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「隠れトランプ」とアメリカの反体制 - NHK-BS『ザ・リアル・ボイス』の衝撃

アメリカで猛烈な勢いで新型コロナの感染拡大が続いている。1日の感染者数を伝える報道記事を検索すると、10月24日に8万3000人で過去最多と伝えていた。それが11月1日に10万人となり、7日に12万人となり、12日に15万人、13日に18万人となり、まさに指数関数的に増えている。当然、死者数も増加する。18日の報道では累計で25万人を超えた。ファウチが3月末に示した予測では、全米の死者数は20万人とされていたが、すでにそれを大きく上回り、年内に30万人を超える勢いにある。第二次世界大戦での米国の死者数が約29万人なので、間もなくそれを超える犠牲者数の統計となり、そのときは大きなニュースとして報じられるに違いない。アメリカは感染症対策に失敗した。現在の感染拡大の趨勢からすれば、また、本格的な冬が到来することを考えれば、主要都市での再びのロックダウンは必至で、それによって4QのGDPは大きく落ち込む結果となるだろう。

「隠れトランプ」とアメリカの反体制 - NHK-BS『ザ・リアル・ボイス』の衝撃_c0315619_14483482.pngNHK-BSで『ザ・リアル・ボイス 2020』の放送があり、全米4都市で拾われた有権者の声の映像を興味深く見た。プランテーション(FL)、ランシング(MI)、ラスベガス、ミネアポリスの4都市。4年前の『リアル・ボイス』は実に面白く、トランプがなぜ支持されているのかを理解する上で有意味な資料となったが、今回も米国政治の内実を深く考えさせられ、意味の探求と洞察を促される内容だった。やはり、生の声をインタビューで聞くのが一番いい。それも、今回の大統領選報道で現地在住の日本人の自称ジャーナリストがやっていたような、自分の思惑で都合のいいカットを編集し、1人30秒程度の動画を断片的に配列し、「これが現地の声です」などと一方的に説明する方法ではなく、1人の意見を10分以上聞き込み、会話の中で意思を探る調査の方が実態がよく伝わる。4都市で合計20人以上が発言しただろうか。最も印象深かったのは、フロリダ州プランテーションのダイナーで登場した二人組の中高年女性で、特にその一人である元心理カウンセラーの反応だった。


「隠れトランプ」とアメリカの反体制 - NHK-BS『ザ・リアル・ボイス』の衝撃_c0315619_14490061.png日本のメディアからの突然の取材を歓迎し、アメリカ人らしい気さくな態度と表情で、家族にも誰にも漏らしていない秘密だがと言いつつ、「実はトランプに投票する」と言った。同席していた友人は驚き、「実は私もトランプだが、まさか彼女がトランプ支持だとは意外だ」と衝撃を受けていた。こういう有権者がいるのである。インテリ風のリベラルで、有資産階層の良識派で、どこから見ても反トランプ・バイデン支持の風貌と属性で、周囲も家族もその人の投票行動をかく想定している人物の中に、こっそり内緒でトランプに投票する例外がいるのだ。本物の「隠れトランプ」である。彼女の告白を目の当たりにして、様々な想念がよぎった。NHKのドキュメンタリー番組の取材というのは、偶然や不意を装いつつ、必ず台本があり、物語の構成があり、周到な演出があり、狙った素材を仕込んだ上で撮影する。やらせが基本だ。(しかし、だからこそ、ドキュメンタリーが説得的な作品に仕上がる)。ハプニングに見える女性の発言が、どこまで本当に偶然だったのかは分からない。


「隠れトランプ」とアメリカの反体制 - NHK-BS『ザ・リアル・ボイス』の衝撃_c0315619_14501013.png推察を凝らせば、おそらく、NHKはフロリダの「隠れトランプ」を視聴者に可視化しようとして、素材を見つけて配置したのだ。けれども、それは単なる「やらせ」で終わる話ではない。虚構の中に真実がある。重要で刮目すべき政治の真相が窺える。彼女のような「隠れトランプ」が実際にいて、だから世論調査会社は投票結果をヒットできないのである。補正をかけてもかけてもエラーが出るのだ。捕捉できないステルスの政治主体。現実に、フロリダは彼女のような「隠れトランプ」が票を動かし、事前予測を覆してトランプ勝利の結果を導いた。NHKは彼女にそれ以上食い下がらず、なぜトランプに投票するのか理由を聴こうとしなかった。内面の真意は想像で組み立てるしかない。見ながら直観したのは、彼女はおそらくトランプ支持者ではなく、トランプを支持しているから投票するのではないということである。別の動機と目的がある。すなわち、4年前にサンダース支持者の一部がトランプに投票した行動と似た判断で、接戦の状況の中で自分の一票をトランプの数に含める選択に出たと思われる。


「隠れトランプ」とアメリカの反体制 - NHK-BS『ザ・リアル・ボイス』の衝撃_c0315619_15320396.png選挙中に屡々流れた右翼の言説として、中国は、次もトランプの方がアメリカの劣化と衰退に拍車がかかるから、トランプが勝利した方が都合がいいと内心思っているのだという、中国ヘイトの嫌味な憶測があった。いわば、その中身を本当に企図し待望しているインテリのアメリカ人が国内にいて、革命的事態の到来を目して極秘の投票行動をしているのだ。周囲や家族にはバイデンに投票する演技を見せ、密かにその先を展望した「革命」の行動に及んでいるのである。今回の「隠れトランプ」とは、そういう複雑で先鋭な政治主体のことではないか。つまり彼らは、意識の中でアメリカ合衆国の崩壊を先取りしている。体制の混乱と終末を呼び込もうとしている。NHKが、そこまで深く分析した上で、件のプランテーションのダイナーの「隠れトランプ」女性を取材したのかどうかは不明だが、彼女が屈託なく明かす発言の奥に潜む(恐るべき)本音を、私はそう深掘りし、ステルスである「隠れトランプ」の理念型として考察する。アメリカ政治は日本人が常識で考えているより先行している。日本の論者が提供する米大統領選の解説は、基本的に、DC発・米マスコミ発の定型的な議論をベースにしたイメージとストーリーでしかない。


「隠れトランプ」とアメリカの反体制 - NHK-BS『ザ・リアル・ボイス』の衝撃_c0315619_15080190.pngこの意外な「隠れトランプ」の政治行動を、ひとまず、デスペレート主義とかデストラクション主義と名付けよう。番組中、ミネアポリスの移民系の二人組だったか、かなり本質的なことを言っていた。選挙は民主党と共和党の二大政党制を守るものでしかなく、本当の民主主義ではないと批判した。会田弘継が選挙を総括して評している「民主党中道派というのがいかに米国民の信頼を失っているかの証左だ」という言葉が思い出される。4年前のサンダース旋風とトランプ現象のとき、論者たちは、アメリカ国民一般がいかにDCの既存政治に絶望し、ロビイストとシンクタンクが支配するDCアンシャンレジームを嫌悪し、そこからの脱却と解放を求めているかを説いていた。4年経って、有権者のその不満と欲求はもう煮詰められないほど煮詰まり、煮えたぎり、沸騰し爆発して心情は先の地平に行っている。平場のアメリカ人たちは、語る政治の言葉を失っていて、NHKのカメラの前で深刻に沈黙する姿を見せていた。4年前の「リアル・ボイス」では見られなかった光景だ。あれほど自由に率直に政治を語り、外国のわれわれに状況を整理して説明していたアメリカ人が、カメラの前で憂鬱に口ごもり、主張を語るのを断念している。


「隠れトランプ」とアメリカの反体制 - NHK-BS『ザ・リアル・ボイス』の衝撃_c0315619_15095809.png特に、北に位置するランシングとミネアポリスの労働者と移民系が重苦しかった印象がある。4年前に聞かれなかった言葉として、「早くパスポートを手に入れて、どこでもいいから国を出たい」というのがあった。この言葉は番組中に二度発せられた。日本人として衝撃を覚える。まだアメリカに来て日が浅い、せいぜい一代か二代のはずのヒスパニック系の若者が真剣にそう言っている。希望を抱いてアメリカに来た者が、苦境と疎外に打ちひしがれてアメリカから出たいと嘆いている。そういう言葉がなぜ出るのか、彼らのリアルな現状を推測すれば、理由は自ずと浮かび上がる。今、新型コロナで1日に2000人が死んでいる。犠牲になっているのは低所得階層の人々で、黒人やヒスパニックでエッセンシャルワーカーの立場の人たちが多い。格差社会の弊害が命に直結した厳しい事態になり、失業すれば医療保険の保護を失う。ラスベガスのダイナーで、娯楽ビジネスの仕事を解雇された中年の失業者が、持病の治療の不安を語っていた。日本や韓国や英国やドイツやフランスは、国民全員が加入する国民皆保険の制度を持っている。米国のヒスパニックの若者が「国を出たい」と願う理由が頷ける。アメリカは希望の国ではなくなった。


民主党と共和党の二大政党のアンシャンレジーム(=リベラル・デモクラシー体制)を続けることは、グリードな資本主義の収奪システムを続けることであり、もう彼らはその継続を容認できないのである。アメリカの体制を根本的に否定している。その破砕を願望している。今回、前回と異なったのは、どちらの候補にも投票しないと強く断言する部分がいたことである。若い有権者だが、思い詰めたような顔でそう意思表明していて、アメリカ内部の政治意識の変化の凄まじさを感じさせられた。嘗てはこういう種類のアメリカ人はいなかったし、われわれのアメリカ人の範疇にはいない。もっと余裕があった。追い詰められた人が葛藤している。若い人が新自由主義と格闘している。参考になる番組だった。

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