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【短編小説】投稿動画に幽霊が映っていたのでお祓いしてもらいに来た「私」の話

『ゴースト・バイアス・エクソシスム』


 私の趣味は、動画投稿である。
 誰も行かないような山や海へ遠出する様子を動画に収め、素人なりに編集をして動画投稿サイトへ投稿する。閲覧数は多くない。三桁台ほども再生されれば小躍りしたいくらいだ。所謂、底辺動画投稿者である。
 そんな私の投稿動画が、ある日突然、急激に再生数を伸ばし始めた。同時に、動画へのコメントも次々に書き込まれていく。なにがなんだかわからないなりに、どこかの誰かによって動画が紹介されてバズったのだろうか、なんて呑気に考えながら該当の動画を確認すると、予想だにしないコメントで溢れかえっていた。
『マジの幽霊じゃん』
『待ってめっちゃこっち見てる怖い』
『これ動画だよね? 編集してて気づかなかったのかな?』
『この人の他の動画も観てみ? これほどじゃないけど、絶対どこかしらに幽霊いる』
 私はしばらくの間絶句し、指のひとつさえ動かせなかった。
 頭の中がぐるぐるする。幽霊? 編集している間、そんなものが映り込んでいただなんて、全く気がつかなかった。だけど視聴者は一様に同じタイムスタンプを指し、ここに幽霊が映っているとコメントしている。人間は、点がみっつある箇所を発見すると人の顔に見えるという現象――シミュラクラ現象っていうんだっけ、それともパレイドリア現象っていうんだっけ――かもしれない。
 思考を巡らせているうち、徐々に落ち着きを取り戻した私は、意を決して、件の動画を確認することにした。自分の動画を再生するだけなのに、いやに手が震える。
 果たして、そこには間違いなく幽霊が映り込んでいた。
 撮影にはスマホを使っており、歩いていることもあって手ブレが酷い。それでも、見間違いようがなかった。これは人だ。人のかたちをした黒いなにかが、山を登り始めから最後まで、ちらちらと映り込んでいた。
 動画中の私が、達成感に満ち足りた声音で、
『まもなく山頂でーす。いやあ、今回の道のりは思いの外険しかったですねー』
なんて言いながら、カメラを背後に回す。単に歩いてきた道を映したかったのだ。
 一瞬。
 ほんの一瞬だが、人のかたちをしたなにかの顔面で、画面がいっぱいになる。
 真っ暗だけれど、それでも、わかる。
 ぎょろりと血走った目が、間違いなくこちらを見ていた。
 スマホのレンズを。そして、その先に居る私を。
 六月も後半に差し掛かり蒸し暑くなってきた頃だというのに、全身が否応なしにぞくりと震えて、思わず振り返った。背後には誰も居ない。当たり前だ、私は一人暮らしをしているのだから、この部屋に私以外の人間が居るはずがない。
『山頂に到着しましたー。良い景色ですねー。あ、あそこ、この村の元村長のお屋敷だそうです。なんでもこの元村長さん、村の発展にとてもご尽力されたそうで――』
 再生されたままの動画では、私がこのとき訪れた村の歴史をつらつらと紹介していた。画面の映像は、なにごともなかったかのように、山頂からの景色を映している。せっかく行くのだから下調べをして、その土地の歴史や特産物を紹介するのが恒例となっているのだ――って、今はそうじゃなくて。
 この幽霊について、考えなくてはいけない。
 事前調査では、この山で行方不明者や死人が出たなんて記事は見かけなかったはずだ。けれど、災害や遭難の類ではなく、なにかの事件に巻き込まれた人の霊である可能性は捨てきれない。例えば、殺されてこの山に死体を遺棄された、とか。しかし、この考察はあまりぴんとこない。なにせ、コメントでも指摘されている通り、他の動画にも似たような霊は映り込んでいたのだ。その土地の幽霊が、そんなに都合良く映るものだろうか。私は別段、霊媒体質でもなんでもない。どこにでもいる女子大生だ。
 だが、如何せん私の向かう場所はいつも人気ひとけのない場所だ。そういうコンセプトなのだから当然の話ではあるのだけれど、だからこそ、幽霊たちは珍しくやって来た人間に、なにかを伝えようとしているのかもしれない。そうだとしても、この動画以外の幽霊は、遠くのほうに立ち尽くしているだけで、主張が弱過ぎるような気もするけれど……いや、もしかしたら、そこに死体が埋まっているのかもしれない。だけど、それが真実であったとして、心霊映像を根拠に通報するわけにもいかない。
 どうしようか、と私は考える。
 仮に、幽霊たちが私の撮影に映り込んでまでして、なにかしらの無念を訴えようとしているのであれば。この動画が拡散され、たくさんの人に視聴されれば、然るべき機関が動くかもしれない。私の動画は、今、影響力を持ち始めたのかもしれない。『かもしれない』ばかりの仮定ばかりで確証なんてひとつもない推測のはずなのに、何故だか妙に現実味をもっているような気がしてくる。そうなれば良いと思う下心が、それを助長させているのだろうか。
 一人脳内会議の末、私はひとつの結論に至った。
 ずばり、もう一度どこかへ撮影に行き、それにも幽霊が映るようなら、先の仮説を前提とした動画作りに移行するのだ。
 そうと決まれば、早速行動を開始した。
 いつもは無作為に地図を開いて、目に止まった地名を軸にして行き先を決めている。だけど、今回は確証が欲しい。だから、向かう先は心霊スポット一択だ。有名どころではなく、大昔に話題に上がったけれど特段盛り上がらなかった、そんな心霊スポットはないだろうか。
「……やめよう」
 インターネットの海を泳ぎ始めて一時間が経過した頃。
 私は誰に言うまでもなく、そう呟いた。
 私のチャンネルは、心霊系ではない。私が作りたい動画とは、なんの起伏もない散策動画なのだ。心霊スポットの情報をどれだけ掻き集めようと、動画の構想がひとつも湧かなかったのが、その証左である。それに、この手のものは遅かれ早かれ、ヤラセと一蹴されて終わるだろう。私の動画に映っているものは恐らく本物だろうけれど、他人からすればそんなものはどうだって良いだろうし。なにより、その路線に舵を切ったところで、人気は一時だけのものでしかない。それに身を委ねて破滅した人間なんて、それこそインターネット上でだけでも大勢居る。
 だから今、私がすべきは心霊スポット探しではなく。
 お祓いができる神社である。
 冷静に考えてみれば至極当然のことで。これまで投稿した動画全てに幽霊が映っているなんて、ただごとではない。
 近所にある神社はいつも無人だから、お祓いは頼めそうにない。ここからそう遠くなく、且つお祓いの実績がある神社。検索の末、その条件に合致した神社は一件のみだった。
 透目町にある蘭神社。
 ここから片道二時間ちょっとのところにある田舎町で、町名の読みかたは「すきめちょう」。神社のほうは情報がほとんどなく、「らん」なのか「あららぎ」なのか「ふじばかま」なのかは、わからず仕舞いだった。ただ、ネット上の神社へのレビューは総じて高評価で、つまるところ、それが決め手となった。


 平日の講義を終え、土曜日。
 私は早朝に家を出発し、透目町へと向かった。電車とバスを乗り継ぎ向かうが、如何せん本数が少ない。距離だけ見ればそう遠くないのに、移動時間が二時間ちょっともかかるのは、そのあたりが理由だった。しかも今日は土曜ダイヤで、平日以上に本数が少なく、私が空き目町に足を踏み入れたのは、八時半を過ぎた頃になった。それでも充分早いだろうけれど、そこはそれ、職業病のようなもので――ついでに、町並みを撮影したかったのである。あれだけ動画が拡散されて、次の動画で知らん顔の通常運行はできないだろうし、それならお祓いするまでを動画にまとめたほうが良い。
 土曜日の朝は、とても静かだ。休日出勤の大人たちは軒並み出勤し終わっているし、今日が休みの人は、まだ家でゆっくりしている時間帯だろう。空には雲が点在しているが、空気はすっきりと澄んでいて、気分が良い。
 私は鞄からスマホを取り出し、早速撮影を開始した。
「おはようございまーす。私は現在、透目町というところに来ています」
 映しているのは、降りてきたばかりのバス停だ。雨風に晒され、かなり年季の入った感じを漂わせるそれには、すかすかの時刻表が記されている。こればかりを撮っていても意味はないので、私は事前に確認しておいた神社への道順を辿ることにする。
「前回の動画にたくさんコメントいただきました、ありがとうございます。コメントいただいてから私のほうでも確認してみましたが……うん、なんか、映ってましたね。あれ、本当に撮影してたときも編集してたときも気がつきませんでした。怖いので、今日はお祓いをしてもらうべく神社に向かっています」
 最寄りのバス停から神社まで、徒歩三十分ほど。普段からよく歩く私にとっては、なんということもない距離である。
「神社の名前は、ちょっと読みかたがわからなかったので、あとで編集で神社名を入れますね。こういう名前の神社です。調べてみた感じ、お祓いへの評価が高いみたいだったのでここにしました。いやあ、解決することを願うばかりです」
 動画用に一人で喋りながら、歩を進める。
 自然豊かで、穏やかな風の通る場所だ。コンクリートで舗装された道路や、電柱、民家だってあるのに、どうしてだろう、一瞬、山の中に居るかと錯覚してしまいそうになる。人の気配がないわけではないのに、なんだか不思議な感じだ。
「あ、猫だ。挨拶できるかな」
 曲がり角の塀の上に、白猫が座っていた。のんびりと日光浴をしているようである。私が近づいてきてることは気づいているようだが、逃げる様子はない。地域猫で、人間慣れしているのかもしれない。
 だが、あと少しで猫に触れられそうなところまで来た途端、猫が飛び上がった。
 全身の毛を逆立て、私を威嚇している。
 自慢じゃないが、私は生まれてこのかた、動物に嫌われたことがない。近所の飼い犬は私を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきてくれるし、旅行先にいる野良猫はまず間違いなく撫でさせてくれる。だから、私は自分で思う以上に人生初の威嚇行動にショックを受け、身体が硬直してしまった。
「……ろさん、しろさん。早く、こっちおいで」
 と。
 威嚇する白猫と、それにショックを受け固まる女子大生の間に、小声で第三者が介入してきた。
 それは、男子中学生だった。
 私が彼を中学生と断定した理由は、単純明快、背丈が女子平均ほどの私よりも低かったからである。小学生よりは体格がしっかりしているけれど、高校生には決して見えない。だから地元の中学生だろう、と踏んだのだ。
 彼は黒いパーカーを目深に被り、私と視線を合わせないようにしながら白猫に呼びかける。ようやく男子中学生の声に気づいたらしい白猫は、なにやらにゃあにゃあと鳴く。まるで、彼に話しかけるように。
「うん、うん、それ俺も思った。ほら、一緒に行こ?」
 男子中学生のほうも、まるで猫の言葉を理解しているようにそう言うと、両手を広げた。すると、白猫はすぐさま男子中学生の胸へ飛び込む。素晴らしい信頼関係だ。
 と。
 私が少年と猫の関係性に感心しているうちに、一人と一匹は一目散にどこかへ駆けて行ってしまった。猫はともかく、子どもにまで不審がられてしまったようだ。とはいえ、これは田舎あるあるな余所者への警戒であることは明らかだし、あまり気にしない。
 それよりも、私が向かうべきは神社である。これは不幸中の幸いと言うべきか、少年と猫が走り去っていったのとは反対方向だった。向かった先で彼らと鉢合わせることはなさそうである。
 猫を撫でられなかったこと自体は残念だが、気持ちを切り替え、私は再び歩き出した。
 そうして、あと五分ほどで神社に到着するというところで、私ははたと足を止めた。ここまで来ると民家はほとんどなく、田んぼや林の中に敷かれた道路を歩いていくという、代わり映えしない風景が続いていたのだが。
 そんな緑の中に、ぽつんと、廃屋が建っていた。
 初夏の太陽を浴びて青々とする木々に囲まれて、そこだけ深い影ができている。
 別段、注目するほどのことではない。これまでだって、田舎町でああいう廃屋は何度も目にしてきた。
 それなのに、どうしてだろう。
 廃屋から、目が、離せない。
「……」
 気づけば、私の足は廃屋へと向いていた。
 何故だか、頭が上手く回らない。思考を組み立てられない。熱中症になってしまったのだろうか。日差し対策も、水分補給も、ちゃんとしていたはずなんだけどな。いいや、そんなことより、今はあの廃屋に行かなくちゃいけない。どうして? どうしてって、どうしても。
 崩れかけの玄関先から、手が出てくる。
 こちらにおいでと、手招きをしている。
 呼ばれているんだから、行かなくちゃ。

 おいで、おいで、こちらにおいで。
 近くに来て、その顔をよおく見せておくれ。
 きっと可愛い顔をしてるんだろうなあ。

「――お前! なにしてんだっ!」
 男性の声で怒号が飛んできたのと同時、ぐいっと、強い力で肩を掴まれた。
 それはもう、痛いくらいの力で。
「い、痛いいたい!」
 だから私は悲鳴を上げた。
 そうして、気づく。
 さっきまでの目眩じみた感覚が、なくなっている。頭もすっきりしていて、思考も明瞭だ。
 なにがなんだか、わからない。
 ひとまず、私の肩を掴んで離さない人物を確認しなくては。
 そう思って振り返ると、そこには長身の成人男性が、鬼の形相でこちらを睨んでいた。二十代半ば、いや、三十代くらいだろうか。とにかく、一番パワーのある年代であることは間違いない。
「ひぃっ……!」
 そのあまりの鬼気迫る表情に、思わず腰が抜けそうになる。が、ここで脱力するのは危険極まりない。一人行動するからには、それ相応の覚悟と用意はしてきているのだ。
「待て待て待て、通報するな。俺はそういうんじゃないから」
 冷静な声音で待ったをかけながら、しかし強引な手つきで私からスマホを取り上げた。
「そ、そんなこと言うんなら、肩から手を離してくださいよ……!」
 スマホから緊急通報をしようとしていた私は、泣きそうになりながらそう訴えた。
「……お前、アレが視えるか?」
 しかし男性は、私の要求に答えることはなく、私のスマホを持った手で、廃屋を指差した。
 アレ、と呼ばれたもの。
 それは。
「ひっ――!」
 思わず、後退りした。口からは、短い悲鳴じみた声が溢れた。
 男性が指差した先に居たのは、私の動画に映り込んでいた、例の人のかたちをしたなにかだった。それとは距離があるにも関わらず、見開いた目が私を凝視しているのがわかる。
 じっとりと、じっくりと、熟熟と。
「……清め給え、隠し給え、守り給え」
 男性が、呟くようになにかを唱えた、次の瞬間。
 景色が蜃気楼のようにゆらゆらと揺れたかと思うと、アレの姿はなくなっていた。
「き、消えた……。すご、え、すごいすごい! もしかして、そこの神社のかたですか!?」
 唐突に目の前で行われた除霊に、私は興奮気味にそう言った。
 しかし男性は、私の肩から手を離し、スマホを返しながら、
「いいや。俺は、この町の便利屋だよ」
と、淡々と答えたのだった。
「……便利屋さん?」
 想像だにしていなかった回答に、私は首を傾げて、男性の言葉を繰り返すことしかできなかった。
「地域猫から中学生、俺の同級生、俺の順に連絡が来てな。ヤバそうなものに憑かれた女の人が居るから、様子を見てきて欲しいって」
 どうして一番最初に猫を含んでいるのだろう、普通に中学生始まりで良くないか? と思いつつ、奇妙な伝言ゲームの末にこの人がここに来たのだということだけは理解できた。
「細かい話は、安全な場所に移動してからだ」
「え? でももう消えたじゃないですか」
「消えたんじゃなくて、互いに姿が見えないようになってるだけだ。一時凌ぎでしかない」
 わかるようでわからない説明に、私は再度首を傾げる。
「ともかく、一旦ウチの事務所に来てくれるか? 除霊についても請け負ってやるから」
「え、ええと……」
 それは願ってもない申し出だが、しかし、どうだろう。状況を客観的に見てみれば、これほど不審なこともないだろう。事件沙汰にならないとも限らない。
志塚しづかさーん!」
 と。
 逡巡する私の虚を突くように、女性の声が響いた。
 見れば、声の主は運転する車の窓から顔を出し、頬を膨らませている。こちらは二十代前半といった風貌だ。男性の後輩だろうか。
「運転中に突然車から飛び降りるの、マジでやめてくださいってば。この辺、一本道ばっかりだから、ぐるっと大回りして戻ってきたんですよ」
「ああ、すまん。悪かった」
 怒りを露わにしつつ車を横付けした女性に、志塚と呼ばれた男性は一切悪びれている様子もなく謝罪した。だが、それで女性のほうは溜飲を下げたのか、それで、と態度を切り替える。
「その人が、辻瀬つじせさんから連絡があった、ヤバそうなのに憑かれてる人ですか?」
 女性からの問いかけに、男性は頷きながら再び廃屋を指差す。
「ほら、あそこに居るだろ。見るからにヤバそうなのが」
「……うっわあ」
 廃屋に視線を遣った女性は、遠くのものを見るように目を細め、それから、心底げんなりした声を上げたのだった。
笹森ささもり、名刺は持ってるか?」
「もちろん持ってますけど……ああ、だから私も連れてきたんですか」
 そのやり取りだけで状況を全て理解したと言わんばかりに、女性は肩を竦めつつ、車から降りてきた。そうして私の正面に立ち、上着のポケットから名刺を取り出す。
「わたくし、この町で便利屋をやっております、笹森と申します。ウチの先輩が失礼な態度をとったようで、申し訳ありません。あの、ほんとに、決して怪しいものではございませんので、通報だけはご勘弁いただけませんでしょうか……?」
 受け取った名刺には、『便利屋 スペース スタッフ 笹森 咲麻』と書いてあり、その事務所とやらの住所と電話番号も記載されている。
 名刺を見つめ、状況を見極めようとする私に、女性は続けて言う。
「私も志塚さんも、その、所謂『視える』人でして。ちょっと前から視えるようになった私でも、アレはヤバいってひと目見て思ったので、まずはうちの事務所まで避難しませんか? 事務所なら強力な結界を張ってるから、アレは近づけませんし。なにより、死神に誓って、妙なことはしませんから」
 どうしてここで死神が出てくるのだろうか。
 そう疑問に思いはするが、今は他人の信仰に口を出している場合ではない。
「……動画」
 なにが正解で真実なのかを見極められないまま、それでも無難な状況維持もよくないと決心した私は、震える唇で言葉を紡ぐ。
「動画を回したままでも、良いですか?」
 それは、決して動画の撮れ高を考えたことではなく。
 万が一の場合に備えて証拠を確保しておきたいが為の要求だった。
「良いですよ。ね、志塚さん?」
「生配信中じゃないなら、別に」
 存外簡単に了承されてしまった。いや、そのほうが私にとっては都合が良いのだけれど。
「そうと決まったら早く行きましょう。志塚さんの張ってくれた結界も、そろそろ限界っぽいので」
 言いながら、女性にぐいぐいと背中を押され、あれよあれよと言う間に車に乗せられたのだった。


「結論から言うと、あんた、生霊に憑かれてる」
 便利屋さんの事務所内にある応接室にて、私のほうからひと通り事情を話し終えると、男性――志塚さんは、開口一番にそんなことを言われた。応接室に入ってすぐに笹森さんが出してくれたお茶は、すっかり冷めてしまっている。
 お茶請けから視線を少し下げ――私の横で、絶賛私の足元を録画中のスマホを見遣る。志塚さんたちについていく条件として撮影の許可を取ったが、人と話をするのにスマホを向けっぱなしというのは相手に失礼だと思った結果、現在のかたちに落ち着いた。
「生霊、ですか? 幽霊じゃなくって?」
 先の志塚さんの発言を受け、私は目をしぱしぱと瞬いた。
「ああ。さっきは本当に危なかったんだ。あのまま呼び込まれて行ってたら、あんたはアレに襲われてたか、身体を乗っ取られて、アレの大元に会いに行ってたかもわからん」
 思い出すだけでもぞっとする、アレの視線。
 その先にあったかもしれない未来を想像するだけで、全身が震えて仕方がない。
「そ、それは本当に、助けていただいてありがとうございます、なんですけど……」
 生霊とは、生きている人間の強い思いが霊体となって飛ぶことを指すんだったか。それとも、生きている人間の魂そのものが飛んできていることを指すんだったか。
「今回の場合は、あんたへの強力な執着が生霊化したみたいだな。あんた、アレになんて言われたか覚えてるか?」
「……顔を見せてって、言われた気がします」
「なるほどなあ」
 志塚さんは一人で納得したような顔をしながら、業務用と思われるタブレット端末で、さきほど教えた私の動画を再生する。が、手元はすいすいと動き続けているから、動画を視聴しているのではなく、コメント欄でも見ているのだろうか。
「大方、あの神社でお祓いをしてもらう腹積もりだったんだろうが。残念ながらお門違いだ。あそこは邪気を払うにはもってこいだが、今のあんたに必要なのは縁切りだからな」
「縁切り……」
「今は向こうが一方的に縁を繋ごうとしている状態だ。それをあんたのほうから振り払えられれば、問題は解決するだろ。最近はあの手の生霊が増えてきたとはいえ、アレはだいぶ悪質だな」
 生霊。
 顔が見たい。
 向こうからの一方的な執着。
「もしかして――」
 そうでなければ良いと願いつつ、私は言う。
「アレの正体って、私のチャンネル視聴者、ですか?」
 はじめはストーカーかと思ったけれど、『顔が見たい』という執着がある以上、私の頭ではそう推察するのがやっとだった。
「正解」
 果たして、志塚さんはタブレット端末から私へ視線を移すと、皮肉げな笑みを浮かべて、私の推測を肯定した。そうしてタブレット端末を操作する手を止めたかと思うと、くるりと画面をこちらに向ける。
「こいつと、こいつ。ブロックして」
 志塚さんは、動画へのコメント欄から二人のユーザーを指差して、そう言った。それは、頻繁にコメントを書き込んでくれているユーザーたちだった。
「この人たちが、生霊の正体なんですか?」
 あまりに迷いのない指示に、私は、最近の霊能力者はインターネット上でもその能力を発揮できるのか、と半ば感心しながら尋ねた。
「たぶんね」
 しかし志塚さんは、曖昧に頷く。
「ただ、どちらか一方か、或いは両方ってのは間違いないと思う。こいつら、どの動画でも気持ち悪いコメントばっかり書き込んでるからな。あんたもあんただ、なんですぐブロックしなかったんだ?」
「それは……」
 どんなものであろうと、コメントはコメントだ。再生数が滅多に三桁にいかない私のチャンネル動画で、こまめにコメントをくれる人は、それだけで貴重だと思ったのだ。それが、たとえ動画に一切関係のない内容のコメントだったとしても。
「視聴者を大事にする姿勢は結構だが、あんたが不快に思うコメントを書いたやつは、ブロックして普通だと思うぞ。そうでなきゃ、趣味さえ楽しめない世の中なんだから」
 志塚さんは小さくため息をはきながら、言う。
「ブロックした仕返しが怖いって言うんなら、その対策を請け負うこともできる。まあ十中八九、こういう連中は次のターゲットに移るだけだろうから、その辺りは無用な心配だと思うがな。ただ、今こいつらの執着の的はあんたで、生霊が襲ってくるところまで来てしまっている。アレとの縁を今すぐに断ち切ることをおすすめするね」
 インターネット上のトラブルは、本当に怖い。以前、ブロックしたら嫌がらせを受けたという話を見たことがある。話がこじれたら裁判沙汰も有り得るだろう。
 だけど。
 私の中では既に、現実的な恐怖よりも、アレに対面したときの恐怖のほうが上回っていた。
 きっと、次はない。
 もう一度アレに邂逅したら、私は自我を保っていられないだろう。
「ブロックしたほうが良い人のユーザー名、もう一度教えてもらって良いですか?」
 ゆっくりと深呼吸をしたのち、私は鞄からタブレット端末を取り出すと、動画投稿サイトの管理画面を開いた。
「こいつと、こいつ」
 志塚さんは僅かに口角を上げたかと思うと、さきほどと同じ画面から、該当人物を教えてくれた。
 ユーザーブロックは、存外あっさりと終わった。
 やってしまえば、呆気なく、味気なく。ただ、もう彼らからのコメントを見ずに済むのだと思うと、安堵している自分がいるのを実感する。
「除霊っつうか、縁切りっつうか……呼びかたはなんでも良いけど。ウチでやってくってことで良いんだよな?」
 私の作業が終わった頃を見計らって、志塚さんは念押しの確認をしてきた。
「は、はい。お願いします」
 私はそれに、覚悟を決めて頷いた。
 この場合の覚悟というのは、金銭的な面でのことである。元々、神社でお祓いをする予定だったから、初穂料程度しか持ってきてないのだ。便利屋の相場価格は、全くわからない。
「じゃあこれ、見積書な」
 私が頷いたのを見てからすぐにタブレット端末を操作していた志塚さんは、手早く料金を提示してくれた。
「……え? これゼロ少なくないですか?」
 これが本当なら、多めに包んできた初穂料でお釣りが出るほどだ。
「少なくない、これで合ってる。特に今回の場合は、雑経費が少ないからな。ほぼ人件費だ」
「はへえ……そうなんですね……」
 これほどお手頃なお値段で、果たして田舎町で生計を立てられているのだろうか……なんて、大学生がすべきではない不安が、脳裏を過る。いやいや、案外、お買い物代行とか掃除代行とかで儲かってるかもしれないし。なにより、応接室に入る前に通り過ぎた事務室には、そこそこデスクが並んでいたではないか。
「じゃあこれ、同意書と契約書。ちゃんと読んで理解して、納得できたら署名してくれな。俺はその間に準備してくるから」
 どうやら、業務用タブレットと一緒に書類も持ち込んでいたらしい。段取りが良いというか、手際が良いというか。
 書類とボールペンを受け取ると、志塚さんは応接室から出ていった。すっかり冷めたお茶を一口飲んでから、私は渡された書類に目を通すことにした。見慣れない文章に目眩がしそうになりつつ、読み進めていく。志塚さんや笹森さんの様子を見る限り――さらに、偶然出会っただけの私に身の危険が迫っているかもしれないと、大人の人に連絡してくれた中学生のことも含めて――害されることはないように思う。それでも、念の為。社会勉強だと思って、一言一句、しっかり読み込んだ。
「おまたせ、用意できたぞ」
 それからどれくらい経ったのか、志塚さんが応接室に戻ってきた。その左手には、何故か裁ちバサミが握られている。
「私のほうも、確認し終わって、名前書きました」
「ん」
 志塚さんは右手で書類を受け取ると、署名欄に視線を落とし、
麦倉むぎくらさん、ね」
と、読みかたを確認するように言った。
「はい。……あの、志塚さん、一個訊きたいんですけど、良いですか?」
「なに?」
「そのハサミ、一体なにに使うんですか?」
「なにって、あんたとアレの縁切りに使うんだよ」
 そんな安直な。
 反射的に思ったことを口に出しかけて、素人がそんなことを言っては失礼にあたると、慌てて口を噤む。が、そんな逡巡は志塚さんにとっては見え見えだったようで、
「安直で良いんだよ」
と言う。
「大事なのは想像力と連想力だ。なにかを『切る』のに『ハサミ』はもってこいだろ?」
「そういうものなんですか」
「そういうもんなんだよ。まあなんだ、寺生まれのTさんの実力を信じろ」
 寺生まれのTさんとは、怪奇現象が起こったとき、寺生まれのTさんなる人物が解決してくれるという、インターネット上で有名な話だ。
「志塚さん、寺生まれなんですか? でも志塚さんはSさんでは?」
「下の名前が『拓人たくと』だから、Tさんで良いんだよ」
「へえ……。……ふふっ」
 除霊してもらう為に、片道二時間ちょっとかけて、田舎町へ来て。
 動画に出てきた霊が目の前に現れ、襲われかけて。
 実はアレは生霊で、これからそれと縁を切る為の儀式を始めようかというときに。
 寺生まれのTさんの話が出るなんて予想外過ぎて、思わず笑声が溢れた。
「それじゃあ、志塚さんも『破ぁ!』って言うんですか?」
 笑いを抑えられないまま、冗談交じりに尋ねた私に、志塚さんは、
「言わねえよ」
と、ばっさり切り捨てるように言った。
 言わないんだ。ちょっと残念だ。
 いや、もし儀式の真っ最中に『破ぁ!』なんて言われようものなら、私は抱腹絶倒しかねないから、言わないならそのほうが良いのだろうけれど。
「少しは緊張が解れたか?」
 志塚さんは、小さい子ならこれで必ず笑う鉄板ネタでも披露したあとのように、誇らしげな笑みを浮かべていた。
「え? あ、ああ、はい。おかげさまで」
 とはいえ、これはインターネット上のネタ系に精通している私だから大ウケしたのであって、今どきの若者が相手だったら、きょとん顔だったと思う。それも踏まえて『寺生まれのTさん』ネタを披露したのだとすれば、なかなか肝が据わっているといえよう。
「それじゃ、始めるぞ」
 志塚さんは、持っていた書類を、業務用タブレット端末と一緒にテーブルの隅に置き、私の背後に回った。
 しゃきん、と裁ちバサミの刃の擦れる音がする。それが儀式の始まりの合図のように思えて、私はごくりと唾を飲んだ。
「安心しろ、これであんた自身を切ることはない。清めてきたこのハサミで、悪縁を切るだけだ」
 志塚さんの声は、それだけだと、とても穏やかな声音になって聞こえる。きっとその表情は、険しいそれか、皮肉げなそれだろうに。不思議なものだ。
「目を閉じて。アレと縁を切ることに意識を集中してくれ。そうだな、雨露を払うイメージ。或いは、蜘蛛の巣を払うイメージ。身体に纏わりつく鬱陶しいものを、振り払うようなイメージだ。拒絶と言っても良いかもしれん」
 志塚さんの指示に従い、目を閉じ、想像する。
 再び背後から、しゃきん、と音がした。
 それから、聞き取れないほど小さな声で、志塚さんがなにかを呟く。私が廃屋前でアレと遭遇したときに放った、呪文の類だろうか。わからない。だから今は考えない。私がすべきことは、既に言われている。
 振り払え。
 そして、拒絶しろ。
「――――」
 志塚さんが僅かに声量を上げて、なにか言った。
 続けざまに、裁ちバサミの音がする。
 しゃきん、しゃきん。
 その音だけで、私が普段使っているハサミよりも鋭い切れ味なのだとわかる。それ故に、成功を確信させてくれる。
「……終わり。もう目を開けて良いぞ」
 言われて、私はゆっくりと瞼を上げた。
 身体が軽くなったとか、気分がすっきりしたとか、そういうことはない。
「窓の外、見てみろよ」
 志塚さんは、いつの間にか窓際に移動していた。ブラインドの隙間から外の様子を見て、なにやらにやついている。
「……消えていってる」
 志塚さんに倣い、外を見る。
 事務所の外、道路を挟んだ茂みの近くに、アレが居た。しかしその姿はぼろぼろと崩れ落ち、あっという間に視えなくなっていく。
「あんたへの執着を問答無用で断ち切ったからな。存在理由を失ったアレは崩壊し霧散する。動画に映ってるのも、じきに消えるだろうよ」
 確認してみな、と志塚さんに促されるまま、私は自分のタブレットから件の動画を開いた。アレはまだ視認できる状態だが、存在が希薄になっていることは明白だった。アレが画面いっぱいに迫った場面は、こちらを見つめる目がわからなくなり、画面が暗転したようになっていた。
「時間差はあるけど、動画からも消えるってことで、良いんですよね?」
 念押しの確認をする私に、志塚さんは、
「ああ。間違いなく消える」
と、応接室から出ていきながら、けろりと答えた。
「麦倉さん、お疲れさまでした。慣れないことに巻き込まれて、疲れたでしょう?」
 私も荷物をまとめて応接室を出ると、笹森さんが笑顔で出迎えてくれた。
「ま、まあ。だけど、おかげさまでなんとかなったみたいなので、良かったです」
 力なく笑う私に、笹森さんはすっと右手を差し出した。
「これ、あげます。一年間、肌身離さず持っていてください」
 そうして強引に私の手の中に押し込まれたそれは、お守りだった。紺色の布地に白い糸で菖蒲の刺繍を施された、シンプルでありながらお洒落な作りだ。どこの神社のものか確認しようとしたが、神社名はどこにも見当たらない。
「もしかして、手作りですか?」
「あ、バレました? 二人が応接室に居る間に、私がさくっと作ったんですよ。外側はさておき、中身は志塚さん特製の御札だそうなので、効果は保証しますよ」
「へえ……すご……」
 私が志塚さんに事情を説明し、書類に署名をし、縁切りの儀式を終えるまで――正味一時間弱ほど。手のひらに収まるサイズとはいえ、よくその短時間で、これほど完成度の高いものができたものだと、私は素直に感心していた。
「それと、これを家の玄関ドアに貼っておけ。魔除けになる」
 言いながら、志塚さんも私の手のひらに、一枚の御札を押し込んできた。それは素人目にも霊験あらたかそうなもので、私は目を丸くし、
「こ、これ、追加料金おいくら万円ですか?!」
と、裏返った声で言った。
「これも料金内だから。そんな焦るな」
「ええ……」
 改めて見積書の金額を思い出す。確か志塚さんはそれについて、雑経費は少なく、ほぼ人件費と言っていた。……この便利屋さん、本当に商売が成り立っているのか、学生の身でありながら心配になる。
「あの、今回の件、詳細を伏せつつ動画でまとめて投稿しようと思ってるんですが、この便利屋さんの名前を出しても良いですか?」
 果たしてそれがお礼になるかはわからないが、少しでもこの人たちの助けになればと思い、私はそんな申し出をした。
「別に構わねえけど、顔は映してくれるなよ」
 玉砕覚悟だったが、志塚さんはほとんどノータイムで了承してくれた。
「それはもちろん。プライバシーには全力で配慮します」
お世話になった人たちの個人情報を、ネット上に漏洩させるわけにはいかない。その辺りは完璧に編集するつもりだ。
「志塚さん、笹森さん」
 手の内にあるお守りと御札を握り締め、居住まいを正して、私は言う。
「この度は、助けていただいて、本当にありがとうございました」
 そうして、ゆっくりと頭を下げた。
 彼らにとっては仕事の一環であっても、私にとっては一大事といって過言ではない事態から脱却させてもらったのだ。感謝の言葉は、きちんと伝えておきたかった。
「どういたしまして」
「いえいえ、どういたしまして」
 志塚さんも笹森さんも、笑顔で答えてくれた。
 仕事だからと一蹴にはせず。
 きちんと真正面から、感謝の言葉と気持ちを受け取ってもらえた。
 それが、それだけのことが、何故だろう、途轍もなく嬉しく感じる。
 そうして心の底から安堵したからだろうか、私のお腹から、ぐうう、と大きな音が鳴ってしまった。
「……まだ十一時にもなってねえぞ」
 時計を確認し、志塚さんは苦笑いを浮かべていた。
「いや、あの、今日五時起きだったもので……」
 言い訳をしながら腹部を抑えるが、空腹を訴える音は止んでくれない。
「五時?! 麦倉さん、どこから来たんですか?!」
 ぎょっとした笹森さんに、私が来た都道府県名を伝えると、がしりと私の両肩を掴んだ。
「美味しいもの食べに行きましょう。遠路はるばるここまで来て、立ち寄ったのがウチだけなんて悲しすぎます。ここ、ご存知の通り田舎ですけど、美味しいお店はたくさんあるんですよ」
「それなら、『ひととせ』に行こうぜ。俺、あそこのコーヒー好きなんだよ」
 切実に語る笹森さんに、志塚さんが軽い調子で提案した。
「良いですね! 私のお気に入りはオムライスなんですっ! さあ、麦倉さん、ウチのお会計を済ませて、さっさと行きましょう! もちろん車は出しますよっ!」
 るんるん気分で言う笹森さんに若干気圧されながら、さきほど提示された金額ぴったりを支払う。笹森さんは慣れた手つきで領収書を作りながら、
「『ひととせ』はちょっと不思議な喫茶店でですねー。お店側が看板メニューを掲げてないってのもありますけど、お客さんによってお気に入りのメニューが全然違うんですよ。志塚さんのいうコーヒーも、ブレンドを人によって変えてるらしいですし。私の友達は自他ともに認めるラーメン好きですけど、『ひととせ』ではいつもたまごサンドを頼むんですよ」
と言う。
「そういう意味では、全メニューおすすめです。麦倉さんもお気に入りになるようなものと出会えると良いなあ――っと、はい、こちら領収書です」
 そうして笹森さんは、手際良く作成した領収書を私に渡してくれた。


 それからの後日談は、もはや蛇足かもしれないが。
 私の記憶の整理も兼ねて、まとめておきたい。
 私が大学のテストやレポートに追われつつ動画編集をしている間に、動画に映っていた生霊が日に日に薄くなり、とうとう居なくなったことは、そこそこ話題になっていた。そんな中で私が投稿した動画は、『透目町へお祓いに行ってきました』というタイトルでこそあるが、お祓いメインの構成にしなかったこともあり、ほとんどタイトル詐欺である。
 動画の構成は、こうだ。
 バス停を降りてから、神社を目指して歩く途中、白猫に威嚇され。その後、私がぶつぶつとなにかを呟きながら、不安定な足取りで廃屋に向かう。そこに、怒鳴り声と共に志塚さんが登場し、笹森さんが合流し、便利屋さんの事務所前に移動する。そして暗転した画面に『寺生まれのTさん登場』、『予定を変更し、別のところでお祓いしてもらいました』、『寺生まれってすごい』のテロップが入り、次に映ったのは、笹森さんが作ってくれたお守りだ。
 その後、動画の三分の二を占めたるは、『ひととせ』の紹介だ。あの日、とにかくお腹が空いていた私は、カツカレーとプリンアラモードを注文した。味については、それはもう絶品で、しかしどこか懐かしさの温もりを感じるものだった。店主さんも顔出しNGだったが、店内とお庭については撮影の許可が下りた。店内もお庭も、全てが計算し尽くされて作られているのか、無加工で十二分に素敵な画が撮れた。
 ……とまあ、そんな感じの構成となった動画の再生数は、生霊で画面がいっぱいになった動画の次にまで伸びた。恐らくは視聴者の望む展開とは違うそれに、誹謗中傷とも取れるコメントも散見されたけれど、人の噂も七十五日とはよく言ったもので、粘着するような人は居らず、あっという間に収束していったし、志塚さんの指示でブロックした人たちから嫌がらせに遭うこともなかった。
 そうして本日、八月十日。
 私は再び、透目町を訪れていた。
 前回はとにかくお祓いをしてもらうことが第一目標だったこともあり、いつも行っていたその土地の歴史や特産物の紹介をすることができなかったからだ。調べだしてみると、この町は、実に興味深い歴史に溢れていた。これこそ、私の動画で取り上げさせてもらいたいものだ。再生数は関係ない。私は私のやりたいことをやるまでだ。
 それに、志塚さんたちに改めてお礼も言いたい。今日は、この町での予定がみっちり詰まっている。例によって五時起きでやってきた私は、いつも通りスマホを取り出し、撮影を開始する。
「おはようございまーす。私は今日、再び透目町へやってきています。前回の動画では紹介できなかった、この町の歴史などなどを紹介していこうと思います。まず『透目町』という町名ですが、これは『スキメ』という神様が由来になっていると言われているそうです。神様の世界で居場所を失ったスキメ様がこの土地に現れ、あらゆる人の居場所となるよう、豊かな自然を造ったと言われていて――」


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