上記のリンクは、2023年ウクライナ反転攻勢の失敗の理由に関する「フォーリン・アフェアーズ」電子版掲載の論考です。また、著者のスティーブン・ビドル氏は、コロンビア大学国際公共政策大学院教授で、外交問題評議会国防政策担当客員上席研究員です。
2023年のウクライナの「失敗」に関しては、さまざまな議論がありますが、その理由として指摘されることが多いのは、軍事技術面で優れた西側製兵器を含む、軍事支援の不十分さと、練度や部隊指揮能力の不足といったウクライナ軍の内在的な問題の2点だと思われます。
このビドル論考は、陸戦において、上述の要素は決定的なものでないことを指摘します。仮にウクライナ軍が質的に優れた兵器を適切に装備し、十分に訓練され、戦術能力・部隊運用能力が優れていたとしても、ロシア軍が構築したような「あらかじめ準備された縦深防御網」を突破するのは困難であるというのが、著者の主張です。
2022年にウクライナはロシア軍のキーウ侵攻を挫き、その後、ハルキウ州で電撃的ともいえる攻勢を成功させ、ヘルソン州のドニプロ川西岸地域からロシア軍を追い出しました。では、それらの時のロシア軍はどのような状態だったのでしょうか? その当時のロシア軍は、薄く前方配置されていた、もしくは、兵站面での支援を欠いていた、そして、自軍陣地を守ろうとする意欲がなかった、というような状況だったのです。このような条件は「2022年のキーウ、ハルキウ、ヘルソンでは事実だったが、現在はもはやこの状況にあてはまらない」と著者は指摘します。
さて、ウクライナ軍の訓練不足と意志決定面での問題(3軸での攻勢)が、2023年反転攻勢失敗の一因とみなす見方に関して、著者は「幾分かの真実が含まれている」と述べています。ですが、そうであっても、これらが決定的な要因ではなかったことを、以下のように指摘します。
そして、優秀とみなさえた軍隊が、しっかりと整えられた縦深陣地の攻略に苦慮した例を、著者は戦史のなかからいくつか紹介しています。以下に第二次世界大戦時のドイツ軍の戦例を紹介した箇所を引用します。
では、陸戦における突破は不可能なのでしょうか? 著者は不可能ではないと指摘しつつも、成功するのは、ある特定の極めて限定的な条件のもとでのみだと語ります。
そして、2023年現在、上記の突破成功条件はウクライナの戦場から失われたと著者は考えています。可能性としては、米軍レベルの技量をもち、米軍レベルの訓練水準に達していれば、ウクライナ軍は、ロシア軍が構築した縦深陣地を突破できるのかもしれません。ただ、「米軍の将兵においてさえ、このような困難な任務に必要な、ほかと比べるべくもないほど十分な技量を有しているかどうかは、不明である」と著者は述べています。
2023年11月、ウクライナ軍総司令官ヴァレリー・ザルジュニー大将は、エコノミスト紙に寄稿した論考のなかで、その時点の戦況を膠着状態と位置付けたうえで、それを打破する方法として、新しいテクノロジーをあげました。
しかし、ビドルはザルジュニーの指摘のうち、前者の膠着状況という認識は適切だが、後者のテクノロジーによる状況打開という見方は「おそらく正しくない」と指摘します。
なお、このビドル論考は、技術的優位と質的優位による、損失の少ない迅速な戦争を目指す米軍に対して、警鐘を鳴らして締めくくられており、ウクライナと西側支援国に対して、「忍耐力」以外の処方箋は与えていません。
この論考の主張の妥当性はともかくとして、2024年がウクライナとそれを支えるアクターにとって、「忍耐」が要求される一年になることは、おそらく間違いないでしょう。