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【英文記事和訳】ウクライナ戦況:5月21日時点でのドンバス情勢(Frontelligence Insight, 2024.05.23)

上記リンクは、ウクライナ拠点の戦争・紛争分析チーム「フロンテリジェンス・インサイト」によるウクライナ東部ドンバス方面の戦況分析記事です。ハルキウ州北部でのロシア軍攻勢に目が向きがちになりますが、依然としてドンバス地方がロシア軍の主目標であると考えられています。

さて、フロンテリジェンス・インサイトのこの記事を日本語に翻訳したものが以下になります。この翻訳記事で使用した地図等の画像は、原文記事のものを転載して使用しています。

日本語訳

ウクライナ東部
2024年5月21日時点の情勢

内容

  • チャシウ・ヤール

  • バフムート南方

  • オチェレティネ

  • クラスノホリウカ~クラホヴェ地区

  • まとめ

前線の状況は、表面的には動きのない戦線という印象を与えているが、依然として動いている。世間の関心がハルキウに移ったときでも、ドンバス情勢は世間に注目されないなかで進展を続けた。ドンバス地方の戦闘地域で最も重要なのが、オチェレティネ[Ocheretyne]、チャシウ・ヤール[Chasiv Yar]、バフムート[Bakhmut]南方、クラスノホリウカ~クラホヴェ[Krasnohorivka-Kurakhove]地区だ。ロシア軍はクラスノホリウカとオチェレティネで何らかの戦術的戦果をあげ、チャシウ・ヤールへの強襲を試みたが、一日で約20両の装甲車両を失うことになった。一方でオチェレティネからの新情報はほとんどないけれども、この地区は危機に直面している。というのも、ロシア軍がここにかなりの規模の戦力を展開させ続けているからで、この戦力は新たな突進の準備である可能性が高い。ハルキウ地区でのロシア軍の前進を食い止めるために、ウクライナ軍が戦力を同地区へ移動させることを、ロシア軍は強要することができたが、ドンバス地方の薄いウクライナ側防衛線上での啓開浸透や突破は一切確認されていない。また、かなり多くのリソースを有しているにもかかわらず、ロシアはまったくその力を発揮していない。現状、一連の戦術的勝利が確認されてはいるが、それらの勝利はより大きな作戦レベルの成功に移り変わっていない。そうだとはいえ、情勢は安全からはほど遠い。以下でその詳細を示す。

チャシウ・ヤール

ロシア軍は運河の左側で、チャシウ・ヤールという都市自体を攻撃目標にしており、その目的は、運河から右側地区に展開しているウクライナ軍将兵を支える指揮連絡線と兵站連絡線を遮断することにある。KAB爆弾[*注:滑空爆弾]、MLRS[*注:多連装ロケット砲]、野砲が激しく使用されていることが確認されており、高画質画像を用いた私たちのチームの分析よって、破壊が生じていることが分かる。

  • ロシア軍は運河によって隔てられている運河地区内に脆弱な地点を数カ所見つけ、この地区の奥へと歩兵を車両で何とか送ることができた。だが、ロシア軍は足場となる適切な拠点を設けることができず、投入された歩兵のほとんどはウクライナ軍によって殲滅させられた。ただ、不幸なことだが、次のロシア軍の突撃は、今回はひどい結果に終わった攻撃よりもうまくいく可能性があり、こうなるのは時間の問題に過ぎないと、私たちのチームは確信している。

  • チャシウ・ヤールへ向かうカリニウカ[Kalynivka]地区における攻撃の北側前進軸上でも、ロシア軍はある程度の戦術的戦果をあげた。北側側面での前進は全体的にみてゆっくりとしたもので、ロシア軍は当初、陸橋を用いて運河を迅速に越え、この地域に到達するよう取り組んだにもかかわらず、苦戦を強いられた模様だ。

  • 最終的にチャシウ・ヤールがロシア軍の手に落ちることになると、私たちのチームは今でも考えている。だが、戦場の動向は、すでにここでの攻撃がロシア軍に大きな損失を与えていることを示している。攻撃の結果、ロシア軍は数十両の車両を失っており、それに加えて、空挺軍の兵力も失うことになった。空挺軍の兵力は、ロシア軍がこの都市を占領した場合、それに続いてさらに進撃するのに必要となるものだ。私たちのチームが以前に示したように、この地区におけるウクライナ軍にとっての成功は、チャシウ・ヤールという都市の保持ではなく、ロシア軍に対して、同軍が当初割り当てた以上のリソースを、この都市を奪う際に消費することを強要することにある。それに成功した場合、ロシア軍はリソース不足に陥り、チャシウ・ヤール占領から生じる優位性を活かすというロシア側の計画は破綻することになる。

バフムート南方

クリシチーウカ[Klishchiivka]をすでに奪取したとロシアは主張している。そして、このような主張は間欠的にロシア側から出てくる。実際のところ、クリシチーウカはただの瓦礫がれきに成り果ててしまっており、占領できる建造物は何一つ残っていない。このかつては集落だった場所は現在、グレーゾーンになっている。ここにロシア軍は時折、小さな戦術規模の部隊を送り込み、動画を撮ったり、クリシチーウカ占領の声明を発したりする。だが、多くの場合、これらの小部隊は、クリシチーウカに隣接する高台に布陣するウクライナ軍守備隊によって、撤退を強いられたり、殺されたりしている。

全般的にみて、ここの情勢は大きく変化していない。その特徴はロシア側からの日常的な突撃にあるが、それによって何か結果が出ることはほとんどなく、まったく結果が出ない場合もある。だが、この地区でロシア軍は頻繁に戦力ローテーションを行うことができており、その頻度は同地区のウクライナ軍旅団よりも多い。そのことを踏まえると、このロシア軍のアプローチが生む結果を、私たちは最終的に目撃することになるのかもしれない。この地域が占領されてしまうという脅威は差し迫ったものではないとはいえ、情勢はゆっくりとロシア側有利に傾きつつあり、この地区に展開するウクライナ軍部隊が増強されない場合、ここの情勢は、雪だるま式に動き始めることになるかもしれない。

オチェレティネ

オチェレティネのことは最近、ほとんど語られなくなっている。だが、私たちのチームは、ここが現在、最も危険な方面の一つだと確信している。ロシア軍はこの地区にかなり大きな規模の戦力を有しており、突進を進めていくためにこの戦力をロシア軍が使うであろうことは間違いない。このことを踏まえ、オチェレティネの北方へと、または、ヴォズドヴィジェンカ[Vozdvyzhenka]方向に北西へと向かう大規模な突進を、私たちは予期している。

ウクライナ軍が戦線を安定化させる措置をとっているとはいえ、戦力の割り当ては均一ではなく、そのため、戦線は不安定になり、かなり危険な状態になっている。私たちの分析によると、ロシア軍は前進方向に関して複数の選択肢を有しており、このことがウクライナ側の防衛を複雑かつ難しいものにしている。ウクライナ側のリソースが乏しいことを考えると、ウクライナ軍は兵力を慎重に割り当てねばならず、どのようなミスでも、ロシア軍による防衛網への啓開浸透と、ロシア軍の迅速な前進を招くことになりかねない。

衛星画像で確認できる砲撃の激しさから、ロシア軍の目的が、ウクライナ側防衛網を突破し、ポクロウシク[Pokrovsk]とコスチャンティニウカ[Kostyantynivka]を結ぶ高速道路に向かって進み続ける点にあることが推察できる。

ウクライナ領ドネツィク州ノヴォオレクサンドリウカ
48.277746, 37.577422 | 2024-05-11 07:39 UTC
(©Frontelligence Insight)

オチェレティネの南方に位置するソロヴョヴェ[Solovyove]地区もかなり不安定で、ロシア軍はある程度の戦術レベルの前進ができている。衛星画像を分析することによって、(ロシア軍前進部隊に対して、もしくは発起点に集結したロシア軍戦力に対して、砲撃していないことから明らかになっている)ウクライナ軍砲兵が展開していない場所で、ロシア軍がさらに戦果をあげていることが特定できた。このことは、ウクライナ軍部隊がいまだに砲撃力不足に直面していることを示している可能性が高く、また、砲弾が均等に分配されるのでななく、重要かつ危険な方面に分配されていることを示している可能性も高い。その結果、ロシア軍はこの状況につけ込んで、防御力が弱い地域での突進を行っている。

クラスノホリウカ~クラホヴェ地区

ロシア軍は機械化部隊を投入して、クラスノホリウカでの攻撃を強化している。戦果はほとんどあげられておらず、攻撃の大半が撃退されてはいるけれども、この地区は極めて不安定な状態のままだ。全般的にいって、クラホヴェ周辺の地区は強固に陣地化されており、そこに立てこもる準備もしっかりとできている。それゆえ、クラホヴェという集落の周辺でロシア軍が迅速に進撃することを、私たちは予想していない。そうであるとはいえ、クラスノホリウカが最終的に敵の手に落ちてしまうという脅威は、現実味を帯びている。チャシウ・ヤールの場合とまったく同様に、ここでの問題は、ウクライナ軍守備隊が乏しい兵力とリソースを用いて、攻撃側にどれほどの損失を与えることができるかという点にある。

まとめ

情勢を大きな視点で、全体的に眺めてみた場合、ロシア軍が今回の攻勢を開始して以降、作戦レベルでの重要かつ大きな成果を、現状、何ら達成できていないことは明白である。クラスノホリウカ、チャシウ・ヤール、ネタイロヴェ[Netailove]、ペルヴォマイシケ[Pervomaysk]で一連の成功を収めているとはいえ、ロシア軍はオチェレティネから外に向かう地点とハルキウ地区で大きな前進ができていない。私たちのチームは、ロシア軍戦力が同国内のさまざまなエリアから前線に移動していることを示す情報を継続的に記録しており、このことは、ロシアが依然として攻勢作戦を遂行するための予備戦力と車両を保持していることを示している。それゆえ、ロシア軍に損失が生じているとはいえ、私たちはロシア軍の攻勢圧力が減退することを期待すべきではない。スーミ州に近い[ロシア領]スジャ地区のような、戦闘地区ではない地域に、ロシア軍が依然として戦力を展開させていることを考えると、現在の攻勢はまだそのピークに達していないものと想定できる。可能性が高いのは、ドンバスの防衛力を弱める目的でウクライナ軍戦力を薄く広げていこうとする展開と試みが、さらにみられるということだ。

それに加えて、ロシア軍は全体計画に固執する傾向があり、全体計画から大きく逸れようとしない傾向があるけれども、政治指導者がロシア軍の意思決定に影響力を行使することはありうる。何が言いたいのかというと、ハルキウを主攻勢軸にすべしとプーチンが決めた場合、プーチンは参謀本部に影響力を行使し、必要な計画修正をさせることができるということだ。

今次攻勢においてロシア軍の前に開かれたチャンスの窓は、夏の終わりに近づくにつれ、狭まり始めていくことになる。夏の終わりになれば、新たに動員され、訓練を受けたウクライナ軍将兵が各部隊に到着し始める。また、当然ながらこれに同期するかたちで、西側からの支援物資が適切に届くことになる。支援物資の到着は、情勢を安定化させることを助けることができる。それまでの期間、ウクライナ軍にとっての主要な任務は、作戦上のあらゆる深刻な失敗を避けることにある。敵軍はウクライナ軍の失策を戦略的勝利に転換させることができるのだ。2023年の初めに私たちが指摘したのと同様に、ウクライナは今回のロシア軍攻勢の期間に、ある程度の領土を失うことになる可能性が高い。しかし、大事な目標は、作戦上の大失敗を避けることにある。たとえばそれは、コスチャンティニウカ~バフムート地区、ポクロウシク、ヴフレダル[Vuhledar]といった場所で部隊が包囲されるような大失敗を避けるということだ。

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