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もうリアクション芸人なんてしないなんて言わないよ絶対

ーさぁ、みんな笑って!拍手っ!今だっ!もっともっと!

私には、生のパフォーマンスをしてくれる人に対して、なるべく良い観客でいたいと思ってしまうところがある。

お芝居、サーカス、オーケストラ、ライブ、子どもたちの学芸会。それから、最近ではTwitterのスペース、オンライン配信や、zoomの打ち合わせなどでも、なるべく良い観客でありたい。

「反応が悪いな。今日調子悪いかも…」とガッカリされたり、不安に思われたりしたくないのだ。観客が一つになれていなくて、いいタイミングで拍手を送れないサーカスなど、観覧に集中できないほどソワソワしてしまう。

オンラインの打ち合わせやイベントでも、場がシーンとしていたり、変な空気になってしまったりすると、進行の人が不安になっていないか心配で、なんとか盛り上げようとガヤを入れたり、大きいリアクションをしたりしてしまう。

盛り上がってないことを心配してないかな、メンタルに響いて普段の実力が出せなくなっていたり、なんなら、これを機に引退を考えてしまったりしないかな…。あぁ、落ち込まないで!君の笑顔が見たい!

ここは、私が観客をまとめなきゃ!さぁ、ほらみんな拍手だよっ!もっともっと!

その場を盛り上げなければいけないという謎の使命感を勝手に背負い、リアクションを必死にする。演者に全力でやり切ってもらいたいのだ。素晴らしいパフォーマンスを見せてもらったとしたら、その感動も絶対に伝えたい!

「今日のお客さんアツいな。やってよかった!幸せ!楽しい!これは天職だ!」と自信を持って欲しいし、相乗効果によってその人の120%の出来を、私も観たい。最高のパフォーマンスを味わいたいのだ。

**

そんな私が、先日、沖縄に旅行に行ってきた。2年ぶりの旅行だ。
夕飯に選んだのは、沖縄料理の居酒屋。なんとここでは沖縄民謡の生ライブを楽しみながら食事ができるのだ。

いーね、いーね。沖縄らしさを存分に味わえる!

テン、テレ、テン、テケテンテン…🎵

店内に鳴り響く三線さんしんの音色。ここは、まごうことなき沖縄。

美味しいお酒に酔いしれ、海ブドウ、ラフテーなど、沖縄の料理を堪能しながらも、これから訪れる今宵の生パフォーマンスに、ソワソワし始める私…。

私たちが通されたフロアは、30畳ほどの座敷席だ。コロナ禍ということもあってか客席はまばらで、子ども連れの家族が5.6家族といったところ。

お店のスタッフによってフロアの中央、どこからも見える位置に舞台が整えられた。ざわざわ…。いよいよ始まる生ライブ。

指と首をコキンとならし、構える私…。今宵も私の最適なリアクションによってパフォーマーの全力を引き出すことができるだろうか…。やってやんよ、沖縄…!

そこへ現れる、沖縄の民族衣装を着た若い女性と、若い男性。…来たな。パフォーマー!
女性のほうがマイクを通して一声。「ハイサーイ、みなさーん!」

私「ハイサーイ!!」

普段の元気の6割増しで応える。そんな大きい声、日常生活では出したことがない。きっと横にいた夫が1番驚いたに違いない。

ちゃんとついてこいよ、キッズたち! どこぞの陽気なおばちゃん(私)に負けてなるまいと大声で「ハイサーイ!」と叫ぶキッズたち。…いいぞ。頼むぞ。キッズたちは盛り上げの着火剤になることが多い。(私調べ)

「みんな元気がいいねー!嬉しいねぇー!」
沖縄のイントネーションで、わっとフロアを沸かせ、ニコニコと喜ぶパフォーマーの女性を見て一安心。ほらね、嬉しいってよ!これで今宵のライブも安泰だ。

2人は自己紹介をし、一曲目の演奏を始めた。女性がボーカルで、男性は三線とコーラス。軽やかで心地よい沖縄民謡を、観客は食事やお酒を楽しみながらいい感じで聴いていた。

一曲目が終わり、私はここぞとばかりに拍手喝采を送った。どさくさに紛れて「ヒュー!」とも言ってみた。

そして二曲目…
「では、二曲目。せっかくなので、みなさんで楽しみましょう!」

「イーヤーサーサー」の掛け声のあとに、「ハーイーヤー」と返す。「左手」と行ったら左手をあげて、「右手」と言ったら右手をあげて… のような、ちょっとした振りのある参加型の演目なようだ。

全力で応えようじゃないか…

イーヤーサーサー!ハーイーヤー!

しかし、この参加型パターン。反応している勢が少ないと、だんだん参加してる人たちが、自分が少数派であることに日和ひよって、徐々に尻すぼみになっていってしまうことで有名だ。(私調べ)

案の定、観客の反応がバラついていった。初めは踊りに参加していた大人たちが、だんだんやめていってしまったのだ。

音楽にのってはいるものの、踊りまではちょっと…という様子で、食事に戻ってしまったのだ。残るはキッズが数人とその母親たち、陽気の国で生まれ育ったっぽいオヤジが1人、そして…私だ。

いかん。ちょっと寂しい感じになってきてしまっている。心なしか2人の声や三線の音色にハリがなくなってきているような気もする…

ああっ、なんだよ、大人たち!せっかくの沖縄ナイト、全力で楽しもうよ!もっと前のめりに参加しようよ!恥ずかしいのはみんな同じだよ!みてよ、あの2人。あんなに頑張って唄ってくれてるのに…

彼らはこれを副業でやっているのだろうか?昼間はOL、サラリーマンで、夜だけこうして捨てきれなかった夢を見にやって来ているのだろうか…?家族には「いつまでも歌なんて唄ってないで早く結婚しなさい!」とか言われてるんだろうか… ここでこうしている時だけが、世知辛い現実を忘れて本当の自分に戻れるんだろうか…  
ああ、もっと、楽しく唄ってほしい!

そんな想像を勝手に巡らせ、さらに大きなリアクションという愛で返す私。

私のリアクションの大きさに、斜め左で食事していたわんぱく3人兄妹のいる家族も、それに競うように大きい声で「ハーイーヤー!」を返すようになってきた。

いいぞ、いいぞ、もっとだ!
だんだん盛り上がってきた…!

すると「わー!おねえさん、上手だねぇ〜?すごいね〜?」
なんと、パフォーマーの女性が私をいじり出した。
そんなそんな!私はいいから!空気が楽しくなってくれたらそれで!ゲヘヘ!

会場が一つになってきた。パフォーマーの2人は音楽を全力で楽しみ、観客は感動を素直に喝采に変え、全ての相乗効果で素晴らしい空気になっている……きっとみんながこの夜を思い出に深く刻むことだろう…。みんな、よかったね。

大満足で食事に戻ると、3曲目の演目が始まった。

テンケテケテン!♪   テンケテケテン!♪

「さぁ、楽しい曲ですよー!みんなも知ってるよねー!一緒に踊ってねー!」と、パフォーマーたちは両手を上げて沖縄民謡の踊りを踊り始めた。

おお!この曲は、志村けんの「変なおじさん🎵」 じゃないか!
よーし、一緒に踊るぞ!

しかし今度は踊り方の指導もなく、パフォーマーたちはフリースタイルで踊っている様子。わからなすぎて誰も踊っていない…     

まずい… このままではまた微妙な空気になってしまう。私がなんとかしなくては…

見よう見まねで手を上に掲げて、ヒョイヒョイしてみる。もう、キッズたちも踊っていない。このフロアで踊っているのはパフォーマーの2人と、私1人だけだ!

くぅ〜!なんとか!なんとか、キッズだけでもついてきてくれまいか…!
ほかに今日この会を盛り上げようという心意気のあるやつはいないのか…!

誰もついてこない寂しい。ほらほら〜 ヒョイっ ヒョイっ!

すると、ステージから声がした。
「さっきの元気なおねえさん!一緒に踊りましょう!ほら、こっちきてー」

…え?

会場の目線が一気に私に集まる。

こっちきて…?一緒に踊りましょう?
…え?私?
私…に決まっ…て、ますね……

おーまーえーらぁああああああ!!

ニヤニヤと私を待っている(ように見える)パフォーマーの2人。あれだけ味方のようなスタンスでいたのに、途端に敵に思えてきた。

しまった…どどどどうしよう…違うんだ! 私はただ場を盛り上げたいだけの人なんだ! 本当の私はそんな人間じゃないんだ! 本来は、隅っこでジトッとした目で陽気な人を見てる類の人間なんだ! ステージで踊るなんてできやしない!

しかし他の誰でもないこの私がここまでの盛り上がりをぶち壊すわけにはいかない! ここで断ったらせっかくあったまった空気が台無しになってしまう…

……やるしか…  ない!

「…行くの?大丈夫?」
夫が、至極当然の声かけをしてくる。大丈夫なわけないやろ。死体になった私の片付けはよろしくな。

「へへへ。いいんですかぁ〜? すいまへんすいまへん」という感じで、ヘラヘラしながらステージに向かう。内心は死刑台に登る囚人だ。酔いも完全に冷めている。今すぐにでも進路を変えて走り出し、ホテルの部屋に帰りたい。

しかし、ここは責務をまっとうしなければ…!歯を食いしばって壇上に上がった。

女性がマイク越しに尋ねる。
「おねえさん、今日はどちらからおいでですかー?お名前はー?楽しんでますかー?」
「名古屋からきたナミです」「さ、最高に楽しんでるさー」
ちょっと小さい声で「さー」も付けてみた。

「じゃあ、ナミさんも、みんなも盛り上がろうねー!」
「さー」はスルーされた。このやろう!

テンケテケテン!テンケテケテン!♪

「変なおじさん」 みたいな曲、「ハイサイおじさん」がまた始まった。

だめだ、やっぱ無理! どうしたらいい!? 顔は笑顔を保っていたが、頭の中はパニックだ。

夫も見ていられないらしく、横を向いて目の端っこだけで恐る恐るこちらを見ている。そりゃそうなるだろう。

えーい! もうどうにでもなれ!
向こう10年分の私の陽気成分をこの両手に注ぎ込んだ。

手をヒョイヒョイっとさせ、体でなんとなくリズムを刻み、雰囲気でごまかしていった。ヒョイッヒョイッ!
どうだろう?なんとなく沖縄民謡っぽいんじゃなかろうか?

ヒョイっヒョイっ

テンケテケテンっ♪ 

ん? 

変なおじさんっ 変なおじさんっ

両手を胸の前でパンパンっとたたき、広げる。
パンパンっ、パー! パンパン!パー! グーにしてぐるぐるぐる…

え?「変なおじさん」踊ってる?わたし…

パンパンっ パー!パンパンっ パー! やばい!これは違う!

一旦変なおじさんの振りが入ってしまうと、もうその場しのぎの沖縄踊りになんて戻れない。長年この体に慣れ親しみ、骨の髄まで染み込んだ志村けんの「変なおじさん」以外、何も出てこないのだ! 

変なおじさんが止まらない...! たすけてっ!

だんだん観客も「え…?あれって…」みたいになってきている。
会場全体が「どういう顔したら正解なの?」とざわざわしている気がする…!

陽気な三線と、軽やかな「ハイサイおじさんっ♪」という歌声と、中年女性が引きった顔で、志村けんの変なおじさんを踊っている、そしてそれをどう処理しようか、ざわざわしている観客。

……地獄だった

なんで私はここで「変なおじさん」を、知らない大勢の人たちの前で踊っているんだろう?必死に働いた1年をねぎらい、自分へのご褒美で50万円も費やして、なんで「変なおじさん」で腰をカクカクしているんだろう…?

その後、曲が終わるまでの記憶はない。

ハイサイおじさんが終わり、元のテーブルに戻ってからの動きの速さは尋常じゃなかった。3曲目の、三線の男性の方が唄う、ビギンの「島んちゅぬ宝」が始まったのを後ろに聞きながら、お会計を済ませ、店を後にした。

その旅行中、そこかしこから沖縄民謡が流れて来るたび、地獄の「変なおじさん」が脳によみがえり、私を苦しめたことは言うまでもあるまい…


果たして、私はあの日のライブで誰かの役に立てていたんだろうか……?
いや、そんなことはどうでもいいか。もう二度とリアクション芸人はやらない、と心に誓おう……

おしまい

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