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手 業

「絶対0度」

ようは「真っ平ら」「つるつる」ということ。精密加工技術がこんなに発達しても、厳密な意味でいうところの「絶対0度」は、人間の手、熟練工の技によってしかつくり出せないもの。で、超精密レンズには不可欠の技能。
一点ものというか、政府筋あたりの発注品のレベルのものだろうけれど、そういうレンズの表面をつるつるに磨き上げるというのが、こういう技能。

僕なんかが見る限り、僕のカメラのレンズなんかでも、表面、ツルっツルに見えりし。触ったってツルっツルで。でも、これを顕微鏡でみれば、かなりの凸凹がある。それが量産型のレンズというものなんだとか。つまり、特注1点ものの超精密レンズともなると、その凸凹を真っ平らにするような精度を求められ、職人さんは、その顕微鏡でみなければわからない凸凹を、指先の感覚だけで見分け、それを研磨していく…というわけ。

どんな感じで磨いていくんですかとお伺いすると

ある職人さんは「平らな地面にたくさんのビルが建っていて、それを削って無くして、更地にするような感じだ」とお答えになる。
でも、これ、素人であるところの僕に判りやすく例示しようと「言語化」してくださったまでのことで、普段は、指先から伝わる信号が、そのままのかたちで認識されているのであって、いちいち言語化しているわけではないと思う。
たぶん、職人さんの頭脳は、指先から、もっと豊富で詳細な情報を取得していて、それは、すべてご本人にしか認識できないことで、ご本人でさえ、言語化不可能なことなんだろう。

AIの原点は統計ソフトなんだから、数値(言語)に置き換えることができる範囲の仕事しかできない。でも、「お箸は使えても、その使い方を論理的な言語にするのは不可能に近い」…そういう、いわゆる「手続き記憶」っていうのがあるんだから、個人の感覚に起因する手業は、当分の間、安泰なんだろうな。

高度成長期以降のお手軽気質な世代が、楽ではない修行期間を必要とする「その技能」ごとを絶滅させてしまう可能性はあるけれど。