本記事は、戦争研究所(ISW)の2024年3月24日付ウクライナ情勢評価報告の一部を抜粋引用したうえで、その箇所を日本語に翻訳したものである。
ウクライナ前線情勢分析:バフムート方面
報告書原文の引用(英文)
日本語訳
ロシア軍がドネツィク州チャシウ・ヤールの外周部に近づきつつあることが報じられているが、今後の数カ月間で同軍がこの住宅地域に対して、包囲もしくは占領の脅威を及ぼす可能性は低い。ISWは入手できた映像資料から、ロシア軍がチャシウ・ヤールから1.5kmの距離内まで前進していると判断している。また、3月24日にロシア軍事ブロガーは、ロシア軍が最近、この住宅地域の外周部に向かって前進し、その外周部にまで到達したと主張した。3月23日のロシア国防省の主張によると、ロシア軍はイヴァニウシケ(バフムートの西方、チャシウ・ヤールとその東側で隣接)を占領したとのことだが、ISWは、ロシア軍がイヴァニウシケを奪取したことを裏付けるもの、もしくは、チャシウ・ヤールの外周部まで前進したことを裏付けるものを確認していない。ロシア軍は2023年11月にバフムート方面で局地的攻勢作戦を始めた。その目的は、ウクライナが2023年夏季反転攻勢中に解放した領土を奪還することと、チャシウ・ヤールの奪取にあった。だが、ロシア軍は過去4カ月間、バフムートから北西と西の方向でわずかな戦術レベルの戦果しか達成できていない。ロシア側情報筋の一部は、ロシア軍がチャシウ・ヤールの包囲・占領に向けて強化された攻勢作戦を行う可能性があり、バフムート地区におけるここ数カ月間のロシア軍の動きは、その条件を整えるものだと説明している。
入手できた画像によって、ウクライナ軍がチャシウ・ヤール地区にリング状の大規模防御陣地を構築していることが分かり、ロシア軍が、この地域での現在の攻勢ペースで、この防衛網を突破するのに苦慮することになる可能性は高い。なお、入手した画像だが、ウクライナ側の作戦保全の観点から、ISWは現時点でそれらを提示するつもりはなく、そこに写っているものの詳細を説明するつもりもない。ウクライナ・ロシア双方の情報筋の報告によると、ロシア軍は2月中旬のアウジーウカ占領後、アウジーウカ方面からバフムート方面へと戦力を移動させる計画をもっていたが、アウジーウカの西方ですぐに生じたウクライナ側の戦術的脆弱性につけ込めるという好機が、アウジーウカ地区での攻勢遂行ペースを維持する方向にロシア軍を促し、その結果、ロシア軍統帥部はバフムート方面にもっと多くの戦力を集めることができなかった可能性があるとのことだ。ウクライナ軍の2023年夏季反転攻勢の開始からずっとバフムート方面で任務を遂行してきたロシア軍部隊が、チャシウ・ヤール占領を目指す強化された取り組みという可能性にとって、十分な戦力であるのかどうかは不明である。もしくは、ロシア軍がこの取り組みを推し進めていこうとしている場合に、同軍がもっと多くの戦力をバフムート地区に集める必要があるのかどうかも不明である。チャシウ・ヤールから東の位置でロシア軍が戦術レベルの戦果をあげたことは、この都市の包囲を実現する条件を設定することにはならない。そして、この都市を包囲しようとするならば、ロシア軍は、包囲の前にチャシウ・ヤールから南東と北西の方向で、はっきりとした戦術上の戦果を達成せねばならないだろう。ロシア軍はこれまでずっと作戦レベルの大規模な包囲の遂行に苦戦してきた一方で、翼包囲運動もしくは迂回運動を漸進的に進める能力を示しており、このロシア軍の能力は、アウジーウカからのウクライナ軍の撤退で観察されたように、ウクライナ軍に戦術上の脅威を及ぼしてきた。また、西側からウクライナへの安全保障支援が遅れ続けていることで、ウクライナ軍の能力が制限されているなか、ロシア軍は作戦レベルの包囲戦を上手く遂行できると、ロシア軍統帥部が確信している可能性がある。
ロシア軍がチャシウ・ヤール占領に成功する場合、その状況はロシア軍に、限定的だが軽視できない作戦上のメリットを与えることになるだろう。チャシウ・ヤールとその周辺地域をロシア軍が占領することによって、長い間大きな突出部となっていたバフムート〜ソレダール地区のロシア側前線の南西側面は、安全性がさらに増すことになるだろう。ロシア軍がチャシウ・ヤールを占領し、この都市の南北で前進する場合、ウクライナ軍はバフムート地区のロシア軍GLOC(地上連絡線)から、もっと遠ざけられてしまうことになる。E40高速道路のバフムート東方を流れる区間をウクライナ軍は野砲の射程内に収めているが、ロシア軍のチャシウ・ヤール占領は、その射程範囲からウクライナ軍を押し出す結果になる可能性が高い。また、T-05-13高速道路(ソレダール〜バフムート〜ホルリウカ)の大部分の区間を通るロシア軍兵站の流れを阻止するために、ウクライナ軍は野砲を最前線のすぐ側に配備しなければならなくなる可能性も高い。チャシウ・ヤールはまた、コスチャンティニウカへの進撃路をロシア軍に与えることになる。この都市は、ドネツィク州内の大規模市街地集合地域の南端に位置し、ロシアは以前からここをウクライナ領内における主要作戦目標とみなしてきた。コスチャンティニウカという市街地集合地区に向かうルートは、アウジーウカからH-20高速道路を通る方法で南側から向かう、または、トレツィク地区を起点に南西側から向かうことも可能だが、それらと比べて、チャシウ・ヤール経由での進撃はずっと短いルートで済む。2022年春、ロシア軍はドネツィク州内に展開するウクライナ軍を作戦レベルでかなり広範囲に包囲しようとして失敗した。この包囲の試みで焦点になったのが、スロヴヤンシク(ドネツィク州内の市街地集合地域で最も大きな都市の一つ)というウクライナ軍の要塞化拠点の占領だった。2025年もしくはそれ以降に、かなり大規模な機動戦を再び行おうとする意図を、ロシア軍がもっている可能性があり、チャシウ・ヤール西方での進撃は、この潜在的な、より大規模な攻勢作戦の遂行条件を、さらに整えることになるだろう。なお、ISWが上述の見解を示したのは、ロシア軍のチャシウ・ヤール占領がアウジーウカ占領よりも作戦的に重要な意味をもつという評価判断を提示するためであり、可能かどうかはともかくとして、ロシア軍が迅速にチャシウ・ヤールを占領するという予想をしているわけではないということを、強調しておきたい。
戦争研究所:ウクライナ戦況地図(インタラクティブ・マップ)