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どこかのドア

 目の前にドアがある。僕はそれを開けた。どこかで会ったような気がする人がいた。
「久しぶり」その人が声をかけてきた。
「お久しぶりです」
「元気そうだな」
「そうなんですかね? どうなんでしょう? そんな気がしないでもないですけど」
「それは何よりだ。元気が一番、根性二番、三四が気合で五に笑顔ってな」
「本当にそうですね」僕は愛想笑いをした。
「じゃあ。元気でな」
「はい。ぜひ、お願いします」
「じゃあな、ありがとうな」
 その人は去っていった。振り返ると、もういなかった。僕の目の前にはまた新しいドアがあった。僕はそれを開けた。
 見たことはあるが、名前が思い出せない人がそこにいた。
「あれ? こんなところで何してんの?」
「特になにも」
「変わらないね」
「ほんとそれ」
「谷村君、ちょっと痩せた?」
「いや、そんなに変わってないと思うけど」
「そう、なんかそんな気がしてさ。でも、またいつか会おうね」
「はい、ぜひ、お願いします」
「ありがとうね」
 その人は去っていった。振り返ると、やはりいなかった。またドアが目の前にある。僕はドアを開けた。
「あの時はありがとうな。マジで助かったよ」そこにいた人は僕の手を握って涙を流した。やはり、誰なのかわからなかった。その人と別れ、次のドアを開けた。
「なんか、いろいろ酷いこと言って悪かったな。申し訳ない」
「村西って覚えてる? あいつ社長になったんだってさ」
「これ、借りっぱなしだった漫画。返すよ」
「そのうち、みんなも行くから、待っててね」
 ドアを開けるたびに思い出せない人がいて声をかけてきた。僕はどうしていいのかわからなかったが、最後にはみんな、
「ありがとう」と言って笑った。
僕はドアを開けた。人が立っていた。本当に知らない人だった。
「お疲れ様。待っていたよ」
「はあ」
「じゃあ、行こうか」
「はい」
 僕はその人について行った。どれだけ歩いてもドアはもうなかった。
 そういえば、僕はいくつのドアを開けたのだろう。
「五千九百六十三です」その人が言った。
「すごい数ですね。後半になるにつれて、覚えていない人ばかりでしたよ」
「向こうも覚えていないかもしれませんね」
「そんなもんですよね」
「そんなもんですよ」
 なんだかとても眠たくなってきた。歩けば歩くほど瞼が重たくなる。
 大きな欠伸が出た。体の力が抜けていく。ドアが閉まる音がした。

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