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【記事紹介】戦争はそれ独自の意志で動いていく。イスラエルがガザに入ったら、その先に待っているのは、さらなる驚愕の事態だ(By Mick Ryan)

上記リンク先の英文記事(2023年10月24日公開)は、オーストラリア軍退役少将ミック・ライアン氏による、現在進行中のハマス・イスラエル紛争に関する論説です。

この武力衝突に関するイスラエル側にとっての課題を、ライアン氏は以下の3つに分類します。

① 政治目標設定
② 戦略的情報戦
③ 倫理的正当性

順不同になりますが、②の「戦略的情報戦」の問題から入っていきます。10月7日のハマスによる攻撃で、イスラエル民間人が惨たらしい目に遭った結果、道義的感情からのイスラエル支持が国際社会において、少なくとも一定程度は生じました。ですが、その後のイスラエルによる攻撃の結果、ガザ地区内での民間人の犠牲が増えるほど、イスラエルに対する反発は増す傾向にあります。

米国のシンクタンクであるCSISのハマスとヒズボラの情報技術利用に関する報告書には以下の記述があり、ライアン氏はそれを引用しています。

ハマスにとってプロパガンダは、自身への支持を固めていこうとするうえで、極めて重要な役割を担っている。最も典型的なハマスのプロパガンダのテーマは、パレスチナ人コミュニティ内でのハマスの地位を正当化することと、ハマスによるガザ支配の合法性を示すことに関わるものだ。

Daniel Byman & Emma McCaleb, “Understanding Hamas’s and Hezbollah’s Uses of Information Technology”

ガザ地区内で生じる犠牲を、その真偽は別としてイスラエル非難に向け、それがある程度支持されることで、ハマスのプロパガンダ戦略は成功します。一方、イスラエルは情報戦の面で遅れをとることになるのです。

この情報戦に影響を及ぼすものに、現代の報道環境があることを、ライアン氏は指摘しています。

最近起きたガザの病院での爆発がはっきりと示しているように、評価されているメディアでさえ、ファクトチェックなしにすぐさま非難に向かうことがありうる。ハマスはグローバルな情報環境につけ込んでいこうとする。その情報環境で情報を消費する人々にとって重要なのはスピードであり、正確性は二の次になる。

Mick Ryan, “War has a life of its own and if Israel enters Gaza, more surprises will lie ahead”

次に③の「倫理的正当性」ですが、この問題は「戦略的情報戦」とも深く関わってきます。

この「倫理的正当性」というのは、具体的には民間人の生命に配慮しつつ、戦闘行為を遂行できるかどうかという問題です。確かにイスラエルはガザ地区北部からの退避勧告を行いましたが、「ガザの多くの人々は比較的安全な場所に移動できずにいるのみならず、そうしようとしてもハマスによる妨害を受けているし、さもなくば、市街地環境での作戦で往々にして起こることだが、そこから立ち去ろうとする気がなかったりもする」とライアン氏は指摘します。

そして、「ガザでの民間人の犠牲は、10月7日のハマス攻撃後にイスラエルが受け取った道義的支援をゆっくりと損なっていくだろう」とライアン氏は述べます。また、ライアン氏が述べているわけではありませんが、この状況は戦略的情報戦の領域で、イスラエルに悪影響を及ぼすことになるでしょう。

しかし、イスラエル軍はガザでの戦闘で「倫理的正当性」を保持したまま、戦闘ができるのでしょうか。ライアン氏の見解は悲観的なものです。

市街地という環境は、たとえ多くの新技術があっても、敵戦力の正確な展開を把握する点で最も難しいところだ。ハマスはこの環境を利用して、住民の間に紛れ込んでいる。民間人犠牲者数を最小化するという課題は、10月7日にハマスが連れ去った人質の存在によって、よりいっそう難しいものになっている。倫理的正当性に関するイスラエルとその敵対勢力との間の非対称性が大きくなっていくことは、イスラエル政府にとって、政治的かつ戦略的な難題になっていくだろう。

Mick Ryan, “War has a life of its own and if Israel enters Gaza, more surprises will lie ahead”

最後に①の「政治目標設定」の問題を見ていきます。退役軍人のライアン氏は、軍事作戦を定めていく際に最も重要なものは「明確かつ達成可能な政治的目標」であると述べます。

ですが、イスラエル政治指導部の発言をみると、ハマスの殲滅、ガザ・イスラエル関係のリセットという内容に終始し、それは「明確かつ達成可能な政治的目標」とはいえません。「ハマスの殲滅は、政治的かつ軍事的目標といえなくもないが、イスラエルが直面した戦略的ジレンマへの短期的な慰めしかもたらさない」とライアン氏は述べます。

しかし、仮に「明確かつ達成可能な政治目標」が設定されたとしても「事態は悪い方向に向かうだろう」し、「今後の数日間、数週間のなかで一つ確実なことは、イスラエルの軍事作戦もハマスの軍事作戦も計画通りには進まないだろう」とライアン氏は指摘します。

そして、この記事のタイトルにあるように「一度戦争が始まれば、軍事行動はしばしばそれ自身の意志をもち、戦術レベルでの動向が、戦略と政治に影響を及ぼし、戦略と政治を左右し始める可能性がある」のです。

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