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35 こびりついた汚れ落とし

少しだけお久しぶりになりました。

この数日いろんな「古いこと」の整理に当たっていました。大きく旋回していた輪が閉じた感覚があったので、言葉にできそうです。
しかし共有するには重たすぎるのかもしれない
内容です。
閲覧にはくれぐれもご注意を。


2020年は私にとって清算する時期のようです。
未解決のことは今のところ2つあります。
1つは前夫。2つ目は実家です。

『82年生まれ、キム・ジヨン』のレビューをラジオで聞きました。
私も82年生まれなので、幼い頃を想起させました。我が家にも兄がいます。兄と私は全く平等に育てられてません。

兄からすれば私は要領がよく「ずるい」存在です。しかし私から見れば兄は非常に恵まれてました。

兄には、家の手伝いや一人でどこでも行ける自由、学業にかけてもらえる金額など、免除されていること優遇されていることがたくさんありました。
一方私は自分の力で正々堂々と結果を出しました。

しかし兄からはずるいと批判され、母からは評価対象外で、父には「女は生まれつき家事が得意なんだろ?女に運転免許いるか?つまらない口答えするから女に勉強させるのは嫌なんだ」と言われてきました。

すでに小学生の時に、男に生まれてきたら自分の実力で生きていけるのに、なんで女に生まれてきたのだろう、と嘆き尽くしました。
残念ながら育ってきた環境には、女である自尊心というものは微塵もありませんでした。

それから25年くらい経って家族との関係は変わっていきました。私の意見が簡単に却下される関係ではなくなりました。

しかし、しっかりと心に刻印されていたんです。結婚してびっくりしました。しかも1度目の結婚でさらにダメ押しされてしまったようで、今回気づいたことは、自分の心の惨状です。
実家の家族からも前夫からも、「お前が悪い」と常に言われて、なんでもかんでも「まず自分が悪い」というふうに思う癖ができてるように感じました。もともとの性質も大いにあるとは思うけれど。

私の不満と要求を聞き入れてくれ、自主的に生活の様々な場面で考え行動してくれる今の夫に、自分のわがままに付き合わせた申し訳なさを感じる自分がいる。対等な人間関係をと考えれば、これは異常なことです。

幼少の頃に見たり経験したりした亭主関白と女性蔑視がむくむく膨らむ。
そして1度目の結婚で「平成版オレが1番正しい」夫との間で決定的に固着した「私だけが悪い」という考え方。

今は幸せな生活を手に入れたんだから、そんなの忘れちゃえばいいじゃない、と安易になれないくらいの恐怖心で染み込んじゃってるんです。
だって、手放せないのは「自分が悪い」になっちゃうから。無限ループへようこそ。

それが『82年生まれ、キム・ジヨン』のレビューを聞いた時に、「私だけが悪くてポンコツだったからこの恐怖心を心に持っているわけじゃないのかもしれない」という、着地が冷静にできるかもしれない希望が湧いてきた。
湧いてきたのよ。そんな簡単じゃないとは思うけど。

そしてもう一つ。

前夫(当時は婚姻関係)の愛人と3人で暮らすという異常な経験の時、前夫は「3人とも同じように苦しみを抱えている」と言っていたんだけど、はっきり違うと今なら思える。

「3人とも同じ」と言うことで、異常な状況を有耶無耶にしようとしてただけじゃないか。
そしてそれ以外のことを私だけが悪いことにして面倒ごとを闇に葬っただけじゃないか。
人間関係において、必ずどちらかだけが正しいということはないと思ってます。どちらも何か問題があるから事件が勃発するのであって。
その「オレが正しい」がまず歪んでる!

なんだよ、私だけが悪いなんてこと全然ないじゃない!

字面だけ見たらこんなに簡単なことを心の底から理解し合点がいって、腑に落ちるまで、なんと時間と葛藤と手間のかかることよ。

今年の長雨より長い私の心の梅雨明けまできっとあともう少し。







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