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アルゼンチンで撮影された最古のタンゴ映像は女性歌手の歌だった!

2年前に「アルゼンチン・タンゴ最古の映像発見!」として、1928年年末にキューバで撮影された、チリ生まれのアルゼンチンで活動した歌手・ピアノ奏者・作曲家ホセ・ボールの映像を紹介したが、そのすぐ後にアルゼンチン音楽を紹介した短編映画が存在し、まずまず良好な状態でデジタル化され、公開されていることに気づいた。
タイトルは「モサイコ・クリオージョ」(土地っ子音楽のモザイク)。https://www.cinemargentino.com/en/films/914988648-mosaico-criollo

監督はエレウテリオ・イリバーレンEleuterio Iribarren (Yribarren)。スペイン生まれで、フランスで音楽を学び、1912年に「プチ・サロン」出演のためブエノスアイレスにやってきてそのまま定住したバイオリニスト/ピアニストで、1929年当時はアルゼンチンを代表するジャズ・バンドのリーダーだった。エレクトラやオデオンに「レッド・ホット・パナメリカン・ジャズ・バンド」を率いて録音を残している。

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さて映画の方は1曲づつのビデオクリップのようなスタイルでフォルクローレとタンゴの両方のアルゼンチン音楽を紹介する以下のような内容。

1.私の農場は悲しんでいる Triste está mi rancho ホアキーナ・カレーラス Joaquina Carreras
伴奏がピアノ、バイオリン、チェロのトリオということもあり、フォルクローレというよりは民俗派クラシックの小品といった感じのサロン的な色あいが濃く、歌唱もかなりクラシック的な発声。曲種はトナーダだろうか。曲については不詳。
歌うホアキーナ・カレーラスはこの同じ1929年にタンゴのフアン・ギド楽団で数曲のタンゴやワルツを歌っている歌手と多分同一人物。この歌手はその後ブルンスウィック・レーベルにも数枚のレコードを残している。

2.マランボ Malambo /ヒメネス&スアレス Giménez & Suárez
おなじみガウチョの名人芸舞踏「マランボ」。1931年初のアルゼンチン制作長編映画(ただし撮影はパリ)「ブエノスアイレスの灯」にもフリオ・デカロ楽団の伴奏でマランボを踊るガウチョが登場するが、こちらの方が記録としては先だ。踊っている2人については、伴奏のギタリスト2名ともども不詳。

3.曲タイトル不詳/フリオ・ペルセバル Julio Perceval
続いて1曲目の伴奏も担当していたフリオ・ペルセバルが民俗調の曲をピアノ・ソロで演奏。曲タイトルは記されていない。フリオ・ペルセバルは1903年ブリュッセル生まれの音楽家で、1926年にアルゼンチンの映画会社の招きで、オルガン奏者として来亜、そのままブエノスアイレスに定住した。1930年にシネ・フロリダのオルガンで演奏した「ラ・クンパルシータ」のレコードは有名で、LP時代になってもタンゴやワルツをオルガンで演奏したアルバムを残している。なので、この人は本来オルガニストであって、通常ピアノは演奏しないはずだが、ここではイリバーレンに請われて演奏したのだろう。

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4.ボタラテ Botarate/アニータ・パルメーロ Anita Palmero
結局、最後の1曲だけがタンゴ。スペイン・マラガ出身で、クプレ歌手として中南米を興行したのち、ブエノスアイレスにやってきて、ホセ・ラサーノの勧めでタンゴを歌い人気歌手となって定住したアニータ・パルメーロが歌う。同世代のソフィア・ボサン、ティタ・メレーロらと並び、タンゴ女性歌手特有の下町口調の語り口スタイルを作り上げた先駆者のひとりである。
「ポタラテ」=間抜けというこの曲は民謡調の作曲もよくやった歌手アルベルト・アクーニャと作詞家ホセ・デ・チッコの作品。アニータのヒット曲として知られる曲だが、レコードは1930年録音なので、この映像の方が早いことになる。

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この映像ではピアノ、バイオリン、チェロという編成、サロン風の落ち着いた感じでタンゴくささは希薄だが、アニータの歌は表情豊かで素晴らしい。この1曲がアルゼンチンで収録されたタンゴ映像としては一番古いものになる(1928年年末のホセ・ボールの映像はたまたま滞在していたキューバのハバナで撮影されたもの)。
フォルクローレ、タンゴどちらにも女性歌手を起用しているのがちょっと意外。あと、関係者の多くが外国生まれのアーティストばかりなのが不思議だが、欧米で最初のトーキー映画を製作した会社の依頼なので、ヨーロッパとのつながりでそうなったのだろうか。
いずれにしても大変貴重な記録で、比較的保存状態も良く、こうした形で残ったのは素晴らしいことだ。 
(PaPiTa MuSiCa西村秀人)

アニータ・パルメーロ「ボタラテ」だけを編集した映像↓
https://www.youtube.com/watch?v=MvG65N-FfvI

以前の記事「アルゼンチン・タンゴ最古の映像発見!」 はこちら↓
https://note.com/panchitotanguero/n/ncecc2e1c9d96

追記:ここでホセ・ボールが歌っているタンゴは彼の作品「チョカ・エソス・シンコ」Choca esos cincoであることがわかった。タイトルは英語のHigh Fiveと同じ意味で、日本語では「ハイ・タッチ」と呼ばれている、挨拶や見事に何かを成し遂げた時にするしぐさのことだ。同曲はこの撮影の3か月後に伴奏付きでホセ・ボールがアメリカ・ビクターに録音している。


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