以下は、戦争研究所(ISW)の9月18日付ウクライナ情勢評価報告から、その記述の一部を引用し、それに日本語訳をつけたものである。また、記事中の地図は、報告書原文に添付されているものを転載して使用した。
日本語訳:
バフムート南方のクリシチーウカとアンドリーウカをウクライナが解放したことが、バフムート南方地区のロシア軍防衛力を低下させた可能性があり、ウクライナ軍当局者の見解に従えば、3個旅団もの戦力を戦闘不能に追い込んだ可能性もありうる。ウクライナ陸軍司令官オレクサンドル・シルシキー大将は9月18日に、クリシチーウカ(バフムート南西7km)とアンドリーウカ(バフムート南西10km)はロシア側のバフムート〜ホルリウカ防衛線の重要拠点であったが、その防衛線をウクライナ軍が「切り開いた」と述べた。ウクライナ軍東部部隊集団報道官イリヤ・イェウラシュ大尉は9月17日に、クリシチーウカをウクライナが解放したことによって、ウクライナ軍はバフムート地区のロシア軍部隊集団を支えるロシア側GLOC(地上連絡線)の制圧が可能になるだろうと述べた。このコメントは、ウクライナ軍がT0513バフムート〜ホルリウカ高速道路を火力管制下に置くことができるようになることの指摘であると思われる。バフムート地区のロシア軍野戦防御陣地の強度及びその規模に関して、ISWは独自で評価することが現状できないが、ロシア軍がバフムート地区で構築してきた防衛線は、同軍がウクライナ南部で築いたものよりも強固なものではない可能性が高い。バフムート南方のロシア軍はまた、ここ最近のクリシチーウカとアンドリーウカでの防衛戦の結果、戦闘消耗している可能性が高い。そして、バフムートを支えるロシア軍主要GLOCを守るこの2つの集落をウクライナ軍が占拠できたことが示しているのは、この地区のロシア軍は今後、戦力の回復とバフムート南方でのさらなるウクライナ軍の攻勢行動に抵抗することに、苦慮することになる可能性が高いということだ。だが一方で、クリシチーウカ・アンドリーウカ解放がバフムート南方でのウクライナ軍進撃のペースアップの予兆になることを示すものは差し当たりは確認されておらず、T0513西方地点のロシア軍防御力は、この地区のウクライナ軍にこれからも困難を及ぼすことになる可能性が高い。
日本語訳:
ロシア軍が頑強に守っていた2集落をウクライナが解放したことは、守備に当たったロシア軍部隊の深刻な戦力低下に対応している可能性があり、それは、ザポリージャ州西部のウクライナ軍進撃が前線の同地区に展開するロシア軍防衛部隊の相当な戦力低下と照応しているようにみえることと同様である。ザポリージャ州西部のロシア軍防衛戦力は、反攻開始以降、作戦レベルの部隊交替なしで、この地区の防衛を主に担っており、度重なる損失に苦しんできた可能性が高い。ロシア軍第42自動車化狙撃師団隷下の第71・70・291自動車化狙撃連隊(南部軍管区第58諸兵科連合軍)に属する部隊は、2023年6〜8月の反攻第一期の間、ウクライナ軍の攻撃の撃退を続け、様々な「戦闘を伴う衝突」に関わっていた。それには小規模な交戦、何回にも及ぶ反撃といったことが含まれる。8月中頃から末に、ウクライナ軍はロシア軍の最初の防衛網を突破し始めた。その防衛網は、第42自動車化狙撃師団隷下部隊がそこを守るために相当なマンパワー、兵力、労力を注いだところだ。ロシア側からの報告や動画が示しているのは、第42自動車化狙撃師団隷下の各部隊の多くが、その後、ヴェルボヴェ(オリヒウ南東18km)とソロドカ・バルカ(オリヒウ南方20km)の間に位置する、次のロシア軍防衛網の背後にある陣地へと後退しており、現在、前進中のウクライナ軍部隊への砲撃が主たる行動になっているということだ。ザポリージャ州西部において、これらの部隊が戦闘に加わっていることを示す報告や動画が最近、見当たらないことは、ウクライナ軍攻勢第一期に被った人的損害が、これらの部隊を戦闘不能にしたことを示唆している。伝えられたところによると、第70自動車化狙撃連隊の各部隊は、ウクライナ軍の突破の際、一時的に後方地域へ退き、9月初めに前線陣地に戻ったという。このことは、ロシア軍統帥部がこの部隊に後方で立て直す時間を与えなければならなくなるほど、その部隊の戦力を前進するウクライナ軍が低下させたことを示唆している。なお、この後方での部隊再建は、それが事実なら、ISWがザポリージャ州西部戦線で確認した極めてまれな部隊ローテーションの一つである。第801海軍歩兵旅団隷下部隊も反攻作戦の初めの頃にロシア軍第一防御網の前方陣地を守っていた部隊なのだが、この部隊も同じように、現在のウクライナ軍前進地点の前にあるロシア軍防衛網よりも、もっと後方に配置されている模様だ。伝えられたところによると、第801海軍歩兵旅団隷下部隊は、ウクライナ軍のロボティネ(オリヒウ南方10km)突入の期間、近接戦闘に加わっていたとのことで、ロシア軍事ブロガーは、この旅団の一部がロボティネ南側外周部の陣地を保持していると主張している。
日本語訳:
ウクライナ軍の反攻作戦は、ザポリージャ州西部でのロシア軍の弾力防御任務に当たった重要度の高い部隊に、とりわけ深刻な戦力低下をもたらすことになった可能性がある。ロシア軍第22・45独立スペツナズ旅団は、反攻の初期段階の期間、ロボティネ地区での大規模なウクライナ軍進撃に対する反撃の任を負っていた模様だ。そして、その任務によってひどい損失を被った可能性が高い。ここ数週間、ロボティネ地区に関するロシア側報告と動画には、この2つのスペツナズ旅団に触れていないものが多く、両旅団の戦力低下が反撃任務を継続する能力に、深刻な影響を与えている可能性があることを示唆している。一方で、ある有名軍事ブロガーは、第45スペツナズ旅団所属部隊が9月12日時点で依然として前線付近で活動していると主張した。ロシア軍第7親衛山岳空挺師団(第7VDV師団)に属する部隊が、ウクライナ軍突破中の8月中旬、ロボティネ地区に横滑り的に配置されたのだが、この部隊が現在、ウクライナ軍啓開部で最も前進した部隊への反撃の実施を担っている模様だ。ロシア軍事ブロガーは、VDV部隊がロボティネ付近でウクライナ軍の攻撃を撃退し、反撃を実施していると、常々主張している。なお、軍事ブロガーが主張するVDV部隊には、この地区へと同じように横滑り的再配置された第76親衛VDV師団隷下部隊も含まれている可能性がある。もともとロボティネ地区での反撃の任を負っていた第22・45独立スペツナズ旅団隷下部隊の戦力低下が、ロシア軍統帥部に第7・76VDV師団隷下部隊の横滑り的再配置を急がせ、これらの部隊に反撃任務を担わせることになった可能性は高い。ロシア軍の弾力防御には二つの要素が必要とされる。一つはウクライナ軍の戦術的前進を遅滞させるロシア軍部隊であり、もう一つは反撃によってその前進を押し戻す部隊である。反撃にはかなりの士気の高さと比較的高い戦闘能力が必要になる。そして、反撃の実行に関して、ロシア軍は比較的精鋭といえるVDV部隊に頼っているようにみえるが、おそらく、これらの戦力の相当な戦力低下がその代償になるだろう。
ISWは上述したロシア軍部隊の戦力低下の度合いを直接的に確認できてはいないし、ある部隊がほかの部隊よりもひどく損失している可能性もある。また、ロシア軍が到着した第76・7VDV師団隷下部隊を使って、最前線で疲弊した部隊との遅すぎるローテーションを実施しているという可能性もある。ウクライナ軍の前進地点と現在のロシア軍防御陣地の間にある現下の戦場の形状が、これらのおそらく戦力低下した諸部隊が交戦に加わっていない模様であることの一因になっている可能性もある。それというのも、ウクライナ軍の前進地点とロシア軍防御陣地との間隙が、直接的な交戦を少なくしている可能性があるからだ。ウクライナ軍が現在のロシア軍防衛網の中へと、そしてそれを越えて、さらに前進すれば、ウクライナ軍が上述の部隊ともっと多く交戦することになる可能性がある。したがって、この地区で最初に防衛に当たっていた戦力が戦闘不能になってしまったという評価を高い確度で示すのは時期尚早である。しかし、現在手に入る情報は、この傾向を示している。
日本語訳:
同様に、バフムート南方における最近のウクライナ軍の前進も、この地区のロシア軍防衛部隊の戦力低下に対応している可能性がある。シルシキーのコメントによると、ロシア軍第72自動車化狙撃旅団(第3軍団)、第31親衛VDV旅団、第83親衛VDV旅団に属する部隊を、ウクライナ軍はアンドリーウカとクリシチーウカの解放の期間に完全に撃破したとのことだ。ロシア軍「ヴォストーク」大隊指揮官アレクサンドル・ホダコフスキーの第31VDV旅団長が戦死したという主張も、シルシキーのコメント内容を裏付けている。第72自動車化狙撃旅団が戦闘不能になってしまった可能性は高いものの、2つのVDV旅団の正確な損耗度合いは現状、よく分からない。これらのVDV部隊は反撃とバフムート周辺でのウクライナ軍進撃を押し戻す試みに関わっており、これはザポリージャ州西部でVDV部隊が行っていることと同様の行動である。そして、この2個旅団の部隊が、かなりの損失を被った可能性は高い。バフムート南方における最近のウクライナ軍の進撃が、第31・83VDV旅団の戦闘力を破壊してしまった場合、ロシア軍統帥部が、バフムート南方防衛の極めて重要な箇所を維持するために、比較的優良な別の部隊を他の地区から横滑り的に再配置させようとする可能性は高い。ウクライナ軍反攻作戦は、2個VDV師団に加えて1個VDV旅団に属する部隊をバフムート地区に拘束し、さらに第83・31旅団も拘束することになっている。そして、ロシア軍統帥部は、伝えられている第83・31VDV旅団の損失を埋め合わせるために、戦術的な部隊再配置の実施を決める可能性がある。それゆえ、ロシアがウクライナの他の地区からの横滑り的部隊配置転換を行う、もしくは、バフムート地区において別のVDV部隊をかなりの規模で再配置したならば、そのことが示しているのは、最近のウクライナ軍の進撃が、ロシア軍に相当な損失を生じさせたということなのだろう。