Monologue:推し"が"ファンを認知すること

『当たれ~~~~~~』、と推しはわたしに念を送った。本当に心から当たってほしそうな表情、声だった。来年に控える、倍率がオニ高そうなイベントの話。


認知とは、推し(タレント)の側が自分のファンを覚えること。ここではラジオネームとかを覚えているレベルかそれ以上の、顔とハンドルネームが一致してるくらいのレベルの前提で書く。


割と最近、お渡し会の時に聞いたことがある。
「いつごろから"こいついつもいるな"って思うようになりましたか?」
『ん~~いつだろう、もう結構前ですよね』
「1stライブで最前ドセンにいたときはわかりました?赤いTシャツで…」
『うん!でも、最前じゃなくても見つけてますよ!』
「rrっ!?」
『後ろの方にいてもちゃんと探してますよ~』


鳩が豆鉄砲を食ったよう――何かに驚かされて唖然とする様子。驚いて目を丸くする様子。
そのあと何言ったか、何言われたか覚えてない。


その推しが「いつも自分の列に並んでくれる人」「いつもイベント来てくれる人」として間違いなく顔と名前を覚えているであろう人には、ほかに数人心当たりがある。だから"そのへん"については同じく檀上から意識して見つけているんだろうと思う。実際、前に座った知り合いが檀上から「発見されている」のを確かに見たことがある。
わたし自身、サイエンスホールの4列目とかなら明らかなレス貰ったことあるが、そうでなくても見つけようとしてくれてるのは想像以上だった。

別の人の話だが、ラジオ番組なんかの話で、こういうものがある。それは、『ゲストで行った番組に、いつも自分の番組におたよりを送ってくれる人からメールが来てると安心する、心強い』というやつ。イベントでも、檀上から客席を見下ろして、見知った顔がいるというのは全く同じなんだろう。



これまた別の人の言葉で、非常に強く印象に残っている言葉がある。
『私からはみんな(ファン)に会いにいけないから。みんなが来ようとしてくれないと、私はみんなには会えないから』
当たり前だけどファン側からは盲点になりがちな、推しの側の気持ち。

この話があったとき、直前にこんなことも言っている。
『ステージ上がって誰もいなかったらどうしようっていつも思う』
その人は当時でも十二分に売れっ子で、200人くらいのリリースイベントがあればまあまあそこそこの戦争になる規模のファンを持つ人。だからその時の、200人くらいのリリースイベントの会場は「またまたぁ~」という感じの笑いが起きていた。
その笑いのなかでわたしは、それらの言葉が深く刺さっていた。

このかたは、この『お客さん誰もいなかったらどうしよう』を割とよく言う。
ひとつには、
【それだけの努力と準備を以てステージに上がっている】
ことがうかがえるが、もうひとつ、
【それほどの人でも常にこの不安を持っている】
ということがわたしには非常に印象強い。この気づきは、改装前のアニメイト池袋イベントスペース、4列目左端からの景色とともによく覚えている。



***



『当たれ~~~~~~』と念を送ったその推しは、その人ほどではないが、サイエンスホールで2人ラジオの番組イベントをやれば半分以上は埋められる人だ。あんまり言いたくないけど話の流れの都合言うと、まあそれくらいの程度の人だ。
当たるよう念を送ってくれたイベントは巨大コンテンツのライブだが、様々な要因がこれでもかと重なって、発表された瞬間からすでに焼け野原が見える倍率。列に並んでいるとき、たびたび同じ話題が聞こえてきたが、だいたい渋い表情をしていた。本人も状況は察しているところなのだろう。

だからわたしに、というか『私のファンに』、チケットが当たることを本当に心の底から望んでいたんだろうと思う。フォロワー数万人の有象無象のファンのうち、『間違いなく私を目当てに見に来てくれるファン』に。
いつもなら通りなら特別な何かがなくともいつもの人は来てくれるだろうが、今回はどうもそうもいかない。たとえ見つけられなくてもいつもこの客席の中にいると思っているが、今回ばかりは自信をもってそう思えない。そんな風に感じられた。
自身を応援している人のもとに自分のパフォーマンスが届いて欲しいという気持ちのほかに、何%かは『自分のため』でもあったのだろうと、そんな祈りに見えた。



***



推しに認知されることを好まない人が少なくない規模で居るのは知っている。自分は有象無象のファンの一人でいい、モブでいい、みたいなやつ。最近はそっち側の気持ちもわかるタイミングが増えてきた。
女性にその傾向が強い感じがあるので、推す側・推される側それぞれの性差なのだろうと思うし、次に書くことも必ずしも一般化される話ではないと思って書く。

わたしは先に書いたような経験があるから、推し本人の気持ちを考えると、推しがファンを認知しようとしているなら受け入れてあげるのがいいと考えている。それはただのファンサービスなのではなくて、「推しがステージ上で頑張る力を得るため」でもあると思うから。

ここに書いたわたしの話は声優の話なので、ファン稼業一辺倒というわけではない。極論、声優なんて個人のファンがつかなくても技術があれば食っていけるし、実際そんな話をラジオで聴いたことがある。
ただラジオのその話にも続きがあって、"そんな"声優がわざわざ自分のファンを認知する、しかも、積極的に顔と名前を覚えようとすることがよくあるのは、仕事としてアイドルさんの真似事をしているわけではなくて、自身のためでもあるからなんだろうと。


ラジオでおたよりをよく読まれる人が、お渡し会に初めて行って名前を名乗り、推しに驚かれる、みたいなシーンはよく見かける。自分だけでも何回かある。そういうとき、『いつもメールくれる自分のファン』をようやく目の前にした推しは、まず驚いたあと、ぱぁっと表情が明るくなる。比べちゃうのはよくないが、前後の人と比べても明らかに嬉しそうにしていることが多い。ニュースがあればハイライトに使われるであろうシーン。

その嬉しそうな顔が、仕事上のものなのか、心からのものなのか。この2500の文字だけでは判断してもらうことはできない。
が、少なくともこれを書いた人間は、顔を見せることが推しの力になると、確信している。
















当たれ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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