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母親との距離の取り方

もう成人して、

結婚もして、

自分が母親にもなったのに、


自分の母親の目から逃れたくて、逃れたくて、


母親の存在が

大きくて大きくて、


参っている。


その気持ちの根底には、

自分だけが幸せになる罪悪感がある。


つまり

母親を差し置いて、

自分が幸せになるという罪悪感だ。


それが顕著に現れたのは、

父と母が離婚して、

その1年後に

自分も離婚した時。


母親が父のことをずっと憎んでいて

今までの自分がしてきたこと後悔しているのを横目で見ていた。


私自身は、

相手のせいにしていた自分だったけど、

ある時、

自分が変わらないといけないということに気づいたことをきっかけに、

自分が変わると見える世界も会う人も変わるという面白さに気づくことができた。

離婚で不幸のどん底にいたはずなのに、

どんどん新しい自分に出会う楽しさに目覚めていった。


そんな時、転機が訪れた。

地元の大阪を離れて東京に行くというアイデアが出たのだ。

(東京に条件に合う物件があるという話を知り合いから頂いた時)


さっさと東京に行くことを決めた。



その時一番距離を取りたいと思っていたのは

「母親」だった。

父を恨み、不幸で、力のない母親。


しんどそうに、辛そうにしている母親を見ていると、

自分が幸せになることに、

どんどん変化をして、行動していることに、

罪悪感を覚えた。


だからそこから逃げたくて、

母親を見ないように、距離をとって、

東京にきたんだよね。


母親は今、自分の新しいやりがいがある仕事にも出会って、

元気を取り戻している。

そして、

今、私と同じように

大阪から東京に住まいを移している。


きっかけは、

私が東京で再婚して、娘を出産した時、

母親が大阪から東京に手伝いに来て、

そのまま東京に住み着いたという流れになる。


私の自宅から歩いて5分の距離に住んでいる。


あの時は母親が来てくれたことに、とても感謝した。

元気になっている母親を見て、安心した。


本調子になった母親を、とても鬱陶しく感じている。

今になって気づくのだが、

母親が子供のテリトリーに当たり前のように介入してくるその意識が

信じられない。

自分の娘の夫だから、なんでも頼んでもいい

自分の娘の子供だから、なんでも好きなようにできる


自分のパートナーでもないし、自分の子どもでもない

私の夫や娘、そして、私の家に対して、

自分のもののように扱うことが許せない。


そう思うと、

父が経営する会社や、

私たちの学校が、

母親の全てだったように思う。

母親自身が、

自分ではないパートナーや子供を利用して、

自分の表現の場所に使っていた

そんな風に思う。

自分のためにしていたことのはずなのに、

きっと父を今でも恨んでいるのは、

父のために自分が色々我慢してきたと心の底から思っているからだと思う。

私も離婚したときは、
母親と同じように

前の夫との生活や、

夫のことを考えていたから

痛いようにその気持ちが理解できる。

でも、

そんな自分では幸せになれないと気づき、

そんな風に生きてきた自分とは遠く離れたところにいきたい、

と願っているからこそ、


どうか

そちらへ進んでいる

私の足を引っ張らないでほしいと願っている。

私の幸せを邪魔しないでくれと思っている。

どうか

私のテリトリーに入らないでくれと願っている。


それに気づいた私がしていることは、

母親から距離を置いたり、逃げ回ったりしている。

家にも勝手に入ってこないように境界線を引いているし、

娘も預けないようにしている。


それなのに、

ベランダに出て娘と景色を見ていたら、

その視界に、

たまたま下を通りかかってこちらを見上げている母と目があった。

発見した時は、ゾッとした。


お気に入りのカフェに行ったとブログにあげた次の日に、

母親もそのカフェに久しぶりに行ったとフェイスブックで更新していた。


私は今

心底母親のことが嫌いなんだと思う。


夫や子供のコミュニティーが

自分の表現の場所だと思ってきた母親が、


成人した後の子供のコミュニティーや家庭にまで、

自分の居場所を求めてくること


これが本当に嫌なんだと思う。


そんな風にしか生きられない母親が嫌いなんだと思う。


その嫌いな母親の存在が大きすぎて、

自分の幸せに邁進したいのに

したいことや気になる場所に母親の存在がちらついて、

足を引っ張られているような気持ちになっている。


救いなのは、

前までは鬱陶しいと思っている自分を責めることばかりしていたけど、

今は鬱陶しいと思っている気持ちに蓋をせずに、

徹底的に逃げ回ることをしていること。

無視することを自分に許可していること。


ではこれから、

どうしたら母親の存在を小さくできるのか?

物理的に、

距離を取ることは一番効果的なのかもしれない。

これは逃げるということになる。


あとは、

母親のことが気にならないくらいに、

自分のしたいことに邁進すること。

もし、

母親が邪魔してきたと感じるなら、

それはやれ!という私自身のサインなのかもしれないと

母親の存在の大きさを利用して、

自分自身の幸せをもっともっと追究することのカテにすること。


この2つとも並行してやっていくことにした。


今すぐに引越しをするわけでもないので、

近い距離にいるけど、

細心の注意を払って距離をとりつつ、

母親に対してのモヤモヤとするエネルギーを自分の糧にしたい

そんな風に思う。

あとは、

もう
過去の自分には戻らないから大丈夫。

母親に足を引っ張られる気になっている

だけ

という言葉を自分に言い続ける

ということもできるのかもしれない。

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