Russian Offensive Campaign Assessment, July 2, 2024, ISW ⬇️
なぜロシア軍はトレツィク方面で攻勢を行うのか?
戦争研究所(ISW)報告書の一部日本語訳
チャシウ・ヤール[Chasiv Yar]、トレツィク[Toretsk]、アウジーウカ[Avdiivka]の各方面で続くロシア軍攻勢作戦の相互作用関係は、ロシア軍統帥部がトレツィクで続く進撃を活用して、チャシウ・ヤール地区かアウジーウカ地区のいずれかで、作戦レベルの進撃を行う機会をつくり出そうとしている可能性があることを示している。今後の複数地区での作戦計画を支えることを可能にするロシア側の準備は、2022年初め以降今までの間にロシア軍統帥部がこの戦争において遂行できたことよりも発展したレベルの作戦計画と先見力の存在を示唆している。だが、このような作戦計画を実際の戦果に変える能力は、これらの地区で目下戦闘中のロシア軍が全般的にみて低レベルの戦術能力しか有していないことによって、制限されることになるだろう。7月2日、ウクライナ軍ホルティツィア部隊集団報道官ナザール・ヴォロシン中佐はウクライナ・メディア「ススピーリネ・ドンバス」でのインタビューのなかで、ロシア軍がトレツィク方面(チャシウ・ヤールの南方)からチャシウ・ヤールに対して強襲を仕掛けようとしており、以前からずっとトレツィク~チャシウ・ヤールの方面で攻撃を行っていると語った。ロシア軍がトレツィクからチャシウ・ヤールの南側面に向かっての攻撃を試みているとヴォロシンが示唆したことは注目に値する。シュミー~ピウデンネ~ピウニチネ~トレツィク[Shumy-Pivdenne-Pivnichne-Toretsk]全体を占める地区の比較的大きな突出部を、ロシア軍が攻略できる場合、ロシア軍はそののちに、チャシウ・ヤールをその南方からより確実に脅かすことができるようになる可能性があり、それは、チャシウ・ヤール北方のカリニウカ[Kalynivka]付近で続くロシア軍の攻勢努力を補完することになるだろう。ロシア軍はチャシウ・ヤールから南と南東の地区、特にクリシチーウカ[Klishchiivka]付近、アンドリーウカ[Andriivka]付近、クルディウミウカ[Kurdyumivka]付近で攻撃を続けている。このことは、ロシア軍統帥部が、少なくとも基本的には、チャシウ・ヤールの南側面への進入口を保っておくことに、依然として関心があることを示唆している。ロシア軍が最近、マヨルシケ[Mayorske](トレツィクの東方)で前進した結果、同軍はドネツ・ドンバス運河の東岸(左岸)で拠点を得ることになった。そのことによって、ロシア軍は、チャシウ・ヤールの北方と東方に位置する運河地帯を越えることを試みずに、運河の片方の岸沿いに南からチャシウ・ヤールに向かって前進できる。
一方、ウクライナ人軍事ウォッチャーのコスチャンティン・マショヴェツはトレツィク方面でのロシア軍の動きを、ポクロウシク[Pokrovsk]方面(アウジーウカ方面もしくはトレツィクから西と南西の方向の地域ということもできる)への突破の取り組みと結び付けた。マショヴェツは7月2日に、ロシア軍が直近の24時間でトレツィクへの攻撃を激化させていると指摘し、ロシア軍中央部隊集団(アウジーウカの西方で攻撃を行っているロシア軍部隊に対する担当責任を特に負っている司令部)が継続中の攻勢作戦を支援するために、新たに複数の大隊と突撃中隊を追加投入していることも指摘した。マショヴェツの見解によると、トレツィク方面で作戦を進める要因は、アウジーウカ方面と「直接的に関係している」とのことで、中央部隊集団所属のロシア軍部隊は、ポクロウシクとコスチャンティニウカ[Kostyantynivka]を結ぶH-32道路(トレツィクのウクライナ軍の補給路であるウクライナ軍の主要GLOC[地上連絡線])沿いでのウクライナ軍の展開を妨害しようとしていると、マショヴェツは分析している。
トレツィク付近でのロシア軍攻勢作戦の見通しに関する、マショヴェツとヴォロシンのそれぞれ異なる見解は、注目すべき戦場の動向を反映している。つまり、トレツィク地区から北進するチャシウ・ヤール攻撃と、そこから西もしくは南西へ向かうアウジーウカ方面での攻撃のどちらが差し当たり最も見込みがあるかによって、攻撃方向を柔軟に選べる攻撃進発地点がまさにトレツィク地区であり、そうであるがゆえにロシア軍統帥部は、6月中旬にトレツィク周辺での攻勢作戦をエスカレートさせることを選んだ可能性があるのだ。トレツィク周辺で攻撃するという明白な決心は、ロシア軍統帥部が作戦情勢に関して、これまで以上の先見力と理解力をもって、作戦計画の立案を進めている可能性を、はっきりと示している。なお、以前のロシア軍統帥部は、戦線上で相互につながりのない地点での、連携の欠いた各個にばらばらな攻撃作戦を推進していた。そうであるとはいえ、ロシア軍統帥部がこれらの作戦計画を実際に行うことができるかどうかは、トレツィク周辺に展開する部隊の、戦術レベルの任務遂行能力と、戦術レベルの戦果を作戦レベルの大きな突破に活かしていく能力に左右される。ISW[戦争研究所]が以前に指摘したように、トレツィク地区に集結しているロシア軍戦力の中心は、比較的質の低いドネツク人民共和国部隊と地域部隊によって構成されており、とりわけウクライナがこれからの数週間、数カ月の間に、さらなる軍事支援を受け取ることを考えると、低質なロシア軍部隊が適切な攻撃の遂行に苦慮することになる可能性は高い。
報告書原文の日本語訳箇所(英文)
【参考ウェブサイト】戦争研究所:ウクライナ戦況地図