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【読書メモ】「ロシア・ウクライナ戦争:軍事作戦と戦場の力学」(マイケル・コフマン)

https://muse.jhu.edu/book/122782

2024年4月2日に米国ジョン・ホプキンス大学出版局から『ウクライナでの戦争:戦闘、戦略、そして分断された世界への回帰』(WAR IN UKRAINE: CONFLICT, STRATEGY, AND THE RETURN OF A FRACTURED WORLD)という書籍が刊行されました。紙媒体版は有料ですが、PDF形式もしくはEPUB形式で無料公開されています(上記画像キャプション内のURLにアクセスして入手可)。

この本は2024年4月現在で3年目を迎えているロシア・ウクライナ戦争を、複数の著者がさまざまな視点から分析したものです。そして、本書の第6章を執筆しているのがロシア軍事専門家のマイケル・コフマン氏です。「ロシア・ウクライナ戦争:軍事作戦と戦場の力学」(The Russia-Ukraine War: Military Operations and Battlefield Dynamics)というタイトルで、2022年2月の開戦から2023年秋のウクライナ軍反攻の終焉までの陸上戦闘を中心とした軍事面での動向を分析しています。

https://muse.jhu.edu/pub/1/oa_edited_volume/chapter/3881920

コフマン氏のこれまでの発言や著述に触れてきた方にとって、目新しい内容は書かれていないかもしれませんが、開戦以降の軍事作戦の進展をコフマン氏の観点で見通すことがという点で、一読する価値のある論考といえます。以下、本論の内容の一部ではありますが、論の中心だと思われる点を簡単に紹介してみます。

ロシア・ウクライナ戦争に関して、ドローンに代表される新しい軍事技術の普及という点が強調されることがありますが、緒戦期以降、「この戦争の流れは大規模な従来型戦争の歴史的パターンに沿い始めた」とコフマン氏は指摘しています。そして、「新たなタイプのドローンから戦場通信におけるスターリンク端末の使用に至るまで、技術面でのイノベーションがあらわれたにもかかわらず、ロシア・ウクライナ戦争は、昔ながらの戦場の力学と、すでに確立された軍事作戦上のコンセプトの重要性を補強し続けている」と述べています。

この「従来型戦争の歴史的パターン」は、まとめると以下の4点になります。

  • 兵数の多さと大規模に部隊を運用する能力の重要性

  • 火力と火力優勢確保の死活的重要性

  • 動員と戦力再建のプロセス

  • 軍事的合理性よりも政治が優先される戦略

そのなかから戦場の力学を左右する要素に絞り込むと、

  • 兵数

  • 火力

  • 大規模部隊運用能力

の3点が重要な点になります。

そのうち兵数と火力は変動要素であり、この点に関してコフマン氏は以下のように指摘します。

この戦争の1年目、ロシアは兵数の多さを欠いていたが火力を有していた。一方で、その反対がウクライナの状況だった。ウクライナは2022年秋の期間、この重要な非対称性をうまく利用することができた。当時、数カ月間に及ぶ消耗を経て、ロシア軍はマンパワーを失っており、ロシア軍の潜在的な攻勢可能性はすでにすり減っていた。

Korman “The Russia-Ukraine War”, WAR IN UKRAINE, p.103

上述の「うまく利用できた」という状況は、2022年9月のハルキウ方面でのウクライナ軍反攻作戦を指しているわけですが、2022年秋にロシアが部分的動員を実施したことで、ウクライナはロシアのマンパワー不足につけ込めなくなります。

部分的動員によって、ロシアは人的問題に関して一定の解決をみたものの、今度は火力不足に陥ります。この結果、ロシアは防衛作戦はうまくできるが、攻勢作戦は成功しないという状況に直面することになりました。コフマン氏はマンパワーと火力の関係に関して、「投入可能な兵数と火力の相関関係は、この戦争において一貫して、成功か失敗かを決める重要な要因の一つになっている」と指摘しています。

て、ロシア・ウクライナ戦争において兵数と火力が変動要素なら、大規模部隊運用能力は今のところ、あまり変動しない要素になっています。つまり、ロシア・ウクライナ両軍ともに、この能力が低いのです。

緒戦期に大きな損失を被ったロシア軍は、質、指揮能力、ドクトリンに沿った行動を行う能力を、大幅に低下させてしまいました。マンパワー不足が解消されたのちもロシア軍が細切れな攻撃しかできない理由がここにあります。

一方でウクライナ軍も大規模に部隊を運用する能力に問題を抱えています。コフマン氏によると、ウクライナ軍は防衛作戦に焦点を当てた軍隊で、旅団以上の指揮階梯(師団・軍団・軍)をもっておらず、その結果、「攻勢のために大規模に戦力を展開・運用するのに必要な経験・指揮機構・兵站部隊を有していなかった」とのことです。さらに悪いことに、戦争初年度に将校と下士官を多く失ったことで、ウクライナ軍の攻勢遂行能力はいっそう悪化することになりました。

このような両軍の質的状態が、長大な戦線で大軍が対峙しながら、大規模な攻勢が起こらない、もしくは攻勢をうまく遂行できないという状況を、2023年になってつくり出す要因になったのです。このことに、「整えられた防御網は依然として、機動戦(maneuver warfare)の巧妙な展開を阻害する大きな要因の一つであった」という点が加わるのです。

以上、極めて簡単なものではありますが、このコフマン論考の重要点と思われる内容をまとめてみました。

なお、上記でまとめた内容はこの論考の一部でしかなく、ほかにも興味深い指摘が多くあります。ですので、英語で読むことに抵抗がなく、ロシア・ウクライナ戦争に関心のある方は、原文を一読されることをおすすめします。

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