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❝同時代に生きる女性たちに向けた問題提起、そして力強いエールだ。❞|映画『パピチャ 未来へのランウェイ』コラム

 アルジェの夜の街の暗闇をしっかりと捉えた高感度デジタルカメラの鮮明な映像。手持ちカメラによるショットと短いカットの連続がもたらす臨場感。『パピチャ 未来へのランウェイ』を観ていて最初に驚かされたのは、その映画としての洗練された作品のルックだ。監督のムニア・メドゥールは18歳の時、ちょうど本作で描かれた「暗黒の10年」の時代にアルジェリアからフランスに渡り、パリでジャーナリズムを学んだ後に活動をスタートさせた映像作家で、これが初の長編監督作品となる。そして、本作は今年のアカデミー国際長編映画賞にアルジェリアの代表としても選出されたアルジェリア映画(フランス、ベルギー、カタールとの合作)である。しかし、そうした情報から、デビュー作ならではの未熟さや、エキゾチックな作風を想像していると、あらゆる点で期待を気持ち良く裏切られることになるだろう。

 キム・ドヨン監督の『82年生まれ、キム・ジヨン』。マリア・シュラーダー監督のテレビシリーズ『アンオーソドックス』。近年、女性の監督や原作者や主要スタッフによって、社会の慣習や宗教の戒律に縛られた女性たちの解放が描かれた作品が世界同時多発的に生み出されている。本作『パピチャ 未来へのランウェイ』もまた、そんな「現在の映画/テレビシリーズ」の最先端に立つ作品だ。舞台は90年代のアルジェだが、そこに甘美なノスタルジーのようなものはほとんど入り込むことなく、あくまでも作品を貫いているのは同時代に生きる女性たちに向けた問題提起、そして力強いエールだ。

 『パピチャ 未来へのランウェイ』が胸を打つのは、アルジェリアの大学の通う主人公ネジュマとその仲間たちが、社会からの解放を暴力や政治運動や言論活動や国外への脱出などではなく、クリエイションの力を通して実現しようとしているところだ。自分たちが好きな服を着ること、自分たちの好きな服をデザインして作ること、そして学生寮でその服を発表するファッションショーを開催して、ランウェイを颯爽と歩いてみせること。彼女たちの願いは、国外に住む我々からすると、学園祭のような些細なことに思えるかもしれない。しかし、自分たちが通う大学の教室や自分たちが住んでいる学生寮、つまり自分たちのコミュニティそのものが深刻な危険に晒されている当時のアルジェリアにおいて、それは社会を変革するための大きな一歩に他ならなかった。

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 アートに社会を変える力はあるのか? あるいは、その前段階としてアートに政治性を持ち込むことの是非(言うまでもなく、すべてのアートは社会的なものであり、つまりそこに政治性が宿るのは不可避なわけだが)などという寝ぼけた議論がいまだにされている日本のような国がある一方で、女性の服装が厳しく制限されているイスラム社会においては、アート(=ファッション)こそが直接的な政治行為であり、心の武器となる。社会の成り立ちは異なるし、必ずしもそれがファッションであるとは限らないが、『パピチャ 未来へのランウェイ』のような作品を遠くの世界の遠くの時代を描いた作品としてではなく、今自分たちが生きている世界の作品としてとらえることが、我々の社会においても今後より重要なことになっていくだろう。

 ちなみに、本作の主人公ネジュマを演じたアルジェリア出身の女優リナ・クードリは本作に出演した後、作品を発表する度に世界中のファッショニスタを夢中にさせているウェス・アンダーソン監督の新作『フレンチ・ディスパッチ』(原題:2021年日本公開)でメインキャストのティモシー・シャラメの恋人役を、そしてディオールが全面協力してファッション界を描いた作品『オートクチュール』(原題:2021年公開予定)ではヒロインの役を演じている。『パピチャ 未来へのランウェイ』のネジュマが夢見たように、まさにアートの力によって世界に飛び立ったわけだ。

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【コラム寄稿】宇野維正(映画・音楽ジャーナリスト)

映画『パピチャ 未来へのランウェイ』【10/30(金)全国ロードショー】


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