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ゴジラVSコングが最低最悪の出来だった話 ~思考停止のコピペ人間になるな~

はじめに

こんにちは! 令和の黒ギャルことPakkyです!
7月2日、満を持して日本でも公開されたモンスターバースシリーズ最新作である『ゴジラVSコング』。わたしも7月4日に友達と見てきました!

前3作はどれもとても素晴らしい出来でしたが、その最新作ということでめっちゃ楽しみにしてました。コロナ情勢の影響で延期があり、日本ではようやくの公開となりましたが

信じられねぇほど巨大なうんちの塊を見せつけられた


ので、本記事で思いつく限りの不快だった点を列挙していきたいと思います。

本記事はこれからゴジラVSコングを見ようとしている人たちに不快な思いをしてもらわないよう、事前に「見なくていいよこんなもん」と警告する内容となっております。ネタバレを含んでいますのでご注意ください。

先立って、モンスターバースシリーズについて簡単に振り返りをします。



モンスターバースとは

モンスターバース(MonsterVerse)は、レジェンダリー・エンターテインメントが製作し、ワーナー・ブラザース・ピクチャーズが共同で製作・配給する、ゴジラとキングコングを主人公とした一連の怪獣映画を中心としたアメリカ合衆国のメディア・フランチャイズであり、シェアード・ユニバースである。第1作は、「ゴジラ」のリブートである『GODZILLA ゴジラ』(2014年)であり、「キングコング」のリブートである『キングコング: 髑髏島の巨神』(2017年)、『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019年)、『ゴジラvsコング』(2021年)と続く。 このフランチャイズは、全世界で合計16億ドルの興行収入を記録し、批評家からも概ね好評を博している。

※Wikipediaより引用

平たく言えば日本のゴジラとアメリカのキングコングが主役の怪獣映画。ハリウッド版ゴジラとか言われてたりもしますね。
シリーズモノなので1作目から見るとより分かりやすいとは思いますが、たくさんの怪獣同士がはちゃめちゃに戦う画面を楽しむ映画なので事前知識とかはほとんどなくても楽しめる娯楽作品として非常に優れたシリーズになっていると思います。

基本的にはアメリカが舞台なので細かいことを気にせず「U・S・A! U・S・A!」したい映画という感じでもあります。


1作目『GODZILLA』(2014年)
放射性物質を餌とするハリウッド版オリジナルの怪獣、「ムートー」をゴジラがやっつけてくれる話。ゴジラへのリスペクトが感じられる素晴らしい出来だった。

2作目『キングコング:髑髏島の巨神』(2017年)
髑髏島という未知の島に住まうコングの様子を描いた作品。「スカル・クローラー」等、こちらもオリジナルの怪獣が登場し死闘を繰り広げる。

3作目『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019年)
1作目の『GODZILLA』から5年後の世界を舞台に、復活した神話時代の生物たちとゴジラの戦い、それによって迎えるであろう世界の滅亡を阻止するために組織が奮闘する話。モスラ・ラドン・キングギドラ等、日本でお馴染みの怪獣たちが勢ぞろいする大迫力の怪獣大戦争。わたしの個人的にはシリーズの最高傑作です。

4作目(今作)『ゴジラ VS コング』
聳(そび)え立つ巨大なうんちの塊。ゴジラに対するリスペクトが欠片もなく、完全にコングが主役の映画。タイトル詐欺。『コング ~メカゴジラも出るよ~』に変更しろバカアホボケカスクソクズウンコチンコマンコ。


軽くウォーミングアップしたところで、それではいよいよ本題に入っていこうと思います。



ゴジラ VS コングが最低最悪のうんこ映画になってしまった理由 ~Piece of Shit~


先ずこの映画の内容をざっくりと話してしまいます(本編ネタバレ注意)

エイペックス社っていうなんか怪しい会社が秘密裏にメカゴジラを建造していて、ゴジラがそれに怒った(反応した)からエイペックス社を襲撃する(前作で倒したキングギドラの頭の1個を使ってメカゴジラをコントロールしていたため、それに反応したものと思われる ※諸説アリ)

怪獣が現れてもいないのになんでゴジラが街を破壊するの?ゴジラは人類の味方ではなかったの? 人類はパニックに

その過程でコングがゴジラを止めようとして喧嘩したりもする。基本的にはゴジラ優勢(建前上)。

ゴジラはコングを圧倒するが、最後に登場するメカゴジラにゴジラは苦戦を強いられる(ここを「コングがゴジラを消耗させていたから」とかいう解釈してるやつら全員うんちofうんち)

ゴジラの援護を受けたコングがメカゴジラにトドメ(おいしいところはコングにあげて両者のメンツを保ったというイメージ)←クソクソクソクソクソ

という流れです。ざっくりといえば。
はい出ました、この手の作品でわたしの大嫌いな【ライバル同士が突如現れた第三勢力を協力して倒す→お互いのメンツを保ったままハッピーエンド】のパターンです。いい加減にしてほしいわねマジで。これが一番期待を裏切られた感が強い。またそれかよ、的な。

しかも内容の良し悪しだけの話ではなく、よくここまで雑な作り方ができるなぁという感じでした。もう「こういうシーンが見たい」の部分をただ繋げただけの映像で全体の流れもクソもない。とにかく雑。USA!USA!できればいいじゃん、という域を超えて単なるPVのつなぎ合わせみたいな作品でした。

そもそも監督が嘘付くのがうんちの極みと言ったところでしょうか。
今作の監督を務めたアダム・ウィンガードは以下のように話しています。

本作の監督によれば、『ゴジラvsキングコング』ではゴジラまたはキングコングのどちらかが勝者に、どちらかが敗者になるという。『ゴジラvsキングコング』では、言わば”権利vs権利”のリングを降り、ファンが喜ぶ形で決着を付けさせるという。アダム監督は語る。「勝者を決めたい。原作はすごく面白かったけど、決着がつかなかったのが少し残念でした。ファンは今でも、あれはどちらが勝利していたかと議論しています。だから僕は原作からは離れて、よし、勝者を決めようと。」

いや決着ついてないでしょ? 今作を見て決着ついたなんて思ってる人いないよ。貴方が決着つけるって言ってたんだよね? なにこの巨大なうんちの塊は?

とにかく強い怪獣に立ち向かって片っ端からぶっ〇していくっていうゴジラはどこにいったのよ。1作目でも3作目でもちゃんとゴジラは敵を最後まで〇してきたでしょう? なんで今作はコングを踏みつけて見下ろして「ふんッ!」って言って帰るだけなのよ。他の怪獣となんの違いがあるの?コングにもトドメささなきゃ矛盾してるよね? ゴジラとコングが主役のシリーズなんだからしょうがねーだろとか言ってる人いるけどだったら最初から決着つけるなんて言わないでよ!結局大人の都合でなぁなぁで終わっちゃってるじゃん!思わせぶりなこと言わないでよ!好きでもないのにセックスしないでよ!セックスしたら女はその男のこと好きになっちゃうもんなんだよ!?優しくしないでよ!最初から期待させるようなこと言わないでよ!!!


それではざっくりと思いつく限りの点を列挙していきます。


①そもそもゴジラ VS コングじゃない
確かに両者が戦ってはいるけど両者の対決がメインではない。主役が完全にコングでコング視点のカメラの映像がずっと流されているだけ。完全にコングの物語を描いた作品だった。ゴジラはその都度登場させて暴れさせるだけで今作では単なる暴力装置。

②監督が嘘をつく
前述した通り、監督は今作で「ゴジラとコングで決着をつける」と発言していた。全然決着をつけていない。「でもコング倒してたじゃん」っていう人、もっと決着という言葉の本質的な部分で考えてほしい。それでもゴジラが勝ったって言えるの? わたしには到底理解できません。

③とにかく雑
エイペックス社がアメリカから香港に怪獣の卵やらメカゴジラの部品やらを輸送しているあの施設。あのズッコケ3人組がこうも簡単に秘密に辿り着くわけない。あんな施設に人がいないわけがない、見つからないわけがない。都合よすぎ。
各パートが「こういうシーンが見たい」っていう単品ごとをくっつけただけの画だった。繋ぎの部分がない。設定も作りも雑すぎ。

④ズッコケ3人組の意味のなさ
上記でも触れた3人組、いなくてもなんの問題もない。昨今重要視されている【多様性の問題】のせいか、黒人にスポット当てなきゃいけないからな・・・みたいなののためだけにあったパート。なんの意味もない。あれでハッキング成功してメカゴジラの活動停止できた、とかならまだ分かるけど停止のさせ方がまんま洋画でよくみるアレ。

⑤地球内部空洞の設定の雑さ
行くときは重力反転とかいってかなりSFっぽい画が見れるのに、帰るときはゴジラが開けた穴を登るだけ。途中のSFチックな描写とか完全無視。っていうかゴジラの熱線でそこまで簡単に通じちゃうのはどうなのよ。超苦労してあそこまで行ってたじゃん。じゃあゴジラは今まで何度も簡単に里帰りできてたんじゃん。もっと早くあの空洞にたどり着いてなきゃおかしいでしょ。

⑥小栗旬のキャスティングの意味のなさ
キャスティングされた意味が全くない。前作まで主要キャラだった芹沢博士の子供で、ゴジラのために犠牲になった父を見てゴジラへの想いがねじ曲がってしまった(メカゴジラでゴジラを倒してやるという思想になってしまった)っていう設定のキャラなんだろうなというのは理解できる。できるが、登場シーン全部合わせて片手で数えられるくらいのセリフしかない。英語があまりにも下手。すぐ死ぬ。なんのために出てきたのこの人?
自分の意志でメカゴジラを止めるとか、己の意志でちゃんとコントロールしてゴジラを圧倒するとかだったらまだ分かる。しかしゴジラを圧倒したのは暴走したメカゴジラであって彼の意志はどこにもない。結局何も成しえてない。本当になんのために登場させたのか理解できない人。いなくていい。

⑦日本人を徹底的に悪者のイメージにするクソさ
前作で核を炸裂させるのも日本人(芹沢博士)、今回メカゴジラを操縦してゴジラを討とうとするのも日本人(芹沢Jr)。

⑧芹沢博士は死ぬのにネイサンは死なないクソさ
上記に付随して、ここで少し1作目の『GODZILLA』について触れてみる。
芹沢博士(渡辺謙)はいわゆる被爆2世であり、1作目で日本人の心に訴えてくる象徴的なシーンがある。

ステンツ「反対だろうが、市民の安全が最優先事項だ」
芹沢、提督に時計を見せる。
ステンツ「止まってる」
芹沢「はい。1945年8月6日、午前8時15分」
ステンツ「ヒロシマか」
芹沢「私の父の時計です」

ゴジラ討伐に際し、核の使用を決定するシーン。日本人として絶対に核兵器の使用を認めない芹沢博士の揺るぎない意志を表明する名シーンです。
その後、3作目の『KOM』でゴジラを覚醒させるために核の使用を決意。犠牲になったのはこの芹沢博士でした。
「あれは芹沢博士が自分で進んでその役目を引き受けたんじゃん」とかいうツッコミがあるのは分かり切ってます。そんなのはどうでもいい。映画として日本人に核を炸裂させたことにしたというその事実自体がはちゃめちゃに胸糞悪い。あくまでも日本人がやったんだということにしたいらしい。渡辺謙といい小栗旬といい、この内容になんで待ったをかけられないのか。

同様に今作ではコングを叩き起こすために強力な電力が必要になり、飛行船みたいなものを爆発させてコングの心臓マッサージをしようみたいな展開になります。そこで今作の主人公であるネイサンは決意して飛行船に一人飛び込むわけです。当然「あぁ、今回はネイサンが犠牲になって爆発させるのか・・・」と誰もが思い込むわけですが、結果どうなったと思いますか?

「自爆ボタン押して脱出するンゴゴゴwwwwww」

は????????????????

マジで頭抱えたわね。ここで今作が評価に値しないうんち映画・オブ
・ザ・イヤーの地位を確固たるものにしました。そこは流石に〇んでおけよ。日本人は全員死んでメリケン人の主人公は死なないらしい。はいはい良かったね。

⑨ ⑥~⑧を総じて、ゴジラへのリスペクトの無さ
上記のことから、とにかく今作はゴジラに対するリスペクトが欠片もなかった。ゴジラ視点のパートは無し、ただ街を破壊する暴力装置。
そもそもゴジラは彼自身も被爆者という戦争の悲惨さを体現したキャラクターで、反戦の象徴たるキャラクターなのになんの意味も持たせず単なる暴力装置にしちゃだめでしょ。ゴジラの本質を欠片も描いてくれなかった。

⑩ゴジラはあんなに機敏に動かない
今作だけゴジラの動きが速すぎる。なんなんですかあれは。
ゴジラっていうのは一歩一歩「ズシーン・・・!ズシーン・・・!」と重厚な動きをする生物であって、ただ歩いてるだけでもものすごく息苦しくなるような重さが特徴ですよね。途中までは普通だったけど最後のコング戦とメカゴジラ戦でめっちゃ前傾姿勢でドスドスドスドス!って走っていくの見て開いた口が塞がりませんわね。めっちゃ速い。しかも人間が格闘技してるみたいな小回り利いたパンチとかしてるじゃん。お前は誰なんだ?
コングは分かるよ、猿だしビルに登ったりその狭間を転々と飛び跳ねたりするのは。ゴジラなんで急にダッシュしたり引っ掻きラッシュを繰り広げた?お前はゴジラじゃないよ。ゴジラの形をした何かだよ。


といった具合でまだまだ酷かったところを挙げられるのですが、急で申し訳ないのですが今とても腹が立ちすぎて具合悪くなってきたのでもうやめます。急に冷めてしましました。なんでこんなうんち映画にイライラさせられる時間増やしちゃってるんだろうって。こうやって振り返ってる時間が既にもったいないし具合悪くしてる原因になっちゃってるからもうこのうんち映画のことを忘れて日常に戻ります。なんでこんなにヒートアップしてしまったんだろう。

モンスターバースシリーズ好きだったのに。

1つだけいえることは、もう二度とモンスターバースシリーズは見ません。今作だけ自分に合わなかっただけ、とかじゃなくて今作のせいで今まで積み上げてきたものが自分の中で一気に失われてしまったから。
仮に次回作があってそれが絶賛されたとしてももういいです。
人間関係と一緒ですわね。信頼も愛情も積み上げるのには時間がかかるけど、終わるときは一瞬。「これだけはしてほしくなかった」の連続が今作の内容です。論ずるに値しない。

こういうこと言うとね、だいたい知ったふうな口きくヲタクが「おいおい、あのシーンには実はこういう意味があってだな。それはこういう設定があってだな、この資料を読んでくれよ!そしてこのインタビューも読むんだ!」みたいなこと言ってくるのよ。俺はなんでも分かってまっせwみたいなやつ。それ本当にお前が知ってた知識なのか?それって本当に劇場で見たときにそうだって分かったの?本当にお前の純粋な感想なの?
こういうやつってだいたいネットに漂ってる感想を自分の感想にコピペして上書き保存した何も考えてない【虚無のバカ】なんだとあたしは思ってるけど

あーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!
今すごくずっと言いたかったこと思い出した!


急に話ぶった切って悪いんですけどこれずっといつか話そうと思ってたこと思い出したから今話す!!!!!



余談

わたしちょっと前にネットでよく話題になった映画見たんですよ。
『ミッドサマー』とかいうやつ。もうね、最悪だった。
スプラッターで奇妙なもの見せてくる製作陣の単なるオナニー映画だったんですけど、「どや?刺激的で考えを深めたくなる映画やろ?w」っていう製作陣のドヤ顔が酷すぎて完全なゴミになり果ててたあの映画。

これ見終わって、何を言いたいのか何を表現したいのか1mmも理解ができなかった。あまりにも意味が分からな過ぎて(オナニー過ぎて意味なんてないんだろうけど)ちょろってネットの評判とか漁ったみたらビックリですよ。みーーーーーーーーーーーんな同じこと言ってるの。みんなだよ。
ありえなくない? やたらタロットカードとかに詳しくて「あの壁画にはこういう意味が隠されてて~」とか「このタロットはこういう意味があって~」とかドヤ顔で解説してるんだけど。お前それ他の誰かの解説を読んで自分の知識だと思い込んでるんじゃないの?って。他人の感想を自分の感想にコピペして上書き保存して、「他の人がこう言ってるから俺もこう思ったんだ!俺もこういう感想なんだ!そうに違いないんだ!」って。

映画って芸術の観点もあるけどわたしは娯楽の1種に過ぎないと思っていて、それを見せたときにその場で客に理解させないと意味なくない?って思うんですよ。家に帰ってネットの海に潜って1から情報整理して誰も知りえないであろう知識を調べて(この場合でいうタロットカードの話。わたしは自分のまわりにタロットカードに詳しい友人なんて一人もいない)その知識を持っていないと真にこの映画は理解できないんですよ~みたいなの。これ映画として最悪だと思うんです。

あの映画みて1発目で全てを理解できてる人なんてこの世に何人いるの?って話よ。全員知識としてタロットカードのことを詳しく知っていてこの物語を読み解けた人が何人いるんでしょうかね? ほとんどの人は絶対に「ようわからん」ってなったまま帰宅して、ネットに落ちてる他者の感想を自分の感想にすり替えてるだけでしょってことよ。こういう映画が最近多いこと多いこと。『テネット』とかいう映画もそうだったらしいですね、わたしは残念ながら見てないんですけど。友達が言ってました。

自分の考え・感想がなく、ただ画面だけを眺めて終わったらすぐさま他者の感想を自分自身にコピペしてるだけの人が多すぎる。それで「この映画を"見ました"w」って。映画を"見た気"になってる。これは大変なことやと思うよ。

ゴジラから脱線してこんな話をして何が言いたいのかって言うと、後出しで色々な情報や知識を必要としないと映画を見た気になれないならもう映画見なくてよくない?他者の感想文だけ読んで見た気になってればよくない?ってこと。それに加えて、人だけじゃなくてそういう映画自体も全部意味がないと思うよってこと。その場で客に何かを感じ取らせなきゃ意味がないんじゃない? 帰ってから色々知らない情報吸収させて、それでようやく映画の中身が理解できるような映画は映画じゃないと思います。少なくともわたしはそう思う。

だからみんなはそういう思考停止のコピペ人間にならないでほしい。それが言いたい。そして映画界はそういう映画を極力なくしてほしいと思います。



おわりに

もう今作の話するのやめます疲れました。もう思い出すだけでも時間が無駄だしこんな記事書くのも労力の無駄。文句なしのゴミでした。

最後にこれだけは言わせてください。
これからこのうんち映画を見ようか迷ってる人、見なくていいです。金と時間の無駄です。


おわり

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