、依子は彼女が所謂ゴミ屋敷で暮らしていることを知ります。
「地震があったあの日、家のものが全部倒れてぐちゃぐちゃになった。
そこから、片づける気が起こらなくなっちゃって。
あの時のまんま。みんな変わって行くけど、私はあの時のまま。」
水木さんはそう語ります。

緑命水

私の依子に対する第一印象は「彼女は、なぜこんなに耐え忍ぶのだろう」でした。
10数年も家族を放り出しておいてフラッと帰ってきた夫を家にあげてしまったり、更年期症状に疲弊しながらも夫を追い出さない彼女のことを、私は理解できなかったのです。
しかし映画を見るうち、彼女の性格は入信している宗教「緑命水」「献身の精神」と固くつながっているのだと気づきました。
緑命水は水に対する信仰であり、依子は、飲み物は緑命水の水しか口にしません。

そもそも、依子はどうして緑命水を妄信するのでしょうか。
劇中、依子自身の口からは語られていません。

恐らく、依子の中で原発事故以降に起こったことすべてが地続きになっていて、彼女自身も言語化できないのだと思います。
おそらく、以下のようなロジックではないでしょうか。

10年前。
原発事故が起こった。だから、水道水は飲みたくない。
キッチンの隅にいくつも捨てられている、空のペットボトル。
夫はホースの水を出しっぱなしにして、放射能から逃げた。
汚染された水から逃げた。
父の介護から逃げた。

息子は九州の大学へ進学し、向こうで就職した。
私は1人残された。

私1人が、この家から逃げられない。
だったら、私はきれいな水を選ぼう。
そして、緑命水と出会った。

夫の不快な行動から身を守る時、依子は先生(教祖)から買った水を頭にふりかけます。
更年期症状に効くと信じてかけているようですが、
科学的効能よりも「私が一番つらかったとき、緑命水だけがそばにいてくれた」ということが依子にとって重要だったのではないでしょうか。

雨、そしてラストシーンへ


波紋、水、とつながっているのが「雨」のシーンです。
息子・拓哉によると、依子は夫が疾走した日に、雨の中、庭の草花を笑いながら1本ずつ引き抜いていたといいます。
かなりショッキングな光景ですね。
拓哉は「マジで怖かった」と話していますが、当時16歳の彼にはどれほど恐ろしい光景だったことでしょう。

そしてラストシーン、夫が亡くなり出棺が行われた日も雨が降っています。
依子がフラメンコを踊った日です。
喪服に不釣り合いな真っ赤な傘を差し、夫の棺が落ちたのを見て爆笑する依子。
息子の目には、やはり奇異にうつります。

しかし、今降っている雨は夫が失踪した時の雨とは別物。
依子が「庭の花を抜いていた」という過去は息子によって病床の夫に伝えられ、「俺、とっとと死ぬわ」と最大級の波紋を起こしました。
この雨は彼女にとって、解放の雨です。

雨の中でフラメンコを踊り狂う依子を、みなさんはどんな気持ちで見ましたか?

喪服の下からのぞく、真っ赤な下着。フラメンコを象徴する情熱の赤。
雨に濡れながら熱演する依子の姿に、私は心をゴッソリ持っていかれました。

魅力的すぎる!

ラストは、庭から、門扉を脱出し、路上に躍り出た依子が「オ・レ!」と力強く叫んで終演を迎えます。
日常生活にもどった彼女の姿は、描かれません。

おわりに

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
泣き晴らし、放心状態で劇場を出た私ですが、どうしてもこの感動の解像度をあげたくてこんなに語ってしまいました。
少しでも、面白いと思っていただけたら嬉しいです。

今、この感想を書き終えて改めて感じるのは、
「この映画自体、波紋を呼ぶに違いない」という予感です。
みなさんの心に、この映画はどんな波紋を起こしましたか?
よければ、ぜひ感想をコメントで教えてください。

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