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【冒頭部要旨】ISW ロシアによる攻勢戦役評価 1830 ET 23.09.2023 “流動的に動き出したザポリージャ州西部戦線”

以下は、戦争研究所(ISW)の2023年9月24日付ウクライナ情勢評価報告の冒頭部(PDF版pp.01-08、原文全体は上記URL先を参照)の内容を日本語で要約したものである。また、記事中で使用した戦況地図等は、報告書原文に添付されているものを転載した。

9月24日付ISW報告書  PDF版 pp.01-08の内容要旨:

ザポリージャ州西部オリヒウ方面の戦線に形成されているウクライナ軍突出部の周辺で、活発に防衛作戦を行っているのはロシア軍の以下3個師団に属する部隊である。

  • ノヴォプロコピウカ(オリヒウ南方13km):第42自動車化狙撃師団(南部軍管区第58諸兵科連合軍)隷下部隊

  • コパニ(オリヒウ南西11km)付近からロボティネ(オリヒウ南方10km):第76空中強襲師団隷下部隊

  • ヴェルボヴェ〜ノヴォプロコピウカ線付近:第7空中強襲師団隷下部隊。ロシア側情報筋によると、同師団の第56空中強襲連隊はヴェルボヴェ北方約5kmに位置するノヴォフェドリウカ付近に展開中とのこと

なお、ロシア空挺軍(VDV)の第7・第76師団がウクライナ軍突出部の作戦的包囲を命じられているという主張をするロシア軍事ブロガーもいる。しかし、ウクライナ軍側面へのロシア軍の反撃は限定的なもので、その場合は軍事的に適切な行動であるという以上の評価をISWは示すつもりはない。

図①:ザポリージャ州西部

一方でウクライナ軍は9月24日時点でオリヒウ突出部内から3方向に攻撃を仕掛けている。一つがロボティネからノヴォプロコピウカへの攻撃であり、もう一つはヴェルボヴェ西端への攻撃、最後がヴェルボヴェ北方へ攻撃である。

ロシア側情報筋は、ウクライナ軍が9月22日にヴェルボヴェ内へと突入したと報じ、9月24日時点で装甲車両を投入してこの集落への攻撃を続けていると伝えている。なお、ウクライナ軍参謀本部は、ウクライナ軍が9月24日にヴェルボヴェ付近の地点を新たに確保したと報告したが、その場所の具体的な位置は明らかにしていない。

ウクライナ軍はヴェルボヴェ北方の地点も攻撃している。ロシア側情報筋の報告によると、ウクライナ軍の攻撃の結果、ノヴォフェドリウカに展開するロシア軍第56VDV連隊(第7VDV師団)は、ヴェルボヴェ地区にいる姉妹連隊から孤立してしまった可能性があるとのことだ。ISWは第56VDV連隊が被包囲下にある可能性は低いと評価している。しかし、ヴェルボヴェ北方でのウクライナ軍の動きが第56VDV連隊を何とか上回ることができ、同連隊が現地点から動かなければ、この連隊が孤立する可能性はある。

図②:ヴェルボヴェ周辺の支配地域と高地を示した地図

ヴェルボヴェの北西に位置する高地(標高136.7m)が図②に示されている。ロシア側情報筋は、ウクライナ軍がこの高地への攻撃を試みたと9月23日に主張した。また、ウクライナ人軍事記者によると、ウクライナ軍は9月22日時点で北からのヴェルボヴェ迂回とヴェルボヴェ西端への攻撃を試みているとのことだ。

図③:ヴェルボヴェ周辺の支配地域と高地を示した地図

NASA FIRMS/VIIRS情報付

図②に、異常熱源を示すNASA FIRMS/VIIRS情報を加えたものが図③だ。 赤い丸で示した異常熱源発生地点がヴェルボヴェ北方に集中しており、この地域での戦闘を伝えるロシア・ウクライナ双方の情報の裏付けになっている。

VDVに近しいロシア側情報筋の一つは、ヴェルボヴェ地区でウクライナ軍が相当な前進をするという見込みを示し、それに関して動揺している心情を表明した。一方で、この軍事ブロガーの表明は、ヴェルボヴェ地区の戦況を誇大に示している可能性がある。そのようにする目的として、ロシア軍統帥部を否定的に描き出し、VDV司令官ミハイル・テプリンスキー大将に作戦権限をもっと移譲するように喧伝することがあると考えられる。

一方でロシア軍の対応だが、現在保持している陣地を守るために、ロシア軍はかなりの戦力を反撃のために浪費し続けており、もっと南方の整えられた防御陣地に後退するという軍事的に適切な行動を取ることに抵抗しているかのようにみえる。そして、比較的精鋭な部隊を反撃に投入することで、これらの戦力を減少させてしまっている。

米国の軍事アナリストのマイケル・コフマンとロブ・リーは、ロシア軍が縦深陣地を十分に活用しておらず、「本当の意味での縦深防御」を未だに実行していないと評価している。ロシアの「縦深防御」は、「空間を引き換えにして消耗させる」というものであるが、ロシア軍統帥部は前方防御を指向し、結果、ウクライナ軍砲兵によるロシア軍の消耗を招くことになったと、彼らは指摘している。前方陣地を保持するためのロシア軍の反撃は戦術的には重要であるが、作戦的な重要性を持ちうるのかどうかは不明である。

なお、ロシア軍統帥部は時間を稼ぐ目的で、反撃を命じ続けている可能性がある。しかし、このような犠牲を払って稼いだ時間を使って、クレムリンが何をしようとしているのかは分からない。また、1メートルたりとも譲らないという目的で戦力を犠牲にするロシア軍の手法は、クレムリンによる情報戦・ハイブリッド戦を支える意図があるのかもしれない。6月にウクライナ軍反攻が始まった際、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナ軍がロシア防御陣地への攻撃を成功させることはできないし、人員と西側製装備を大量に失うことになると語っている。このナラティヴを支えるために、ロシア軍は前方防御を行っている可能性がある。さらに別の可能性として、プーチンがマイクロマネジメント的な介入を行っている結果、前方防御をロシア軍が遂行しているという可能性も考えられる。

ウクライナ軍が南部戦線において作戦的に大規模な突破前進を達成できる可能性はある。以下の条件の場合、その可能性は高まる。

  1. ザポリージャ州西部で防衛網を維持できるだけの予備兵力もしくは戦力がロシア軍に存在しない。

  2. ロシア軍戦力を消耗させたあと、進撃を続けるのに十分な戦力をウクライナ軍が保持する。

  3. 現在の戦場の後方にあるロシア防御陣地が、ウクライナ軍によって過去に啓開された防御陣地ほど、地雷が重厚に埋設されていない、もしくは、陣地があまり整えられていない。

なお、突破の可能性が高まる上記の1.〜3.の条件は、そのすべてがそろわない限り、意味をもたない。

ウクライナ軍の反転攻勢は、極めて流動的なフェイズの最中にある。しかし、ウクライナ軍にとって好ましい兆候がみられるとはいえ、自信をもって今後の動向を示すつもりは、現時点のISWにはない。


参考記事:

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