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【小説】野辺帰り  1/8

あらすじ

現代ではすっかり珍しいものとなった野辺送りという風習がある。その地域では野辺送りに加えて野辺帰りというものも合わせて一連の儀式とされている。その野辺の送りと帰りの儀式を執り行う『おくりもん』である「僕」は、儀式の最中に周囲を彷徨うろつく影を気にしていた。
儀式が進む中で次第に明らかになる、その地域の闇とも言えるべき状況と過去、そして「僕」の覚悟。その結末が救いであるのかどうかは、読まれた方の判断に委ねます。

各話リンク

#1 かそけき
#2 ととのえ
#3 さきぶれ
#4 おくり
#5 なれそめ
#6 みそぎ
#7 かえり
#8 しあげ

#1 かそけき

「ね、ひぃ君のご実家のご職業ってこれ?」

 洗濯物をたたんでいた桃歌ももかが手を止めてテレビを指した。
 僕はコンロの火をいったん止め、リビングへと顔を出す。
 画面に映しだされているのは納棺師を扱った映画。

「違うよ。うちのは『おくりもん』だから」
「へぇ、似てる」
「うちのはもっとマイナーなんだ。地域限定だからね。やってることはそう遠くないけど」
「ふーん。大切なお仕事なんだねぇ」

 桃歌はふんわりと笑みを浮かべ、再び手を動かし始める。
 僕もキッチンへと戻り、コンロの火を再び点ける。
 そんな何気ない日常のやり取りも、今は闇の中。

 懐かしい夢を見て目覚めると左腕がまるごと痺れていた。
 桃歌に腕枕をしたときの朝もこんなんだったっけかな――無理やりそう思い込んで、他は気にしないことにする。
 これがあんないいものじゃないことはわかっているが、そうとでも思わなければやっていられない。
 いや、とにかく切り離さなければならないのだ。
 今日は仕事だから。

 『おくりもん』の「おくり」は野辺送りの送り。
 野辺送りというのは日本各地で昔からある風習で、遺体を埋葬地や火葬場まで送ること。
 ただうちの『おくりもん』は送るだけじゃない。帰りもある。
 ちゃんと調べたことはないけれど、野辺帰りがあるのはうちくらいなんじゃないかな。
 しかもここいらでは仏教伝来前から伝わるというやり方をずっと守っているから、野辺送り自体もよその一般的なのとはお作法が異なる。
 そんな野辺送りと野辺帰りとの両方を取り仕切るのが『おくりもん』だ。
 さあもう準備をしなければ。

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