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「お金で支払う」の次へ

鹿児島県指宿市のさびれつつあった図書館を
日本で最も注目を集める施設にしたのは
いちユーザーに過ぎなかった地元女性たちだった。
人々をつなぐ奇跡の図書館ができるまでの物語。

これは猪谷千香さんの著作「小さなまちの 奇跡の図書館」(ちくまプリマー新書/2023年)のカバー(裏表紙の部分)に記された一文だ。

「さびれつつあった図書館」

「小さなまちの 奇跡の図書館」には以下のような記述がある。

都市部の一極集中や少子高齢化で人口減少と財政難に苦しむ地方自治体は、図書館の予算を削り、本を減らし、司書を減らす。最悪の場合は、過疎地にある老朽化した図書館は閉館を余儀なくされる。
若い世代はインターネットを利用する。スマホでGoogleにアクセスして検索すれば、的確かどうかはわからないけれども、なんらかの情報は入手できる。わざわざ図書館に足を運んで。書架から本を探してページをめくることを無駄に感じてしまう。
そうした時、地域の図書館は魅力を失い、利用者も減っていく。負のスパイラルに陥ってしまったのだ。

でもね。

確かに地方自治体は財政難に苦しんでいたけれど、その予算の使い方も、乱暴で、我田引水に過ぎた。どんぶり勘定だし、人件費の使い方も身内に甘い。1〜3年で異動していく素人同然の管理職はそのままに、司書さんの数を減らす…といった具合。
でも、こういう体質を、地方自治体自身の手ではどうすることもできなかった。そこで、二進も三進も行かなくなって、全国的に、地方自治体は「指定管理者制度」を創る。これは民間企業や公的な団体などに、図書館の運営を委ねるという、つまり、役所の手に負えなくなって「丸投げ」という施策だった。

虫がいい話でもあるんだけど、あにはからんや民間企業は手を挙げた。地方自治体の「どんぶり勘定」のところを是正し、企業のスケールメリットを活かせば、なんとか運営はできると踏んだんだろう。
全国に3、300ヶ所ある図書館のうち、2019年度までに606ヶ所が指定管理者制度を利用している(日本図書館協会)。しかも、このうちの483館の管理者が民間企業だ。

ただ、管理者となった民間企業が、図書館に本屋とカフェを持ち込んで、そちらにはお客さんが行くけれど、図書館はあいかわらずだとか、図書が閲覧しにくい内装になってしまったなど、各地で問題も報告され、なかには市長のリコールに発達した事例もある。

「指定管理者制度」も今のところ決定打にはなっていない。だからこそ、全国に3、300ヶ所ある図書館のうち、制度を導入しているのが、606ヶ所、つまり全体の18%にとどまっているのかもしれない。

でも指宿市の事例は指定管理者制度による成功事例だ。しかも民間事業者よりも成功の確率が低いとされ、実際に受託運営者の20%程度でしかない非営利団体(指宿の場合はNPO法人)によるもの。それも「いちユーザーに過ぎなかった地元女性たち」が、図書館のために結成したNPO法人が、一冊の本を書かせるほどの成功事例となった。

何が違ったのか。

一言で言えば「さびれつつあった図書館」を甦らせたのは「賃金という報酬」を主目的にした「働く」を、「心の報酬」を主目的にした「働く」に転換させることに成功したこと。
同様に図書館運営に必要な経費を「お金」ではない「心への報酬」で支払ったり、「お金が全て」を越えられたことにあると考えている。

そもそも、受託運営者は、この図書館を愛する利用者だった人たちによる非営利な人々だ。そんな彼らが、進路に悩む浪人生の相談相手になり、彼に「後の人生に大きな効用があった」と言わせる一方で、植栽の手入れを頼む。つまり、図書館職員だけでなく利用者を巻き込みながら、図書館を「みんなの家」にし、職員も利用者も「家族」にしていく。それも押し付けがましくなく、ゆるいつながり。

猪谷さんもご指摘の、図書館の「サード・プレイス」化だ。

これは、人件費にしろ、必要な経費にしろ、何ごとも「お金を支払う」による仕事の限界を可視化し、それを越えた「次の時代の働く/仕事」のあり方に重要な提案をし、実践としても嚆矢になったんじゃないかな。

僕はそう思っている。

ただ、こういうことは従来の組織ワークにおける「上位下達」的な命令で、どうこうなるものではない。「自主的に」がなければ「やりがい搾取」にもつながる。
まるで政府から「自助」を求められるような、やるせない職場をメイキングすることになるだけで、「さびれつつあった図書館」を、さらに、さびれさせる結果になってしまうことも懸念される。

だからこそ、お金で動き、ヒエラルキーのはっきりした「日本型組織」から、こうした成功事例は生まれないだろう。もちろん「民間」だからといって、組織で運営される企業にとっては至難だと思う。ただただ従来の「予算」を見直して焼け石に水の工夫をしていくしかないというか。

だから指宿市の小さな成功事例が、2021年の「ラブブラリー・オブ・ザ・イヤー」の大賞を受賞することになったのだろう。

可視化もできず、個数を数えることもできない質的な仕事は、たぶん「金銭」を単位にしては上手く動いていかないはずだ。

「好きこそ、ものの上手なれ」と「いごこち」と。

「大賞」という評価もさることながら、たぶん指宿の図書館の事例は、「これから」つまり、知価生産時代の仕事のあり方、働き方を示唆している。そういう先駆の事例だ。