本記事は、戦争研究所(ISW)の2024年3月28日付ウクライナ情勢評価報告の一部を抜粋引用したうえで、その箇所を日本語に翻訳したものである。
“非線形的”に起こりうるウクライナ情勢の悪化
報告書原文の引用(英文)
日本語訳
戦線全体でロシア軍が大規模な戦術的戦果をあげることを、ウクライナは現在、阻止しているが、米国からの安全保障支援の継続的な遅れは、もしかすると加速的なかたちで生じるかもしれない非線形的な[*注:状況の悪化/好転が反比例的/比例的に進むのではないということ]作戦レベルでのロシアの成功という脅威を高めることになる可能性が高い。3月28日に公開されたCBSニュースのインタビューのなかで、ウクライナのウォロディミル・ゼレンシキー大統領は、2023年から2024年にかけての冬季にウクライナ軍がロシア軍の前進を何とか抑え込むことができたと語り、ウクライナ軍は作戦状況を安定化させているとも述べた。2月17日にロシア軍がアウジーウカを奪取したのち、ウクライナ軍は同市西方でのロシア軍の進撃ペースを遅らせており、ロシア軍はウクライナのほかの場所でも、漸進的にわずかな戦果をあげられているだけだ。その一方で、ゼレンシキーによると、2024年5月もしくは6月に想定されるロシア軍の新たな大規模攻勢発動に対する防衛準備が、ウクライナ軍には整っていないとのことだ。厳しい天候と悪い地表条件にもかかわらず、ロシア軍が2024年の春の間、攻勢作戦のテンポを維持し続けていく可能性は高い。わずかとはいえ西側からの支援物資がウクライナに届くことが予期されており、その前にウクライナが抱える物資不足につけ込むことが、ロシア軍の意図である。ロシア軍はまた、ウクライナに物資の消費を強いることを目指している可能性がある。この物資は、ロシアの圧力がなければ、今年の夏の防衛作戦向けに集積しておけるものであり、もしかすると2024年後半または2025年の反攻作戦向けに集積しておくことができるものだ。広範な物資不足によって、ウクライナは限られたリソースを、戦線上の危機的な箇所に優先して割り当てざるを得なくなっている可能性がある。その結果、現在のロシア軍の前進ペースが比較的遅いにもかかわらず、あまり十分な物資供給がなされていない地区におけるロシア軍の突破発生のリスクは高まり、前線全般は一見したところ以上に脆くなっている。
ISWの評価では、2023年10月にロシア軍が攻勢作戦を発動して以降、同軍は505平方kmの領土を奪取しており、2024年1月1日から3月28日の間に、2023年の最後の3カ月間よりも100平方km分多く支配領土を増やしている(この進撃ペースの理由は、ウクライナ側の物資不足と、秋よりも作戦行動に良好な冬の気象の組み合わせにあるのかもしれない)。だが、ロシア軍の進撃ペースがわずかに上がったことは、米国の安全保障支援が継続的に遅れるなかで、ロシア軍が作戦レベルで戦果をあげることの脅威を示しているわけではない。物資面での制約は、ウクライナ軍が防衛作戦を効果的に遂行する手段を制限しており、一方で、ロシア軍に攻勢作戦遂行の方法に関する柔軟性を与えている。このことは、ロシア軍が今後、作戦レベルでの大戦果をあげるという、非線形的に生じうる、さらに厄介な機会を招く可能性がある。物資不足が長々と続き、マンパワー問題への取り組み方をウクライナが決められない状況が続けば、ウクライナ側の弱みにつけ込む機会の幅は広がっていくだろう。十分な規模の定期的な西側からの安全保障支援をウクライナが受け取ることと、同国がマンパワー問題を解決することが、ロシア軍の好機の幅を狭めるだろう。また、それによって、ロシア軍がわずかとはいえ戦術的な戦果をあげることを食い止め、ロシア軍攻勢能力を低下させ、ウクライナがもっと多くの領土を解放するための将来の反攻作戦を準備することを、ウクライナ軍に可能にするだろう。
ウクライナの防空網展開能力の継続的な低下は、ロシア軍が非線形的な作戦上のインパクトを生み出しかねない要因のなかで、最も突然生じうるものの一つになっている。[略]
ウクライナ・ロシア国境沿いにおいて、機会主義的で限定的な攻勢的行動をロシアが遂行できるということが、ウクライナのマンパワーと物資に制限を課すさらなる機会をロシアに与えている。しかし、西側からの支援提供とウクライナのマンパワー問題への取り組みの進展があれば、このロシアの行動の衝撃は緩和されることになるだろう。[略]ウクライナはもうすでに限られたマンパワーと物資を、戦線上の危険な地区に優先して割り当てている模様だ。そして、戦線で動きが活発な地域から、わずかであるとはいえ物資と兵力を移すことは、戦線の安定性を低下させることになりかねない。今後のロシア軍の攻勢は、必ずしもウクライナ東部・南部の既存の戦線でなされるとは限らず、ロシア軍統帥部は、わずかな兵力を、これまで動きの少なかった戦線上のいずれかの地区に展開させることだけで、ウクライナに対して、その地区に必要なマンパワーと物資を割り当て直すことを強いろうとする可能性がある。そして、ロシア側の動きに対応して、ウクライナがマンパワーと物資を割り当て直すことは、ロシア軍がつけ込むことができる脆弱性を生むという結果になるかもしれない。
ウクライナが米国から適切なタイミングで軍事支援を受け取り、そして、ウクライナが継続するマンパワーの問題に対処するならば、ウクライナは上述の課題を克服できるだろう。[略]今後の展望は、ウクライナにとって最も有利なものから最も危機的なものまでの幅があり、その幅はかなり広い。また、米国が軍事支援を再開するかどうか、ウクライナがマンパワー問題に対処するのかどうかがはっきりするまでは、今後の展望の幅は引き続き広いままだろう。今年と今後数年間の戦争の流れを決める大きな影響力を、米国とウクライナの両国は握っている。この戦争の目下の、そして、長期的な展望は、ワシントン、キーウ、ブリュッセル、パリ、ベルリン、モスクワ等々でまだ決められていない決定に、これまで同様、大きく左右されており、ウクライナの地でこれらの決定が実行されるかどうかに、依然として大きく左右されている。