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命のきらめきがこの手のなかにあるうちに、自分にできること

人生で「選択」することを意識したのは、高校生のときだ。
将来やりたいことも決まらず、自分の境遇や社会に不満ばかり感じていた私は、紛争地で撮られた一枚の報道写真を見た。
そして、自分の手のなかには、「人生を自由に選べる権利」があることに気づいた。
その権利は、世の中の全ての人が持てるわけではないことも。
私は、選択肢がもつ重みを気づかせてくれた紛争地に、生きる選択肢を増やすことを自分の仕事にした。

私たちの活動現場シリアの戦闘で故郷が破壊された人々がたどり着いた避難民キャンプでは、安全なはずの避難民キャンプ内も爆撃されることもあるため、子どもたちは学校も行けず、キャンプのなかだけで暮らしている。持ってこられたおもちゃや日用品はほとんどない。

10歳のタハニは言う。
「おかあさんと食器をあらうことがすき。赤ちゃんの弟のベッドをゆらして、楽しそうにしてるのを見るのも。
友だちの髪も結んであげてるの。大きくなったら、美容師になりたい。」

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自分たちがここから出られる日はいつなのか。
それもわからないまま、自分たちの世界が小さくなっても、その手のなかにある日常のなかでのきらめきを希望に変える。
そうしないと見えないくらい、未来への道が暗く閉ざされていることもある。
それでも、いつか、自分たちに世界の誰かが気づいて、未来を実現できるようになる日を願って。


南スーダンで支援活動をする避難民キャンプで出会った10歳のウィリアムは、戦闘で父親を亡くした。母親がひとりで8人の子どもを育てている。

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「お母さんには仕事がなくて、お金がない。食事は誰かにもらったり、市場で捨てられたものを集めて食べる。それもないときはお腹がすいたまま眠る。」

そんな彼に、いまほしいものは何か聞いた。

「学校にいきたい。勉強して、『良い人間』になりたい。食べものや服、石けんもほしい。そうしたら、ぼくだって、ふつうの子どもみたいに、きれいに見えるだろうから。」
「平和がほしい。故郷の村に戻れたら、テントじゃないちゃんとした家がある。ベッドで寝ることもできるって、お母さんから聞いたんだ。」

紛争地の子どもたちに「何でも選べるとしたら何がほしいか」と聞くと、多くの子が「学校」「平和」など、自分の未来につながるものを挙げる。
圧倒的な選択肢の不在のなか、子どもたちが想像しうる数少ない希望なのだ。

日本で暮らす私たちの日常は、逆に選択の連続だ。
人生、家族、仕事、食事、服装、空き時間の過ごし方。
政治、社会、宗教、文化、特定の国についても、ときには価値観の選択を迫られる。
SNS上では、互いの意見に共感するか、スルーするか、反論するかを意思表示する。
そうして、自分の居心地の良いコミュニティとつながり、また選択し続ける。

そのうちに、「選ぶ」ことにより、自由であるはずが、不自由になることもある。服装や食事のメニューを固定化して、選ぶ手間をなくすことをルーティン化したりもする。

「自分が何をしたらいいか分からない」「どんな仕事を選んだらいいのか教えてほしい」と訊かれることもある。あふれる選択肢のなかで、どれが自分にとって本当に大切なものなのかの見極めが困難になっていく。「自分らしいって、なんだろう」と。

そんなとき、私は、自分の心が震えたできごとを通じて、自分を知ることをすすめている。震えた理由は、感動でも、喜び、怒り、悲しみでもいい。自分がどんなことに心を動かすのかを通じて、自分が大切にしていることが何なのか、向き合うことができる。

映画の主人公ネジュマ含めた少女たちは、自分のまわりで徐々に大切な日常がうしなわれていくことを肌で感じながら、自分の心を震わせることに人生をかけて、それぞれの選択をしていく。自分が感じる小さな違和感に、気づかないふりをしていると、だんだんと自分の視界と、動ける世界が狭まっていく。主人公たちは、閉じゆくアルジェリアの社会から押し付けられた価値観に対し、自分を殺すのではなく、自分であり続けることを選んだのだ。

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そう、私たちの目の前には、多くの選択肢がある。
その選択肢は、世界の全ての人たちにとって、当たり前のものではない。

とはいえ、「あなたには無限の可能性がある」という言葉を聞き飽きてる人もいるかもしれない。
わたしが感じるのは、選択肢ひとつひとつに、使用期限があるということだ。
いま目の前にある選択肢には、いつまでもチャレンジできるものもある。
しかし、躊躇したり、後回しにしたりしている間に、なくなってしまうものもある。目の前から消えたことにすら気づかないうちに、ひっそりとなくなる選択肢もある。

だからこそ、今しかできないこと、目の前から消えたら悔やむことがわかることは、選び取り、一歩踏み出してみよう。小さな一歩でもいい。気になったことを調べたり、話を聞きに行ったりするだけでも、頭のなかに化学反応が起きて、見える景色が変わる。

高校生だった私が紛争地の写真を見たあと最初に起こした行動は、その写真を新聞から切り取り、いつも持ち歩くファイルに綴じたことだった。そんな一歩の積み重ねが、振りかえると道になっていた。
自分の手のなかにある「人生を自由にデザインできる権利」を生かした人生を。
主人公の少女たちは、そんな思いを新たにさせてくれた。


著者】瀬谷ルミ子/認定NPO法人 REALs(Reach Alternatives)理事長 群馬県桐生市生まれ。中央大学総合政策学部卒業。英国ブラッドフォード大学紛争解決学修士号取得。専門は紛争・暴力的過激主義の予防、兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)、治安改革、平和構築など。国連PKO、NGO職員、外交官として中東、アフリカ、アジアの紛争地で活動。2007年より日本紛争予防センター(現REALs)の事務局長に就任、2013年より現職 。JCCP M株式会社取締役。  第二回秋野豊賞(2000年)、 UN 21 Awards(国連シエラレオネ・ミッションでの勤務に対し国連より授与、2003年)、ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人25人」(2011年)、日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2012準大賞、エイボン女性年度大賞(2012年)、日経ビジネス「未来を創る100人」(2012年)、イギリス政府主催International Leaders Programme (2015年)などに選出。 NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」など現在までに300以上の国内外メディアに活動が取り上げられているほか、CROWN(三省堂)など複数の高校英語教科書にも掲載。国内外の政府、教育機関、自治体等の有識者や評議員も数多く歴任。著書に「職業は武装解除」(朝日新聞出版)など。

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映画『パピチャ 未来へのランウェイ』【10/30(金)全国ロードショー】



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