植物の図鑑‐カリガ版‐

〈325ページ「ヒヤシンス」〉

4月某日。

いつものように何をするでもなく部屋でウダウダと空虚な時間を消費していたら水島さんからメールが届いた。彼女が金沢に戻って来るという。あまりの突然の話に携帯がつるりと手から滑り足の小指に衝突してもんどりうった。

急いで支度をしてバスに飛び乗り金沢駅へ向かう。観光シーズンにはまだ早いけれど駅は十分すぎるほど込み合っていた。私は大勢の人から彼女を探すが上手く見つからない。もしかしたらあのメールは幻だったのかもしれない。携帯を取り出しもう一度メールを確認する。…確かに間違いない。私は再び辺りを見渡す。彼女はいない。諦めかけたそのとき私の右肩にツンツンと叩く感触があった。私は振り向く。そこには水島さんがいた。言葉を失う私に水島さん「ただいま」と言い、今日家から採ってきたというヒヤシンスを私にくれた。山形では今頃ヒヤシンスが咲くのだと言う。

ヒヤシンスはしばらく私の部屋を彩った。その美しき形と匂いでどん底の底を這いずり回る私を慰めてくれた。そして、匂いが消えたと思っていたらアッという間に枯れた。

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