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NYのある夏、マドリードのあの日に再会する

ある夏、ニューヨークで

その日は、ワシントンDCからニューヨークへの移動日だった。

ロサンゼルスからスタートしたアメリカ旅の終盤だった。バスが遅れに遅れたため、予定よりだいぶ遅い到着となってしまった安宿で、ほっと一息、ビールを飲んでいた。

宿はハドソン川を渡ったマンハッタン島の向かい、ユニオンシティ地区にあった。夏のハイシーズンで、マンハッタン中心部の宿はどこもいっぱいだった。

仕方なしで選んだ宿ではあったけれど、居心地はすこぶる良かった。小綺麗なリビングルームのテレビではリオオリンピックの競泳競技が映っていた。

一本目の缶ビールを飲み終えて、二本目用に買っておいた瓶ビールを飲もうとした時だ。肝心の栓抜きを持っていないことに気がついた。

困ったなと思って、近くにいた恰幅の良いラテン系のおじさんに「栓抜きを持っていませんか?」と尋ねた。

残念ながらおじさんは栓抜きを持っていなかったけれど、代わりに「スプーンで開けてあげるよ」と言ってくれた。

助かった!と思いながら、お礼を言ってビール瓶を預けた。

テコの要領で器用に栓を開けるおじさん。ビールを持つその姿を眺めていると、ん?あれ?と思った。

( この人と、どこかで会った気がする …  )

一瞬の閃きとも言うべきか。「どこかでこのおじさんと会ったことがある」と、確信に近い疑問が浮かんだのだ。

私は記憶を探り、脳みそをフル回転させながら、おじさんを見つめた。

… プシュ!「ほら、開いたよ」

おじさんが微笑みながらビールを手渡してくれた。丸々と太い指、たくましい腕、でんと突き出たお腹、屈託のない笑顔 … 。

私はハッと思い出した。

( マドリードだ ...!!! )

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さらに4年前の夏、マドリードで


ニューヨークの夜から遡ること、ちょうど4年前の夏、大学4年生だった私はスペイン・マドリードにいた。

バルセロナからスペイン南部をぐるりと周り、ポルトガルに少し寄り道をしてからマドリードに来た。

ある日、昼からビールでも飲んでやろうとバルに入った。

「Museo del Jamon(ハムの博物館)」という店名通り、カウンターの奥に生ハムがずらりと並ぶ有名店で、平日の昼間だというのに立ち飲み客でにぎわっていた。

壁の隅に置かれたテレビではロンドンで開催中のオリンピックが映っていた。

人垣をかき分けてカウンターに辿り着き、 とりあえずビールと生ハムを注文した。

店員さんに問われるがまま、シーシー言ってたら、出てきたのはグラスビールとふぐ刺しのように大皿に盛られたハムだった。(※シー(Si)はスペイン語でyesの意味)

量もさることながら、ビールと合わせて3ユーロ(当時のレートで約300円)という値段にも驚いていると、「おねーちゃん、ひとりかい?」と声をかけてきた人がいた。恰幅の良い、優しそうなラテン系のおじさんだった。

「一人だよ」と答えると「仲間だな」と言ってニカっとに笑った。

聞くと、おじさんはブラジル在住のイタリア人で、休暇を使ってスペインを訪れているという。

「スペイン語はからっきしダメだけど、イタリア語とポルトガル語でなんとかやってるわ!」

がはははっとわらいながら、おじさんはペース速めにビールを飲んだ。ハリーポッターの森番ハグリットみたいだなと思った。

ハムをシェアする代わりに、おじさんは何杯かビールを奢ってくれた。おじさんがあまりにも楽しそうにビールを飲むから、私もついつい飲みすぎてしまった。

1時間ほどそうして飲んだあと、ほろ酔いになってバルを出た。

おじさんとは店の前で別れた。「またどこかで」と手を振る姿はすぐに雑踏の中に消えていった。スペインの夏空みたく、豪快で爽やかな人だった。

帰り道は空がとても綺麗で、たまに吹く風が妙に心地よかったのを覚えている。

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「物語」が交差する夜


「あの、4年前の8月にスペインのマドリードにいませんでしたか?」

ニューヨークの安宿でビールを受け取りながら、私はとっさにそう尋ねていた。

それは質問というか確認作業のようなものだった。おじさんの見た目は4年前と何も変わっていなかった。

おじさんは怪訝そうな顔をしながら、「ああ、いたかもしれない」と答えた。私のことは覚えていないようだった。

「私はあなたに会ったことがあります。4年前の夏、マドリードで私たちはビールを一緒に飲みました。」

我ながら、なんと不審な会話のはじめ方だろうと思った。私のつたない英語力では、こんなチグハグなことしか言えなかった。

引き続き訝しがるおじさんに証拠を見せようと、私は彼と撮った写真を探した。陽気に肩を組みながら、写真を撮った記憶が確かにあった。

スマホの写真フォルダを何度もスクロールさせたところにその写真はあった。4年前の私たちがビールを片手に笑顔で写っていた。

写真を見せると、おじさんは大きく眉を上げて「これは私だ!」と言った。怪訝そうな顔がパッと笑顔になった。

「よく覚えていたね」
「久しぶり」
「こんな偶然てあるんだね」

そう驚きあって、私たちは4年ぶりに乾杯をした。

おじさんは今もブラジル在住で、貿易の仕事をしている関係で世界中を飛び回っているとのことだった。

その時も、仕事でニューヨークに“たまたま”来ていて、マンハッタンの宿はどこも満室だったので、仕方なくユニオンシティの宿に“たまたま”泊まっていた。

いつもなら仕事に備えて早く寝るが、“たまたま”明日は休みだから、オリンピックでも見ようと“たまたま”宿のリビングルームにいた。そして明日また別の街に移動するとのことだった。

「タイミングが重なる」とはまさにこういうことだと思った。

私たちは4年前と同じく楽しく酔っ払い、4年前と同じく肩を組んで写真を撮った。

あの日のマドリードから、その日のニューヨークまで、どんな「旅」をしてきたのか、話は尽きなかった。とても楽しい夜だった。

「またどこかで会おう」

おじさんとはドミトリーに続く階段で別れた。4年前と同じく、さっぱりとした別れだった。

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「物語」は続いている


ニューヨークの夏からまた4年が経ち、またオリンピックの年になった。

もしかしたら、2020年は東京でおじさんと会えるのではないかと淡く期待していたけど、オリンピックが延期になってしまったので、その期待も持ち越すことにしている。

私たちがあの日、偶然、再会できたことは、とても不思議なことのように思える。

年齢も性別も国籍も違う私たちの、人生という「物語」がある夏の日のマドリードで交わり、お互いに全く別のストーリーを歩んだあと、またある夏の今度はニューヨークで交差した。

そのことにどんな意味があるのだろう。考えずにはいられない。

今日も、世界には70億の人が生きていて、たくさんの「はじめまして」と「あた会おう」が交わされている。

人が出会い、別れ、また出会う。その繰り返しの中で「物語」は続いていく。

人は常に自分の「物語」の主人公であり、誰かの「物語」の登場人物だ。たくさんの主人公とたくさんの登場人物たちによって、ストーリーがつくられ、また彩られる。

Never Ending Story

「私たちの物語」に終わりはない。なんと素敵なことだろう。そんなことに気がつけるのが、旅の魅力ではないかと私は思う。

ね、旅って面白いでしょ。


2016アメリカ

2012スペイン


かいりかこ(遊牧ライター / イラストレーター)
千葉県出身。2年半40カ国を暮らすように旅した後、徳島県へ移住。「旅」と「暮らし」の間を行き来しながら、世界中、日本各地の、場所・人・モノの面白さやかっこよさを伝えています。


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