暗がり坂逢引奇譚

夏休みに入る前日、サークルの飲み会がありました。いつものようにワイワイとお酒を飲み可笑しな話をして楽しい時間を過ごしました。この日の飲み会は特に楽しく、というのも私の隣にずっと憧れの黒須先輩が座っていて先輩とずっとお話ができたのです。先輩の実家は長野で明日帰省すると言い、お土産に飛び切り美味しいリンゴジュースを買ってくると約束してくれました。

飲み会がお開きになり先輩が面白いものを見せようかと声をかけてくれました。

「大丈夫、変なことしないからさ」

好奇心も手伝って私は先輩の後について行きました。「ここだ。ここがいい」先輩が立ち止まったのは主計町にある「暗がり坂」と呼ばれている暗い階段でした。ここは真昼でも暗いのに夜ともなるとより一層漆黒を周囲にまき散らしていました。

「魔訶…般若‥波羅蜜多…」

先輩が急にお経のようなものを唱えると暗がり坂の闇の中から次々と白い服をきた男女が歩いてきました。その人達は皆俯き何かを探すようにゆっくりとこっちへ向かってきます。私は怖くなって先輩の袖をギュッと握り

「先輩!これ、なんなんですか!」

と白い人達に気付かれないように小声で尋ねました。先輩は私の言葉が耳に入っていないようで

「空‐不異色、色‥即是空…空即是色」

と呪文を唱えることを止めようとしません。白い人達はヒタヒタとゆっくり近づいてきます。おそらく白い人達はこのお経に反応しているのです。

「先輩!止めてください。ねえ、お願い止めて!」

私は先輩の肩を揺すって必死で呪文を唱えるのを止めさせようとしましたが、先輩の意識は明後日の方向へ行っていいるようでまったく効果がありません。もうだめだと思った時、今まで少しも動かなかったすくんだ足が軽くなりました。私は先輩をその場に置いて逃げ出しました。浅野川沿いを全力で走り通りに出ると橋場町です。たまたまそこに一台のタクシーが停車していました。私は懇願するようにタクシーに乗りその場を離れてもらいました。

「お嬢ちゃんどうしたの?顔が真っ青だよ?」

後から同じサークルの友人に聞くと先輩は酔うと気に入った女の子を怖がらせる癖があるそうです。

…夏休みが終わり、先輩が「やあ、あの時は…」と言った瞬間私は思い切り振りかぶって先輩の左頬を思い切り叩きました。

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