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人は、解像度の異なる2つの概念を同時に扱うことができるか

 人は、解像度の異なる2つの概念を同時に扱うことが苦手だ。例えば、会社の理念・ビジョンと日常の仕事、事業戦略と現場活動、長期と短期。解像度の距離が大きいほど、難しくなる。当然と言えば当然。

 ところが、全体に近い概念(「全体」)と詳細に近い概念(「詳細」)の両者とも、それぞれを判断していくためには片側の存在が必要であるという厄介な関係にある。全体観なくして、詳細の方向性を決めては的外れになる。逆も然り。詳細の現実なくして、全体の方向性を決めるのは無謀。

 同時に扱い難いものを、しかし、ほぼ同時に見る必要がある。2項対立で物事を語りたくなるのは、おそらく、解像度の異なるものの距離を縮めるためなのだろう。2項の間に相反する関係があると認識できることで、両者への意識が高まる。

 それにしても、難しい。難しくしているのは、不確実の高まりもある。組織として向かうべき方向も、プロダクトとして作るべきものも、一時点で決めて後は一直線に迷わず進んで行けば良い、というものではない。組織やプロダクトを取り巻く環境には動きがあり、理解しようとすればするほど新たな発見があり、迷うことになる。

 だから、「断面のマネジメント」が有用だ、というよりはそれくらいしか手立てがない。

 存在し得ない「正しい全体像」を定義することに労力を費やすよりも、ある時点ある時点での状態を見て、判断を行う。「状態を見て判断する」というタイミングを約束しておく。そこで、片側の概念を思い出すようにする。

 この約束を人の記憶ややる気にゆだねると、冒頭の解決に繋がらない為、この約束を仕組み化する。つまり、タイムボックスを設けて、イベント化し、断面を見る。過去をふりかえり、その先に向けて、むきなおる。 

 この約束のことを揺れ動くブイのイメージで「プロダクトブイ」と呼んだり、先に向けての方向性を定め直し続けることを「むきなおり」と呼んでる。

 たどり着きたい状態までの道筋を「段階」として組み立て、各段階が望ましい状態にあるか「断面」を見る。「段階」と「断面」で、分からない状況下でも前に進んでいく手がかりとする。そんなイメージを持っている。


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