#19<前話 一覧 次話> 夏草の露 #20 好きと言う資格「なあ、トリー……僕の体を使うことはできないか? 僕の中で一緒に生きていくことはできないか?」 僕が居なくなったら会社にも取引先にも迷惑はかかるけれど、でも代わりの人がちょっと苦労してでも仕事を引き継げる。 代わりが居るんだ。 でもトリーは、トリーの言葉は、替えがきかない。 「フーゴ」 急にトリーが僕から離れた。 「手紙じゃなく声で、お別れができて良かった」 本当に救えないのか? だって
#18<前話 一覧 次話>#20 夏草の露 #19 夏草の露 僕は黄金髑髏を両手で抱えて、その空虚な眼窩を見つめた。 「申し訳ないですが、もう少しだけ手伝ってください」 僕は走り出す。 黄金髑髏をできるだけ地面に近づけたままで。 予想通り犬の影は追って来る。 間違いない。 こいつら犬の影にとって、この黄金髑髏は大切なものなんだ。 僕が向かう先にはトリーと瑛祐君、ネイデさんと他に女性が二人、それから初老の眼鏡男。 トワさんとエナガ、そして瑛祐君の
#17<前話 一覧 次話>#19 夏草の露 #18 決意 このまま追いかけるべきではない。 直感的にそう思った。 エナガのあの言葉が、俺の行動を牽制するためのハッタリには思えなかったというのもある。 さっきは強引にでも僕を連れて行こうとしていたエナガが、あえて僕を置いて行こうとした。 それはきっと彼にとって「大切なたった一人」を助けるために、そうする方が良いと判断したからなのだろう。 その彼が助けたい「大切なたった一人」というのはもしかして。
#16<前話 一覧 次話>#18 夏草の露 #17 選択 灯りを持っていたトワさんが居なくなると、結果的にここは暗闇へと戻る。 僕はリュックの中に手を入れて、手鏡とスマホとを手触りで確認しようとする。 光源となるスマホを探すのならば動きとして自然だろう。 すると辺りに光が広がった。 エナガが、どこから取り出したのか小さなLEDランタンを掲げている。 「おいおい。人の荷物を勝手に漁るのか?」 口の方は相変わらずだけど、エナガの表情からは先ほどまでの激
#15<前話 一覧 次話>#17 夏草の露 #16 救出劇「ど、どういうごとなのか、わがる、説明んぐっ」 本当にわからなかった。 彼が何に対して怒っているのか、そして一緒に居るはずのトリーはどうしているのか、こんなに攻撃的なのは僕がヤツラ側だと判断されたからなのか。 彼は僕を締め上げる手を緩めることもなく、睨み付けるばかり。 ただこのまま彼に絞め落とされるわけにはいかない。 というか苦しさに思わず手が出た。 ひん曲がったマグライトでエナガの肘を叩
#14<前話 一覧 次話>#16 夏草の露 #15 鉢合わせ とうとう投げつけてきたのかと思ったら、鹿の頭を振り回そうとしたところを羽交い絞めにされてすっぽ抜けた感じ。 もちろん羽交い絞めしているのは――。 「母ちゃん! オレだよ、瑛祐だよ!」 中の人はやっぱり瑛祐君だったか。 その彼が、女の肩をつかんで一生懸命語りかけている。 僕は自分の中の疑念を一つ晴らすために、そんな彼らに語りかけてみた。 「瑛祐君……僕のことを覚えてる?」 月に照らされてい
#13<前話 一覧 次話>#15 夏草の露 #14 こいつは誰だ?「……ウウウ……」 男がうめき声をあげると、裏口の扉が急に静かになった。 トワさんの持つ懐中電灯の光が扉から離れて地面を走り、男を照らす。 頭を抑えながらも、もう起き上がろうとしていた。 生きていることにはホッとしたけれど、これ、どうしたらいいんだよ。 丈夫な紐とかあれば、縛りあげるって手もあるだろうけれど。 「風悟さん、あの鏡使えないかな?」 「え?」 「風悟さんが持っているあの呪
#12<前話 一覧 次話>#14 夏草の露 #13 ゾンビハウス ……ギギ……ギギ……。 その音が聞こえて、僕らは足を止めた。 金属をこするようなその音は僕らがあと十数メートルで着くというゾンビハウスの方から聞こえてきているからだ。 さっきまで風が草木を揺さぶる音以外には何も聞こえていなかったというのに。 「風悟さん、何の音?」 「それは僕も知りたい」 唯一の明かりである月の光の下、眼前にどっしりと構える80年代アメリカのドライブイン的な建物。 注
#11<前話 一覧 次話>#13 夏草の露 #12 目眩と耳鳴り 触れた感じ、手のひらを広げたくらいの大きさの手鏡。 念のために裏側にも触れてみる。 ザラザラとした盛り上がりに彫刻的な装飾を感じる。 鏡面を伏せたまま慎重に取り出し、観覧車のゴンドラを降りた。 トワさんが今度は目を閉じている。 「もう目を開けても平気だよ」 「信じてるよ?」 トワさんと目が合う。 そして二人同時に手鏡を見た。 黒い手鏡。その裏側の猫のレリーフが月の光に照らされてい
#10<前話 一覧 次話>#12 夏草の露 #11 声「ヤツラ、こっち側に来ていないのかな」 トリーとはベタベタすることが全くないから、こういうのがあまりにも久しぶり過ぎて別の意味で心臓に良くないので、話題を変えてみた――というか本題に戻しただけだけど。 何気なく言ったことだったが、トワさんの何かのスイッチを押してしまった気配がした。 「そうそう。あたしもそれ思った。エリアを区切る壁というか崖って、見晴らしいいもんね。今日は月が明るいから、こっちから見下
#9<前話 一覧 次話>#11 夏草の露 #10 逃げなきゃ 怖い、というより、寒い。 冷気がどんどん増してきているみたいだ。 効き過ぎのクーラー並み。 トワさんの声が若干震えているのは思い出した怒りのせいなのか、それともこの寒さのせいなのだろうか。 また角を曲がる。 この通路は床に何も落ちてないし壁も滑らかに連続しているせいか、暗闇の中を歩いているにも関わらず歩きやすさを感じてしまう。 このまま早く通り抜けてしまいたい。 何かを踏んだりとか、
#8<前話 一覧 次話>#10 夏草の露 #9 暗闇で感じるもの「ちょっと待って」 反応がなかった辺りを中心に、マグライトの先端で円を描く。 少しづつ大きく、螺旋状に――手応え有り。 もう一度細かく確認する。 通路の角か? 「……曲がり角だ。一本道じゃなかったのか?」 「あ、ここ、ジグザグなんだよ。曲がり角ってことは、ここから水槽ゾーンなんだね。ネイデさんが言ってたんだ。普通の水族館って通路に対して平行に水槽面があるのに、ここの通路は通路に対して水槽
#7<前話 一覧 次話>#9 夏草の露 #8 幽霊船 メリーゴーラウンドの横を回り込むように抜けると、目の前に大きな幽霊船の船尾が迫ってくる。 とはいっても幽霊船は、累ヶ崎ホラーランドを二つのエリアへ分ける壁に突き刺さるように作られており、船尾部分しか存在しない。 なのでこの圧倒的に感じる威圧感は、幽霊船というよりは大きく高い壁そのものからのものなのだろう。 エリアはこちら側、全体の2/3ほどの広い方が『古の土地エリア』、残りの狭いが高台にあるのが『新
#6<前話 一覧 次話>#8 夏草の露 #7 悲劇のジェットコースター「ね、聞いてる?」 「あ、うん。右耳とかすごい駅名だよね」 戻りたいとはなんとなく言いにくかった。 そして本心を誤魔化すためについ何も考えてない人みたいな返答をしてしまった。 トワさんは肩をすくめたが、反論もしないしバカにもしない。 「ん……」 代わりに出たのがこの色っぽい声。 「……あたし耳弱いから、あまり息吹きかけないようにしてね」 僕は慌てて彼女から離れようとする――が、彼
#5<前話 一覧 次話>#7 夏草の露 #6 近づいて来る音「でね。古城の地下なんだけど、これがまた怖い噂があってね」 気を付けないとトワさんは廃墟トークで際限なく盛り上がる。 今どういう状況か分かっているのかと心配になるほどに。 こうしている間にもトリーに危険が迫っているかもしれないってのに。 「アトラクション情報はパンフの写しもあるし、噂については後で時間ができてからじっくり聞かせてもらうのでもいいかな?」 「あ、そうだね」 「じゃあさ。とりあえず
#4<前話 一覧 次話>#6 夏草の露 #5 情報交換 部屋の中へと足を踏み入れる。 違和感の正体にはすぐに気付いた。 たくさんの人影が、どれ一つとして動いていない。 中には、こんなポージングのまま動きを止めるなんて無理だろ、みたいなのもある。 いくつかの顔に光を当ててみる。 リアルな表情ではあるけれど、紛れもなく人形だ。 白人ばかりで服装は、昔のヨーロッパっぽい感じ。男性の人形は半裸で踊っているのも少なくない。 「エイスケです」 部屋の中央の