瓜女神
「センセー! 茨木(いばらき)センセーってばー! もぅ待ってくださいよぉー!」
若い女が二人、険しい山道を歩いている。ひとりはスレンダーな幼顔の女。スキップでもするかのように軽快に進んでいく。もうひとりはグラマーで端整な顔立ちの女。沼地を進んでいるかの如く、幼顔の女の遥か後ろを歩く。
「遅いよ、北海(きたみ)ちゃん。そんな調子じゃ日が暮れちゃうよ」
「ふぇ~ん! センセーは何でそんなに元気なんですかぁー!?」
「元気に決まってるでしょ! 何十回もしてきた私からのラブコールに、遂に答えてくれたんだから!」
「ラブコールって……取材許可が下りただけですよねぇ?」
「つべこべ言わず足を動かす! じゃないと本気で置いてくよ!」
「センセー!? あぁ置いてかないでー!」
日暮れ間近、茨木と北海はその村に辿り着いた。ここは山をひとつ越えた先の盆地にある。街から車で二時間、さらにそこから徒歩で六時間近くかかった。あれだけ元気だった茨木にも疲れの色が見えた。対する北海は疲労困憊の満身創痍の有り様だった。
「ようこそおいでくださいました」
二人を出迎えたのは妙齢の女だった。村の入口の門前に凛として立っていた彼女は、着物の上からでもわかるほど胸が大きかった。
「わたくしが瓜女(うりめ)村村長の隅本菊恵(くまもと きくえ)でございます」
茨木は姿勢を正した。「T大学文化人類学研究室准教授の茨木美鉾(みほこ)です」
「お、同じく文化人類学部四年の、北海夕莉(ゆり)ですぅ……」北海も茨木に倣おうとしたが、駄目だった。
「あらあら、お二人ともお疲れの様で。今日はうちでゆっくりとお休みください。温泉もございますよ」
「温泉!? やったー!」
急に元気になった北海を、茨木は軽く睨んだ。途端に北海は委縮する。
「ふふふ、それでは参りましょうか」
村は賑やかな雰囲気に包まれていた。村の目抜き通りに屋台が立ち並んでいることをはじめ、各家々には紅白幕や家紋つきの提灯などが飾られている。
道行く人々を眺めながら、北海は呟く。「本当に女性しかいないんですねぇ」
買い物かごを提げている者、屋台を設置している者、リアカーで大荷物を運んでいる者、のんびりと自転車を漕いで通過した者、道端で談笑している者たちに、元気に駆けまわる子どもたち……。老いも若きも、見かける者はすべて女だった。
「この村はその成り立ち故、今なお男子禁制を貫いております」二人の前を歩く隅本は振り返らずに言う。「出稼ぎしていた者が子を授かって戻ってくることもあるのですが、不思議なことに、生まれてきた子どもも必ず女の子なのですよ」
「不思議な話ですね」茨木は何度も頷いた。
「ですね。それに……」
北海は村人たちの体のある部分を一通り見た後、茨木のその部分にも目をやった。
「どうかした?」
「い、いいえ、何でもないですよぉ!」
茨木は首を傾げた。
二人は隅本宅に招かれた。広い和室の畳に腰を下ろすと、思わず声を漏らした。
「間もなくお食事の用意ができますので、今しばらくお部屋でお待ちください」
「はい、ありがとうございますぅ」
「あ、隅本さん」去り際の隅本を茨木が呼び止める。「明日の『瓜神祭(うりがみさい)』は何時頃から始まるのですか?」
「例年十一時頃からですね。ただ係りの者たちは、九時には村外れにある果蓮(かれん)神社に集まっております」
「その時から取材させて頂いてもよろしいですか?」
「えぇ、構いませんよ」
「ありがとうございます」
隅本は会釈し、襖を閉めた。
「さぁ北海ちゃん、今のうちに明日の準備しておこうか」
「センセー、瓜神祭ってなんですかぁ?」
茨木は思わずズッコケた。「何のためにここに来たと思っているの!」
「すっ、スミマセン!」
茨木は深く溜息をついて、説明を始める。
「いい? 瓜神祭っていうのは、この村で年に一度行われている伝統ある祭事だよ。豊穣祭の類らしいんだけど、いかんせんこの瓜女村自体が未開同然の村だから、その実態はまるで知られてないわ。これを論文にまとめれば、私は学会から賞賛を受けるし、あなたも無事卒業できるよって、出発前に何度も言ったでしょ?」
「スミマセン……すっかり忘れてましたぁ」
「まったく、オッパイだけじゃなくて頭にも栄養を回しなさいよね」
「好きで大きくなったわけじゃないですよぉ」
「と・に・か・く! 機材やら取材内容の確認やら、もろもろ抜け目なくやっておくよ」
「はぁーい」
翌朝、二人は果蓮神社にやって来た。境内の立札によると、ここには果蓮尼(かれんに)という尼が祭られているらしい。彼女は今から四百年以上昔、付近の村々を襲った隣国の武士たちから逃げてきた女や子ども匿った。それがこの瓜女村の起源となったそうだ。
神社には既に十名ほどの村人たちが集まっていた。幅広い年齢層だが、全員鯉口シャツや股引きといった祭衣装を纏っていた。
その様子をハンディーカムで撮影しながら、北海は呟く。「やっぱりみんな大きいなぁ」
「ん? 何か言った?」
「いいぇ、何もぉ!」
二人は祭りの一部始終をつぶさに記録しようと、勇んで祭りに立ち会った。神官と巫女による降霊の儀から始まり、神様への祝詞(のりと)を読み上げ、神輿(みこし)を担いで村内を練り歩く。
最初は熱心に記録していた二人だったが、徐々にその熱は冷めていった。
「何というか、思っていた以上に普通のお祭りですねぇ」
「うん、何もかもが由緒正しいというか、テンプレというか、ぶっちゃけ面白みがない」
「私、卒業できますかぁ?」
「う~ん……」
ゆっくりとした速度で進行していた神輿は、昼過ぎに村の中央にある広場に到着した。そこには大勢の人だかりができていた。彼らは神輿が到着するとわかると大いに盛り上がった。
人だかりを抜けた先には舞台が組まれていた。大画面のモニターやスピーカーなどの機材もセッティングされている。
「何か催し物でもあるんですかねぇ?」
「のど自慢大会とかは勘弁だよ」
神輿は舞台の傍らの台座の上に一旦安置された。
ほどなく二人の人物が舞台に上がった。ひとりは隈本、もうひとりは妖艶な雰囲気を放つ長身の美女だった。美女は一礼をして、マイクを使って話し始める。
「お集まりの皆々様、大変長らくお待たせ致しましたー! ただ今より、第百回『瓜女神(うりめがみ)決定戦』の本戦を開催致します!」
美女の挨拶で、村人はより一層盛り上がった。
「う、うりめがみぃ?」
「北海ちゃん! しっかり記録しておくんだよ!」
「は、はいっ!」
二人の瞳に再び熱い炎が灯った。
「司会はわたくし、山県庄子(やまがた しょうこ)。そして解説及び主審は、ご存知隈本村長です。どうぞよろしくお願い致します」
「よろしくお願い致します。皆さん、大いに盛り上がりましょう」
隈本の挨拶に観客は拍手を送った。
「では早速参りましょう! 厳しい予選を勝ち抜き、記念すべき第百回大会の本戦に出場を決めた六名の選手の皆さんです!」
盛大な拍手とともに、六人の女たちが袖から舞台に上がった。見た目の年齢や佇まいに違いがあるものの、全員花も恥じらうような容姿に加え、服がはち切れんばかりの見事な豊胸の持ち主だった。
山県は出場選手たちに順々にインタビューをした。そこに隈本が二言三言、期待と激励の言葉をかける。選手たちは皆、謙遜気味な返答をしつつも、その表情からは自信の色が見え隠れしていた。
「選手紹介は以上です。それではいよいよ審査に入ります!」
「審査ですってぇ」
「水着審査でもするのかな?」
「あ、何か運ばれてきましたよ!」
「えっ、あれって……!」
二人が目にしたもの、それは業務用のデジタル計量器だった。腰ほどの高さの台の上に載せられて運ばれてきた。さらに続いて運ばれてきた台の上には包丁とまな板が乗っていた。
「秤(はかり)に包丁?」
「何が始まるんですかねぇ」
「準備が整いました。では選手の皆さん、上着を全てお脱ぎになってください!」
「「え?」」
山県の指示通り、選手たちは一斉に服を脱いだ。
「「えぇー!?」」
二人は目が飛び出さんばかりに驚愕した。その声は周囲の歓声に紛れた。
女たちの服の下からメロンが現れた。たわわに実ったメロンが二つ、胸がある位置に存在している。ブラジャーを着用していないにも関わらず、胸からメロンが落下することはなかった。
「め、メロン!?」
「どうなっているんですか、あれぇ?!」
二人の驚きを他所に瓜女神決定戦はスムーズに進行した。
隈本はメロンをひとつずつ丁寧に収穫した。そして重さや見た目の美しさ、味などを審査し、手元のシートに記入していった。
メロンを収穫された選手たちの胸は、全員漏れなく浅くへこんでいた。カップ数を測ったら私以下だろうなと、茨木はその光景に驚きつつも微かな優越感を覚えた。
「ではお集まりの皆さんにも審査のご協力をお願い致します。各選手のメロンを試食後、最もおいしいと思ったものに一票投じてください」
「投票ですってぇ。どうしましょうか?」
「もちろん投票するよ!」茨木は目を輝かせて言った。「人に寄生して育ったメロンの味をこの舌で確かめなきゃ!」
「先生、メロン大好きですもんねぇ」
人数の関係上、試食できるメロンのサイズは小指の爪ほどしかなかった。だがそれでも、六人のメロンすべてが極上の甘味と風味だった。
「こんなにおいしいメロン、生まれて初めて食べた!」
「おいしぃー! これらならいくらでも食べられちゃうかもぉ~!」
長考の末、二人はそれぞれ好みのメロンに投票した。
投票締め切りから小一時間後、審査結果が発表された。優勝は青杜美津(あおもり みつ)といううら若く清楚な女だった。彼女は大粒の涙を流しながら優勝を喜んだ。
瓜女神決定戦が終了すると、祭り姿の村人たちは神輿を担ぎ、果蓮神社へと戻ってきた。その後隈本が、瓜女神決定戦の本戦出場者たちのもうひとつのメロンを祭壇に奉納した。そして神官と巫女による祝詞と神楽(かぐら)によって、瓜神祭は締めくくられた。
「驚かれたでしょ?」
境内から出たところで、茨木と北海は隈本に話し掛けられた。
「えぇ、まさか胸でメロンを育てて、しかもそれがあんなにもおいしいだなんて」
「あのぉもしかして、この村の方々のオッパイは全部メロンなのですか?」
「十歳以上の者の大半がそうですね。帰宅した者たちは今頃、自分たちでメロンを収穫して堪能していることでしょう」
「収穫したメロンは各家庭で食べるのですか?」
「そうですね。少なくとも五日はメロンづくしです」
「五日……」北海はゲンナリした。
「羨ましい!」茨木は目を輝かせた。「市場には流通していないんですか?」
「近くの村で開かれる市に出すことはありますが、町の方までは出回らないですね」
「そうですか……惜しいなぁ……」茨木は肩を落とした。
すると隈本がポン! と手を叩いた。「せっかくですから、今晩は私のメロンをお食べになってください」
「えっ、よろしいんですか!?」
「今年の青杜さんには到底及ばないと思いますが、私も一応優勝経験者です。それなりの自信はあります。是非ご賞味ください」
「ありがとうございます!」
その晩、茨木は隈本のメロンを一玉丸々間食した。そして翌日には土産まで頂戴し、北海と共に村を去った。
「センセー、待ってくださーい!」
「去年もそんな感じだったよね? 院生なんだからもっとシャンとしなよ」
「ふぇ~! センセーはホントに何でそんなに元気なんですかぁ~!」
「今日のために仕上げてきたからに決まってるでしょ! 今年の優勝は私のものよー! アーハッハッハー!」
「あ! だから待ってくださいってばぁー!」
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