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【英文記事紹介】ウクライナ軍元将校が指摘する、西側のリスク回避的姿勢がもたらしてきた問題

西側のエスカレーションへの恐れがロシアの最大の武器である」(2024.06.06公開)という上記リンク先の記事で、ウクライナ軍元将校のTatarigami氏[*注:ハンドル名]は、西側の自己抑制的姿勢を批判しています。

ソ連時代よりも国力が低く、NATO諸国のほうがさまざまな面で優越しているにもかかわらず、なぜロシアが西側に脅威を及ぼしているのかを、Tatarigami氏は次のように分析しています。

まず、ロシアは2014年以降、効果的に「反射制御(Reflexive Control)」戦術を用いている点をその理由にあげています。反射制御とは、自身が望む所定の決定を自発的に行うように相手を仕向けるべく、パートナーまたは敵対者に特別に準備された情報を伝達する手段のことです。

反射制御戦術を用いた情報戦の結果、エスカレーションの不利益は、ロシアよりも米国と欧米のほうが大きいという認識を、欧米の指導者に植え付けることに成功したと、Tatarigami氏はみています。また、2014年にクリミアとドンバスの一部をロシアが占領した(ドンバスは分離勢力による傀儡政権の樹立)のち、欧州がロシア寄りの和平交渉に応じた理由もここにあるとみています。さらに、このような西側指導者の認識によって、ロシアがエスカレーションに関する主導権を握ることができていることも指摘しています。

一方でロシアと米国の間には相互確証破壊(MAD)が成立しており、エスカレーションが頂点に達した場合、そこには勝者は存在しません。その点を踏まえると、状況をエスカレートさせることが、ロシア有利に働くことは不思議に思われます。

ですが、ロシアの戦略的敗北につながると同国がみなす行動に対して、ロシアはエスカレーション・ラダーを登り、非戦略核あるいは戦略核を使用する用意ができていると「認識されている」ことが、エスカレートした状況をロシア有利にしているのです。Tatarigami氏は「このようなアプローチは、現状維持のためにエスカレートを望まないリスク回避的な敵対者に対して、とりわけ効果的になりうる」と述べています。

ロシアのエスカレーション戦略が成功を収めたほかの理由に、ロシアが「サラミ・スライス戦術」を用いている点も、Tatarigami氏はあげています。この戦術は、状況を一気にエスカレートさせる事態を引き起こさずに、漸進的かつ限定的な行動を通して、影響力を拡大させるという手法です。

サラミ・スライス戦術の事例として、領土を小さく奪取するというものがあります。このような領土占拠は国際的な問題ではあるのですが、「核戦争のリスクにさらされるほど重要ではないようにみえる」可能性を生じさせ、結果的にロシアの行動を許容することになります。

さて、エスカレーションを通して、状況を自国有利にさせようとしているロシアですが、実際に核兵器を使用する可能性は高いのでしょうか?

ロシアは2020年に「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎について」という文書を公開し、そこには核兵器使用に関するシナリオが示されています。しかし、このような文書やドクトリンに依拠して、ロシアの核使用条件を考えるとしたら、それは賢明とはいえないと、Tatarigami氏は指摘します。結局のところ、核兵器使用の判断は、プーチンとその側近にとって利があるのかどうか、費用対効果の面で有意味なのかどうかによって決まるのです。

Tatarigami氏の判断によると、ウクライナの戦場における戦術核使用は、戦争の流れを大きく変えるような変化を生まず、ウクライナの降伏を導くこともないとのことです。それに加えて、西側からの強力な反発が予期され、戦場においてロシアが却って不利になる可能性も予想されます。

また、中国も公式にロシアの戦術核使用に反対しています。ただし、この中国のスタンスは「ウクライナを支援すること、あるいは、ロシアの攻撃的な軍事上の野心に反対することを意味してはいない」とTatarigami氏は述べます。そして、中国のスタンスは、「実利指向のアプローチ」に由来すると分析しています。中国は、核による世界規模の崩壊を導きかねない地域的な核エスカレーションを回避したいと考えているのです。

そして、ロシアは中国に対して強い立場にはありません。ロシアは中国への依存度を高めており、この情勢下での核使用は、そのような中国との関係を壊すことになりえます。

要するに、戦争遂行の面でも外交的な面でも、ロシアの核使用は、ロシアにとって利のないものだと考えられます。それゆえ、「ロシアの核の脅威を軽視することは無責任であるかもしれないが、核使用が起きる可能性は全般的にみて、これまでと同様にかなり低く、とりわけロシアが発信しようとしている内容よりは、相当に低い状態が続いている」とTatarigami氏は分析しています。

ロシアによる全面侵略後、さまざまな強力な兵器がウクライナに供与されてきましたが、そのたびにロシアは核兵器も含む深刻なエスカレーションの脅しを仕掛けてきました。その結果、米国はウクライナへの兵器供与の仕方に慎重な姿勢をとることになったのですが、それがもたらしたものは、戦局が大きくウクライナ有利に傾く可能性のあった2022年にウクライナが戦果をあげるチャンスを制約してしまったことと、ウクライナ情勢が危機的になる前ではなく、そうなったのちに、今まで供与したものよりも強力な兵器をウクライナに渡さざるを得なくなる状況に米国が陥ったことの2点です。

Tatarigami氏は次のように指摘します。

このようなアプローチの結果、戦争は長期化し、地理的にも広がりつつある。2022年当時、この戦争は主にロシアとウクライナの間のもので、ロシアにはベラルーシからの限定的な支援があり、ウクライナには西側による支援があった。

2024年までに、この戦争はロシア側としてイランと北朝鮮、部分的には中国が含まれるかたちで広がった。それと並行して、ロシアは長期にわたる消耗戦が要求する需要を満たそうと、必死になって工業能力を拡張しようとした。

“The West’s fear of escalation is Russia’s greatest weapon”
https://euromaidanpress.com/2024/06/06/the-wests-fear-of-escalation-is-russias-greatest-weapon/

結局のところ、西側のリスク回避的な自己抑制はロシアの行動を抑えられなかったわけですが、それでは西側は今後、どのように対処すべきなのでしょうか?

その一つの方策として、Tatarigami氏は「公式、非公式を問わず、プーチンとその側近に具体的かつ厳しい警告を伝える」ことをあげています。こうすることで、クレムリンが核使用を巡る言説を独占している状況を変えることができます。また、ロシアの核の脅威に直面した際に、それに対応する準備が整っていることを、NATOが明確に示す必要性も指摘しています。なお、これまでNATOは「曖昧なシグナル」を発信しており、それはロシアには「弱さ」と解釈されてきたと、Tatarigami氏は述べています。

また、経済制裁の一層の強化、戦況を大きく変えるような能力をウクライナに付与することも、方策としてあげています。

通常、国家はテロリストからの要求に応じません。なぜなら、その要求を受け入れることは、将来のテロ事件を誘発させることになるからです。これはロシアに関しても同じです。ロシアの脅迫に屈することは、ロシアが今後もエスカレーション戦略を継続する結果を招くことになります。

自国の死活的利益を守る目的で、エスカレートの度合いを高くしたロシアの挑発に対して、あとになって厳しく対応するのか、さらなるエスカレーションを防ぐために、しっかりとした行動をとるのかを、西側は選ばなければならないとTatarigami氏は指摘し、記事を締め括っています。

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