31作品目 映画「ラストマイル」(野木亜紀子)
どうも自家焙煎珈琲パイデイアです。
「淹れながら思い出したエンタメ」31作品目です。
今週の書き留めは
映画「ラストマイル」
さて、前々回が「アンナチュラル」前回が「MIU404」と新井P×塚原演出×野木脚本のTBSドラマを2本続けて参りましたが、それもこれも、これを書くための補助線でありました。
「アンナチュラル」に「MIU404」の世界線、通称「西武蔵野世界線」(私が勝手に作りました)を共有した「シェアード・ユニバース」映画として「ラストマイル」の公開が発表された時、どれだけ嬉しかったことか。どれだけ待っていたことでしょうか。
私ののめり込む癖が災いして、「アンナチュラル」「MIU404」を見返さないと、観に行けないよ、と合わせて20話以上のドラマを見返して、すごすごと映画館へ向かいました。
最初に申し上げておきますが、かなり良かったです。
大々的に宣伝されていた通り、「アンナチュラル」「MIU404」という大好きな作品の「シェアード・ユニバース」作品という側面も、もちろん、私が好きだった理由ですが、それ以上に、まず、この作品は野木亜紀子さんが映画でしか書けない物語を描いている、ということが何よりも嬉しいのです。
まずはしておきたい確認
「アンナチュラル」と「MIU404」をここで見つけた
「続編」ではなく、「シェアード・ユニバース」作品として、「西武蔵野世界線」の彼らが登場します。
まあ、このために先週、先々週とこの二つについて改めて書いてたんですけどね。
中で一番嬉しかったのは、ショッピングモールの爆発に初動捜査に駆けつけた陣馬(橋本淳さん)の相棒です。「MIU404」の3話で虚偽通報で捕まったバシリカ高校3年の勝俣(前田さん)だったのです。
「分岐点」とサブタイトルのついたこの回は、ドラマ全体でもかなり重要な回でした。そんな回でこの先のキーとなる成川の親友役だった勝俣が陣馬とエスカレーターを駆け降りていくシーンは、ファンとして、込み上げるものがありました。
その他にも、現場に向かう志摩(星野源さん)と伊吹(綾野剛さん)の車の中のやり取り、最終回で西武蔵野警察署所長になっている桔梗(麻生久美子さん)への報告で伊吹が使った「キュルッ」という言葉も、シリーズファンにはたまらないシーンでした。
あとは映ったのは一瞬でしたが、爆弾処理班が装置を運んできた車が懐かしの丸ごとメロンパン号だったのは最高でした。
「アンナチュラル」では、中堂(井浦新さん)の「クソっ」という口癖がやっぱり抜けていない感じ、それを嬉しそうに指摘する坂本(ずんの飯尾さん)しかり、コピー機の紙でじゃれ合うミコト(石原さとみさん)と東海林(市川実日子さん)とかUDIラボの緩い空気感がドラマそのままで最高でした。
それから、(窪田正孝さん)が東欧医大の研修生としての登場もありました。これがUDIラボに就職ではなく、大学病院の研修生という立場がリアルでした。変にファンに媚びて、くべがUDIにいないところ、そして、大学病院にいるからこその役回りが用意されていて、なんかもうどこを切り取っても、ファンを裏切らない引用です。
終盤、最初の爆破のご遺体が筧まりか(仁村紗和さん)本人であったとする根拠が、歯形でした。これもよかったです。
なんせ、歯形によるご遺体の照合システムはUDIラボの所長である神倉(松重豊さん)の思いのこもったプロジェクトでした。
そして、筧の本当の死の最後を知った中堂とミコトのやり取りもドラマの雰囲気がそのままでよかったです。
全体的に、「西武蔵野世界線」を知っていれば、要所要所で楽しめるけど、知らないなら知らないで、映画そのものの理解には支障がない、絶妙なラインでの引用でした。この匙加減は、さすが野木さんです。
安易に続編を作らなかった
製作陣へ信頼
いまだに根強いファンがいる、もちろん私もその一人ですが、「アンナチュラル」も「MIU404」も続編がつくらることがないまま、別作品が同じ世界をシェアする形で映画が封切となりました。
主人公の性質上、いくらでも続編の作り用のある作品だと思います。
しかし、野木さんも塚原さんも安易に続編を作ることはしませんでした。
おそらく、多くのこの世界線のファンはそこに信頼感を持ったのだと思います。
ミコトが解剖することにこそ意味のあるご遺体、機捜404の二人が駆けつけることに意味のある事件、これが揃うまで、続編は作らないと決めていたそうです。
そこまでの覚悟があったからこそ、西武蔵野世界線ファンの期待を裏切らない作品になり得たのだと思います。
この作品は社会がこの構造と戦う希望となりえるのか
さて、ここからが本題です。いや、長いね、本題までが。
この作品は過去2作品と大きく構造が違います。
過去2作品は、理不尽な死に直面した人を解剖したり、抗いきれない力に屈してしまい罪を犯した人を捕まえたりする物語でした。
いわば、市井の人々の物語でした。
しかし、今作の主人公であるエレナ(満島ひかりさん)と梨本(岡田将生さん)はどちらかといえば、理不尽を与え、抗えきれない力の側にいる人間です。
主人公の立場が違うことは冒頭で示されます。
箱詰めのバスを快適に追い抜いていく、タクシー。
9人の社員に当てがわれる廊下の奥まで並ぶ大量の背丈ほどもあるロッカーに対して、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたコインロッカーほどの小さなロッカーを使う何百人という契約社員。それをホワイトパス、ブルーパスという言い方で誤魔化す組織。
映画の中では、自社のスマホを発売するほど、人々の消費を支配している大きな会社の大きな倉庫の2トップの二人です。
そんな彼らが持つ大きな力のせいで、傷つけてしまった人間による復讐と戦う物語です。
だからこそ、筧の死は大きな覚悟を持ったものなのです。そして、その覚悟、根性をミコトは「いらない」と言い切るのです。
今まで野木作品は力を持つ側ではなく、持たない市井の人々を書いてきました。
そういう意味で今作の本当の主人公は佐野昭(火野正平さん)と亘(宇野祥平さん)親子だと言えると思います。
日本の流通を支える末端の委託ドライバーの親子です。
タバコを吸うにも荷物に臭いが付くことを気にして寒空の中、窓を開ける昭との仕事に対する感覚にジェネレーションギャップが見られます。
この辺りは野木さんが「逃げるは恥だが役に立つ」で書いた「やりがい搾取」を感じます。
しかし、そんな彼が運ぶ荷物はひとつ150円という破格の賃金、しかも、会社都合で回収した商品の賃金は当たり前に支払われない。「やっちゃん」なる人物の回想が物語られることで、日本の物流業界の斜陽が見受けられます。
このように対価が支払われていない構造がもう一つ。それは亘の前職です。
亘は質にこだわるがあまりコスト面でライバルに太刀打ちできずに倒産してしまった家電メーカーに勤務していたことが同業者とのやり取りでわかります。
コストが掛かるにはそれなりの理由がある、言い換えれば、コストが掛かっていないことにもどこか皺寄せがあるということです。
現代の消費は、そのコストの意味を排除する傾向がかなり強い、なんてことは私が指摘するまでもありません。
しかし、そのことによる弊害はなかったことのように、誰にも見向きもされません。
今や、当たり前になったシャッターで閑散とした商店街について、何かをいう人はほとんどいません。
そんなことよりも早く安くものが届けばいいのです。そういう消費が当たり前になったせいで、皺寄せを食っている人たちがいるのです。
渋谷の街に響く無数の「want」という言葉は無機質に迫ってきます。
自分達の仕事を「奇跡」と捉え、3日前の配達先まで記憶するくらいプライドを持っているのに、対価が支払われていないドライバーが、対価を支払われてないために倒産したメーカーの家電を使って、市井の家族を救う。
映画としてドラマチックに見せるなら、最後はロジスティックセンターでの爆発をエレナたちが阻止するのが、画的にも派手でクライマックス感があります。しかし、そのシーンは中盤に持ってこられます。
そして、クライマックスで救われたのは、団地住まいの母子家庭でした。
このラストはやっぱり野木作品でした。
おわりに
この雑記を締めるにはまだ書き切っていないことがたくさんあるのですが、もう読み疲れてらっしゃるでしょうから、この辺にしておきます。
あ、でもね、阿部サダヲさん、大倉孝二さんの演技は最高でしたね。
あの緊張感が張り詰める映画全体を通して、絶妙な間合いのコメディチックなシーンが緩和材料となっていました。
あれが出来るの、本当にすごいよ。コメディをやらないコメディ。笑わせるんではなくて、笑ってしまう。観ている側のコメディシーンでした。大人計画とナイロンの要ですよ。
なんか、床に炊飯器を置いてるシーン、初日にロッカーの前で時差を理由に欠伸するエレナ、会社にジムがあることを伝える社名がプリントされたガラス、なんか細かいところに作り手のこだわりというか、本気度というか、素晴らしかったです。
〈information〉
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