ISW Russian Offensive Campaign Assessment 25.05.2024 ⬇️
情勢分析:ロシア軍ハルキウ州北部攻勢
戦争研究所(ISW)報告書の一部日本語訳
ウクライナ・ロシア双方の情報筋は、ウクライナ軍がハルキウ州北部において戦術レベルの主導権を取り戻そうと争うようになっている動きの増加を指摘し、この地域のロシア軍の作戦が守勢的になっている傾向を示した。だが、ロシア軍が北方部隊集団の戦力を、予定された完全戦力とされているものに近いところまで、引き上げようと試みている最中にある可能性は高く、戦力向上後にこの地域で攻勢作戦をさらに進めていく可能性がある。5月24日にウクライナ軍参謀本部は、ハルキウ州北部においてウクライナ軍が同軍防衛網からロシア軍を押し返しつつあることを伝えた。ウクライナのウォロディミル・ゼレンシキー大統領は、具体的な場所は述べなかったが、5月10日の攻勢作戦発動後の初期時にロシア軍の国境侵犯があった地区において、「戦闘をコントロールしている」状況をウクライナ軍が確立したと述べた。リプツィ方面(ハルキウ市の北方)で任務にあたっているウクライナ軍指揮官の一人は、ストリレチャ~フリボケ方面(リプツィの北方)におけるロシア軍の攻勢作戦を、ウクライナ軍が完全に食い止めたことを指摘したうえで、ウクライナ軍が現在、この地域において領土奪還に重点をおいていることに触れた。この指揮官によると、ウクライナ軍は占領された陣地からロシア軍を追い出すことに成功を収めつつあるとのことだ。しかし、ロシア軍はこの地域にマンパワーと装備を充満させており、ウクライナ軍が戦術的主導権をロシア軍から奪い返すのを妨げようとしていることも、この指揮官は指摘した。クレムリンに後援されている軍事ブロガーで、知名度の高いアカウントの一つの主張によると、ハルキウ州北部においてロシア軍は、占領した陣地を確保したのち、部分的に防御的な態勢へと移行しつつあるとのことで、ロシア軍が現在注力しているのは、ハルキウ市周辺に集結しているウクライナ軍予備戦力の撃破にあるということだ。この軍事ブロガーは、ウクライナ軍がハルキウ州北部からロシア軍を押し出すためには、2024年5月末にこの地区で反撃しなければならないという評価分析を示し、この攻勢軸に関する今後のロシア側プランは、ウクライナ側反撃の結果に左右されることになる可能性が高いという見解を示した。ロシア軍は限られた戦力でハルキウ州北部侵攻攻勢作戦を開始し、いまだに大規模な予備戦力をこの地域に投入していない。その結果、ロシア軍の前進ペースと攻勢作戦のペースは低下している。このペースの低下が、ウクライナ軍に戦術レベルでの反撃のチャンスを与えている可能性が高いが、ウクライナ軍は今のところ、ロシア軍をハルキウ州北部から完全に押し出すことを目指した限定的反撃作戦を行っていない。
現在、ハルキウ州北部でさまざまなロシア軍部隊が行動していることと、ロシア軍が投入可能な予備戦力を戦闘になかなか投じようとしない様子であることが示唆しているのは、ハルキウ州北部において攻勢作戦をさらに推し進め、攻勢作戦の次のフェイズに移る前に、ロシア軍が北方部隊集団の戦力を、予定された完全戦力とされるところまで引き上げようと試みている可能性が高いということだ。5月10日に攻勢作戦を始めた際、ロシア軍は国境地帯に北方部隊集団の一部としておよそ35,000人の兵力を有していたと伝えられている。一方でウクライナ側情報筋は、ロシア軍が国境地帯に全体で5万人から7万人の兵力を集結させようとしていることを示し続けている。ロシア軍は不十分な戦力でも足場となる拠点を築くことができるという希望のもとで、任務遂行を今以上に難しくすることになる再開された米国支援による物資の前線到着前に、当初の意図よりも早いタイミングでハルキウ州北部での攻勢作戦を始めた可能性が高い。ウクライナ側情報筋は、北方部隊集団の中心部隊が第11軍団、第44軍団、第6諸兵科連合軍の部隊であることを特定している。そして、これら部隊の数少ない一部が攻勢作戦に加わっており、伝えられた情報によると、多くの死傷者を出しているとのことだ。5月25日に公開されたインタビューのなかでゼレンシキーは、ここ2週間のハルキウ州北部におけるロシア対ウクライナの死傷者交換比率が8対1になっていることを指摘した。とはいえ、このような損失が、この地域での攻勢作戦を持続させるために、第11軍団、第44軍団、第6諸兵科連合軍から大規模な予備戦力を投入することを、ロシア軍に強いたようにはみえない。
そうする代わりにロシア軍は、ウクライナ東部の各部隊集団から引き抜いてきた少数の部隊に頼っている模様だ。第47戦車師団第153戦車連隊・第272自動車化狙撃連隊(モスクワ軍管区第1親衛戦車軍)からの少数の部隊と、第2自動車化狙撃師団第1自動車化狙撃連隊からの少数の部隊が、ヴォウチャンシク(ハルキウ市から北東方向)付近で行動中であることが伝えられている。第47戦車師団と第2自動車化狙撃師団に属する部隊は現在、クプヤンシク~スヴァトヴェ戦線沿いで激化しているロシア軍攻勢作戦に、その多くが投入されている。そして、ウクライナ人軍事ウォッチャーのコスチャンティン・マショヴェツは以前、ロシア軍西方部隊集団が北方部隊集団に少数の部隊を「貸し出している」ことを伝えている。第98空挺師団第217空挺連隊に属するある大隊から引き抜かれた部隊がクルスク州の国境地帯で行動していることが伝えられているが、その一方で第217空挺連隊隷下部隊と第98空挺師団の残りの部隊は、チャシウ・ヤール東側外周部への激しい攻撃に加わっている。ロシア軍はチャシウ・ヤール地区でしばらくの間、戦力不足の第217空挺連隊を使って攻撃を続けてきたのかもしれないし、あるいは、最近、この連隊から1個大隊を引き抜き、北方部隊集団に送ったのかもしれない。
ロシア軍は、北方部隊集団を予定した完全戦力に近づける目的で、第11軍団・第44軍団・第6諸兵科連合軍に属する予備戦力を保持し続けている可能性が高い。また、攻勢作戦をさらに推し進め、作戦第二段階に移行していくことを、ロシア軍統帥部が遅らせている可能性がある。なぜなら、この計画には5万人から7万人の兵力をもつ部隊集団が必要になるからだ。ロシア軍が、計画上予定しているヴォウチャンシク占領に続くかたちで、ハルキウ州北部攻勢作戦第二段階を発動するつもりでいる可能性は高いが、陣地戦が行われており、そこにウクライナ軍の反撃も重なる可能性もあることから、ヴォウチャンシク奪取を完遂するために、この地区での激しい強襲を追加的に実施する必要がロシア軍に生じる可能性がある。ロシア軍の現在の目的は、ハルキウ州北部に「緩衝地帯」を設けることと、ハルキウ市を砲撃射程内に収める距離まで前進することにある。そして、作戦第二段階がこのどちらの目標を支援するものになるのかは不明であり、また、ロシア軍がもっと野心的な作戦目標を抱いているのかどうかも不明である。北方部隊集団は、たとえその戦力が予定の完全戦力の上限に達した場合であっても、ハルキウ市の側面に回り込む、もしくは同市を包囲する、占領するといった作戦を成功させるのに必要な兵力に不足することになるだろう。
報告書原文(英文)の日本語訳箇所