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結婚挨拶は泥酔バーベキュー

いままで数えきれないほどバーベキューをしてきたが、その中でもひときわ忘れがたく、いまなお色鮮やかに記憶に残るバーベキューがある。

それは2015年夏のこと。実家の小さな裏庭でやった、豪勢で賑やかで、そしてまさかの参加者全員が涙するという、後から思えばおもしろおかしいバーベキューだ。

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当時のわたしは両親の心配の種だった。

彼らにとってわたしは『東京で仕事ばかりして、酒ばかり飲んでふらふらしている娘』。ありがちな話なのだが、30歳を過ぎた頃から「いつ結婚するのか」が両親の口癖になった。

父は何度も癌を患い(しかし末期で余命宣告されても、毎度も復活する強靭な身体の持ち主だ)切実に孫の存在を待ち望んでいた。そりゃあ私だって人間だ。死ぬ前に孫を見たいという父の気持ちがわからないわけではない。それでもわたしと結婚したいという人が現れないのだから、どうにもこうにもしようがなかった。

そんな中迎えた、ある春先のこと。わたしは地元に彼氏ができた。想定内だがわっしょいわっしょいと神輿を担ぎあげばかんに言わんばかりに喜ぶ我が両親。付き合うことになった日、朝帰りしたわたしに「よくやった!」と握手をしてきた父親の顔を今でも覚えている。いくら早く結婚してほしいからと言って、無断で朝帰りした娘に対しての態度ではない。どう考えてもおもしろすぎる。

それからなんやかんやあり(一度わたしの我儘で別れてしまったりなど)1年程たった際、結婚しようという話になった。そして彼はわたしの実家にやってきた。

実家に着くと裏庭にバーベキューの準備がされていた。狭い駐車場裏にちょこんと置かれたバーベキューコンロ。そして父が大きなクーラーボックスの上に座り黙々と火を起こしていた。バーベキューコンロの上では大アサリやハマグリがこれでもかと鎮座している。

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「おう、座れ。まあ飲むか」

クーラーボックスの中には氷がぎっしりと入っていて、缶ビールが大量に冷やされていた。

「乾杯!」

わたしたちはひっくり返したビールケースに上に座り、乾杯をした。父と母と祖母。夕暮れの日差しの中、冷たいビールを一気に腹の中へと流し込む。

そこからは怒涛のごとく食材がコンロの上へと並んだ。

甘辛いタレに漬け込まれた手羽先、釣ってきたばかりだというカレイ、牛タンにホルモン。カルビにセセリ、豚軟骨にサザエ……

小さな町の、ありとあらゆるおいしいものをかき集めてきたのではないか、というような豪華なラインナップだった。

わたしたちはしこたま飲んで食べた。地面には空き缶がずらりと並び、ビールに飽きたら今度はひたすらにハイボールを飲んだ。何回目かの乾杯をしたとき(酔うと父はひたすら乾杯をする)、父が「よろしく頼むな」と言った。日はとっぷりと沈み、車庫上に取り付けられたライトに照らされた父の横顔はなんだか泣いているように見えた。

ぐっと喉が詰まったその瞬間、洗い物を終えた母が戻ってきた。普段はお酒はほぼ飲まないのだが、その日はお酒も入ってご機嫌だ。

「おかえり~!本当ヨリを戻してくれてありがとうね!」

そして彼女は勢いそのままにクリティカルに嫌な場所をついてきた。ヤメテクレ!!!

「今日は飲んじゃおっかな~ハイボールロックで!」

なぞのオーダーでウイスキーロックを煽る。とにかくその場にいる皆が笑いながらたくさんのお酒を飲んだ。なんの話をしたのかまったく記憶にはないけれど、とにかく楽しくておいしいお酒だった。

「今日は日本酒も用意してあるからな」

そしてその父の一言で部屋へとなだれ込んだ。

馬刺し

冷蔵庫から出てきたのは日本酒の「生酛」に馬刺し。どちらもしっかりと冷えていて、薬味のねぎはしゃきしゃきで、生姜はおろしたばかりのものだった。それらをたっぷりと乗せて馬刺しを口の中に放り込む。じんわりと馬の甘みが広がり、おなか一杯のはずなのにいくらでも食べられそうだった。

日本酒を冷やでぐいぐいと飲み、気づけばわたしと彼は訳のわからない踊りをふたりで披露していた。ぐるぐると回る世界、両親の笑い声と手拍子。世界は鮮やかで、口の中はニンニクの愛おしい香りでいっぱいで、おなかの中では日本酒が熱く燃料のように燃えていた。

そしてふと気づくと父と母は笑いながら泣いていた。

「かなちゃんが楽しそうで本当によかった。けいちゃんありがとうね」

そんな彼らを見てわたしたちも泣いた。「やめてよ!」と言いながら、ぼろぼろと泣いた。両親の前で泣いたのは何年ぶりだったのだろう。もう大人なのだから、心配かけてはいけないから、弱いところはみせたくないから……そんな風にしてずっと溜め込んでいたものが馬鹿みたいにするすると流れていった。

わたしたちは泣いて泣いて泣いて、そして飲んだ。

翌日、全員が二日酔いで起き上がれなくなるわけだけれども、その夜は本当に素晴らしい飲み会だったと思う。翌日の気持ち悪さも頭痛も、簡単にチャラになるくらいとにかく楽しかった。

いま考えてもあれはわたしの人生の中で一番のごちそうだったと思う。わたしの未来のことを全力で喜んでくれる人たちによるあたたかで、贅沢なごちそう。

酔っ払いすぎて写真には全然残っていないけれど、いまもなお舌の上に残るその温かさは健在だ。

この日、母は飲みすぎてトイレで頭をぶつけて大量出血していたけれど
、それもまたよき思い出だ。


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