本記事は、戦争研究所(ISW)の2024年5月10日付ウクライナ情勢評価報告の一部を抜粋引用したうえで、その箇所を日本語に翻訳したものである。
ハルキウ州へのロシア軍の越境攻撃
ハルキウ州方面戦況地図の日本語訳
(米国東部時間2024年5月10日15時現在)
★ ハルキウ市から25km半径(測地上の距離尺度)
5月10日にロシア側情報筋は、ロシア軍がゼレネ[Zelene]、オヒルツェヴェ[Ohirtseve]、ハツィシュチェ[Hatyshche]、プレテニウカ[Pletenivka]を掌握したと主張した。
ウクライナ・プラウダ、ウクライナ人軍事ジャーナリストのユリー・ブトゥソウ、複数のロシア側情報筋が5月10日に報じた話によると、ロシア軍はストリレチャ[Strilecha]、クラスネ[Krasne]、ピルナ[Pylna]、ボリシウカ[Borysivka]を掌握したとのことだ。
5月10日投稿の撮影地点特定可能な動画によって、ロシア軍がピルナを掌握したことが分かる。
注:5月10日にロシア・ウクライナ双方の情報筋が主張した話によると、ロシア軍は戦線上10km幅の範囲で、最大で縦深5km分前進し、ハルキウ州の30平方km分の領土を奪取したとのことだ。5月10日に西側メディアの一つは、軍高官の話を引用するかたちで、ロシア軍がヴォウチャンシク[Vovchansk]周辺で1km前進したという見解を伝えた。
報告書の一部日本語訳
5月10日朝、ロシア軍はハルキウ州北部のロシア・ウクライナ国境沿いで攻勢作戦を開始し、戦術規模でかなりの戦果をあげた。ロシア軍はハルキウ市から北方の地点で攻勢作戦の第一段階を進めている可能性が高い。ロシア軍の作戦上の目的は限定的なものだが、この攻勢は、ウクライナ軍のマンパワーと物資を、ウクライナ東部の戦線上に位置するほかの超重要地区から引き離すという戦略的効果の発揮を狙っている。[略]
ロシア軍は今後の数日間で、ハルキウ州北部に築いた戦術レベルの足場を活用して、攻勢作戦を激化させ、ウクライナ軍をベルゴロド州と接する国境から押し戻し、野砲をハルキウ市をその射程範囲に収める地点まで前進させようとする可能性が高い。[略]
一方で、ロシア軍が目下、遂行中の取り組みは、ハルキウ市の包囲・占領を目的とする大規模かつ広範囲な攻勢作戦を、ロシア軍がすぐさま追求するつもりであることを示唆するものではない。ヴォウチャンシク方面におけるロシア軍の作戦は、すぐさまハルキウ市へ向かう前進を支えるものではない。なぜなら、ヴォウチャンシクはドネツ川とペチェニズキー[Pechenizkyi]貯水池の東側に位置しているからだ。ウクライナ・プラウダの報道によると、ヴォウチャンシク周辺でのロシア軍の攻勢的行動は陽動の可能性があるとウクライナ軍当局の情報源はみなしているとのことだ。ヴォウチャンシク周辺でのロシア軍の攻勢作戦は、ウクライナ軍守備部隊をハルキウ市の北方からドネツ川及びペチェニズキー貯水池の東岸へと引き離す意図で行われている可能性があり、そうでない場合、クプヤンシク[Kupyansk]地区で再開したロシア軍攻勢作戦に対して現在、防衛行動を遂行中のウクライナ軍部隊を、現在守備中の防衛線から引き離す意図で行われている可能性がある。また、ヴォウチャンシク地区でロシア軍が前進できた場合、同軍はウクライナ軍クプヤンシク方面守備部隊の作戦後方に圧力を加えることができるようになる可能性が生じる。リプツィ[Lyptsi]方面でのロシア軍の取り組みは、ハルキウ市に対する狭い幅の正面攻撃への支援になる可能性がある。けれども、ここ数カ月間で作戦立案能力を向上させつつあるロシア軍統帥部が、ハルキウ市に向かう、このような脆弱なルートを追い求める可能性は極めて低い。ロシア軍がリプツィ地区で攻勢を遂行しているのは、それがハルキウ市を狙える範囲内まで野砲を前進させる最も直線的なルートだからという可能性は高い。
ハルキウ州の国境地帯でのロシア軍攻勢作戦は、ウクライナ東部のほかの地区でロシア軍が前進できるようにする目的で、この国境地帯にウクライナ軍を誘引し、釘付けにするという戦略的な目標を有している可能性が高い。[略]
万が一ロシア軍がハルキウ市の掌握を目指すとしても、同軍は同市制圧に苦慮するすることになる可能性が高いと、ISWはこれまで同様に評価判断している。ハルキウ市掌握を目指すロシア軍の行動は、全面侵略の開始時以降、同軍が一度も行ってこなかった規模での開豁地を通る長距離進撃を必要とすることになるだろう。ロシア軍北方部隊集団隷下部隊は高い戦闘能力を有していないという話もいくつか伝えられている。入手した情報によると、第6諸兵科連合軍(レニングラード軍管区)に属する部隊が、ロシア軍北方部隊集団の一部として任務に就いているとのことだ。だが、これらの戦力はクプヤンシク方面における数カ月に及ぶ作戦で、歩兵と機械化戦力による攻撃を大規模に繰り返したにもかかわらず、戦術レベルの戦果を大きくあげることに失敗した。ロシア軍北方部隊集団はまた、ハルキウ市をうまく制圧するような野心的な作戦を実施するのに必要な規模の兵力を有していない可能性が高い。ロシアの反体制メディア"ヴェルストカ[Verstka]"は、クレムリン内のある情報源からの話として、ハルキウ市包囲作戦を遂行するには30万人の追加兵力(ロシア軍が現在ウクライナに展開させている約51万人の兵力のおよそ60%にあたる)が必要になるとロシア軍が分析していると、2024年3月に報じた。一方、ウクライナ側情報筋は、国境地域のロシア軍戦力が上述の規模からほど遠い状態であることを、ずっと示してきた。ウクライナ国防省情報総局(GUR)の副局長ヴァディム・スキビツィキー少将は5月2日に、ロシア軍が現在、国境地域に約35,000人の兵力を集結させており、この地域に合計で5万人から7万人の兵力を集める計画をもっていると指摘した。ウクライナ人軍事ウォッチャーのコスチャンティン・マショヴェツは5月5日に、ロシア軍が北方部隊集団内に約5万人の兵力を集結させていると述べ、その場所はクルスク州、ベルゴロド州、ブリャンスク州であると指摘した。また、それに加えてベルゴロド州に31,000人の兵力が存在していることも指摘した。ロシア軍はこれまで、複数軸での同時並行的大規模攻勢作戦の遂行がうまくできないことを示してきた。さらに、近い将来に2箇所かそれ以上の個所で大規模な攻勢を行うことを支えうる規模の「戦略予備」を、ロシア軍がすでに設けている様子もない。それゆえ、ハルキウ市掌握を目指す大規模な取り組みをロシア軍が遂行する場合、同軍がほかの超重要地区の優先度を下げ、かなりの規模の戦力を国境地帯に再配置する必要が生じる可能性は高い。そして、このようなことをロシア軍が行う可能性は極めて低い。というのも、ロシア軍の長期的な目標は、ルハンシク・ドネツィク両州の未占領地域を制圧することにあるからだ。
西側からの支援がウクライナの前線に大規模に届く前の比較的短い時間を最大に利用しようとして、ロシア軍が国境地域沿いでの攻勢作戦を始めることを決心した可能性は高い。[略]
報告書原文(英文)の日本語訳箇所