見出し画像

【論考内容紹介】「ロシアは如何にしてウクライナの勢いを止めたのか」(Stephen Biddle, ”How Russia Stopped Ukraine’s Momentum”, Foreign Affairs, 29.01.2024)

上記のリンクは、2023年ウクライナ反転攻勢の失敗の理由に関する「フォーリン・アフェアーズ」電子版掲載の論考です。また、著者のスティーブン・ビドル氏は、コロンビア大学国際公共政策大学院教授で、外交問題評議会国防政策担当客員上席研究員です。

2023年のウクライナの「失敗」に関しては、さまざまな議論がありますが、その理由として指摘されることが多いのは、軍事技術面で優れた西側製兵器を含む、軍事支援の不十分さと、練度や部隊指揮能力の不足といったウクライナ軍の内在的な問題の2点だと思われます。

このビドル論考は、陸戦において、上述の要素は決定的なものでないことを指摘します。仮にウクライナ軍が質的に優れた兵器を適切に装備し、十分に訓練され、戦術能力・部隊運用能力が優れていたとしても、ロシア軍が構築したような「あらかじめ準備された縦深防御網」を突破するのは困難であるというのが、著者の主張です。

2022年にウクライナはロシア軍のキーウ侵攻を挫き、その後、ハルキウ州で電撃的ともいえる攻勢を成功させ、ヘルソン州のドニプロ川西岸地域からロシア軍を追い出しました。では、それらの時のロシア軍はどのような状態だったのでしょうか? その当時のロシア軍は、薄く前方配置されていた、もしくは、兵站面での支援を欠いていた、そして、自軍陣地を守ろうとする意欲がなかった、というような状況だったのです。このような条件は「2022年のキーウ、ハルキウ、ヘルソンでは事実だったが、現在はもはやこの状況にあてはまらない」と著者は指摘します。

さて、ウクライナ軍の訓練不足と意志決定面での問題(3軸での攻勢)が、2023年反転攻勢失敗の一因とみなす見方に関して、著者は「幾分かの真実が含まれている」と述べています。ですが、そうであっても、これらが決定的な要因ではなかったことを、以下のように指摘します。

だが、攻勢においては、ロシア軍に技量もモチベーションも無いに等しいことが示されてきた一方で、ロシア軍は現在、優れた守備者として存在している。2023年のロシア軍防衛網は入念に準備された縦深陣地で、その前面は重厚な地雷原が展開され、後方には機動予備隊が控えている。そして、陣地内に配置されたのは、攻撃を受けた際、頑強に戦う将兵だった。このような防衛網の突破は、重点を絞った、練度の高い攻撃軍にとってさえ、歴史的にみて、かなり難しいものであることが分かっている。

Stephen Biddle, ”How Russia Stopped Ukraine’s Momentum”
※強調箇所は引用者による

そして、優秀とみなさえた軍隊が、しっかりと整えられた縦深陣地の攻略に苦慮した例を、著者は戦史のなかからいくつか紹介しています。以下に第二次世界大戦時のドイツ軍の戦例を紹介した箇所を引用します。

第二次世界大戦時のドイツ国防軍(ヴェーアマハト)は、戦争の戦術・作戦次元における近現代史上、最も技量の高い陸軍として、広く認識されている。だが、ドイツ国防軍が1943年にロシア南西部のクルスクにおいて突破を試みた際、ソ連側の準備された縦深陣地に直面し、戦線突破に失敗した。エルヴィン・ロンメルは、1941年にリビアのトブルクにおいて、航空優勢を獲得し、戦車に関して大きく優位に立っていたにも関わらず、連合軍の縦深防御網の突破に失敗した。ついでロンメルは1942年、エジプトのアラム・エル・ハルファにおいても連合軍の縦深防御網を突破することができなかった。

Stephen Biddle, ”How Russia Stopped Ukraine’s Momentum”

では、陸戦における突破は不可能なのでしょうか? 著者は不可能ではないと指摘しつつも、成功するのは、ある特定の極めて限定的な条件のもとでのみだと語ります。

攻勢突破は必ず起こる。だが、一般的に攻勢突破には次の二つの要素が組み合わされる必要がある。一つは攻勢を遂行する技量だ。もう一つが、薄く前方展開された防御態勢、もしくは士気が低いか兵站支援に欠く防御側、またはその両方によってつくられた、突破が許される環境だ。1940年にドイツはフランスに侵攻し、1カ月でフランスを敗北へと叩き込んだ。1941年、ドイツはソヴィエト連邦に侵攻し、その年のうちにモスクワの城門まで進撃した。だが、この2つの攻勢を可能にしたのは、用意が十分でなかった薄い防衛網であった。さらに、フランスもロシアもそのような防衛網に多過ぎる戦力を前方配置し、そこに戦力は釘付けにさせられた。しかも、その戦力展開地点は、攻撃点から離れたところにあった。1944年のノルマンディでの米軍攻勢であるコブラ作戦で突破できたのは、例外的に薄く前方配置されたドイツ軍防衛網だった。1967年戦争時のイスラエル攻勢は、6日間足らずでシナイ半島のエジプト軍防衛網を突破した。しかし、この突破を可能にしたのは、エジプトの不十分な戦闘準備とエジプト軍のモチベーションの低さだった。

1991年の砂漠の嵐作戦の米軍攻勢は、100時間でクウェートを奪還したが、致命的なほどに誤ったイラク軍の戦闘配置とイラク兵士の低技量が、この攻勢を可能にした。同様に、2022年のキーウとハルキウにおけるウクライナ軍攻勢が突破したのは、薄く、過剰に引き延ばされたロシア軍防衛網であり、2022年のウクライナ軍ヘルソン攻勢は、兵站上持続不可能だったロシア軍防衛を圧倒した。ここのロシア軍防衛網は、ドニプロ川の西側から孤立していたのだ。

Stephen Biddle, ”How Russia Stopped Ukraine’s Momentum”
※強調箇所は引用者による

そして、2023年現在、上記の突破成功条件はウクライナの戦場から失われたと著者は考えています。可能性としては、米軍レベルの技量をもち、米軍レベルの訓練水準に達していれば、ウクライナ軍は、ロシア軍が構築した縦深陣地を突破できるのかもしれません。ただ、「米軍の将兵においてさえ、このような困難な任務に必要な、ほかと比べるべくもないほど十分な技量を有しているかどうかは、不明である」と著者は述べています。

2023年11月、ウクライナ軍総司令官ヴァレリー・ザルジュニー大将は、エコノミスト紙に寄稿した論考のなかで、その時点の戦況を膠着状態と位置付けたうえで、それを打破する方法として、新しいテクノロジーをあげました。

※上記画像をクリック/タップでザルジュニー論考にアクセス可
https://infographics.economist.com/2023/ExternalContent/ZALUZHNYI_FULL_VERSION.pdf

しかし、ビドルはザルジュニーの指摘のうち、前者の膠着状況という認識は適切だが、後者のテクノロジーによる状況打開という見方は「おそらく正しくない」と指摘します。

戦争を勝利に導く兵器の存在は、陸戦において極めてまれなものだ。2023年における攻勢機動戦遂行の困難さは、革新的な新テクノロジーの産物ではなかった。そして、どのような革新的新テクノロジーをもってしても、この困難さがくつがえるようになる可能性は低い。敵側の適応と地上における隠蔽防御の遍在が、頑強な防衛網をうがつための新兵器の能力を制約する。そして、現在のロシア軍防衛網は、まったくもって頑強なのだ。ウクライナの今後の状況は、これから先の西側支援に大きく左右されるが、たとえ支援が継続するとしても、この[ウクライナでの]戦いは、ロシアの戦意が崩壊するとか、モスクワで政変が起こるとかでもない限り、これからも長期間、消耗戦的陣地戦のままである可能性が高い。それゆえ、ウクライナの成功は、ウクライナと西側支援国の双方の側が長く厳しい戦争に耐え忍ぶという忍耐力を必要とするだろう。

Stephen Biddle, ”How Russia Stopped Ukraine’s Momentum”
※強調箇所は引用者による

なお、このビドル論考は、技術的優位と質的優位による、損失の少ない迅速な戦争を目指す米軍に対して、警鐘を鳴らして締めくくられており、ウクライナと西側支援国に対して、「忍耐力」以外の処方箋は与えていません。

この論考の主張の妥当性はともかくとして、2024年がウクライナとそれを支えるアクターにとって、「忍耐」が要求される一年になることは、おそらく間違いないでしょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?