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流浪の月/【読書report】

この本を読みながら常に思っていたのは、職業柄、自分がこの主人公の少女と関わる大人だったら、ということだった。

「19歳の男子学生に監禁されていた小学4年生の女児」
という構図で見れば、「性加害があったのだろう」といとも自然に考えてしまっているだろうし、それを女児が否定したとて、「抑圧」「解離」「ストックホルム症候群」という心理学的用語で理解しようとするだろう。
そして、真実を見落とし、少女からは信用してもらえないだろう。

この小説のような事件はまれなのかもしれない。
とは言え、「起こりえない」ということなどない。
この子を性的に傷つけていたのが、養い親の息子だったとか、そもそも養い親の家がしんどくて逃げ出していたとか、加害者とされる男性が性的に成熟しない障害だったという要因は、すべて一つ一つは、「めったに起こらないこと」である。しかし、「決して起こらないこと」ではないし、むしろ、そういった特異な条件が特異な事件を生むこともあると思う。

ニュースで報道される様々な事件の裏には、報道からは見えない特異的な条件がありうるという意識を持つことは必要だ。まして、実際自分が担当するケースについては特に、思い込みや偏見で見ずに、相手の「真実」を語ってもらえる存在になれるように努力しなければならない。

と、ストーリーと関係ない第三の登場人物になりそうな自分もいたが、ストーリーにも十分に入り込めて、とても心揺さぶられた。
「多くの人はこんな反応するよな」というパターンが明確だったからかもしれないが、婚約者の亮くん、パートの安西さんや平光さん、叔母さん…みんな「普通」にそこらにいそうな人で、でも何だか「普通の人」が持っている嫌な雰囲気…善意や同情、優越感をまとっている。

そして、その「普通」っぽい登場人物も、途中から問題や闇を抱えていることが見えてくる。そうやって少しずつ登場人物像が膨らんでいくところも悪くなかった。

そう、このストーリーは、けっこう衝撃的なエピソードからスタートする割に、大事なことは伏せられていて、後になって少しずつ少しずつ全体像を明確にしてゆく構成なのだ。

もう一人の主人公、「文」が、何を考えていて、どんな悩みを抱えていたのか…ということも、本当に最後の最後で明らかにされるので、点と点がつながった快感が、このストーリーの哀しさと相まって複雑な読後感を生んでいるんじゃないかと思う。

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