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Myシドニーポートレート#2

シドニー生活3日目から語学クラスが始まり、私はペイジウッドのホームステイ先から310番のバスに30分ほど揺られ、シドニーの中心駅セントラル駅で降り、そこから15分ほど歩いてシドニー大学のキャンパスへと通い始めました。
クラスはシドニー大学の数あるカレッジの中のセントアンドリュースカレッジの小さなホール、アンガスホールにありました。
大きな幾本かの樹々に囲まれたアンガスホールの前には広大な円形のオージーフットボールの練習場があり、ブレイクタイムになると私たちはその芝に腰をおろして拙い英語で自己紹介をし、談笑などをしたものでした。

初めてのランチブレイク、私たちは食事のチュートリアルも兼ねて、ヘッド講師のフィオナのおすすめである大学内のフットボールクラブのクラブハウスにあるカフェテリアへ向かいました。
ホールから徒歩で5分ほどでしたが、その道すがら私は白人で一際背が高くスキンヘッドのピーターに声をかけました。
「やあピーター元気かい?」ピーターは少し戸惑った風で「元気ですよ」とポツリと答えました。
「僕は日本から来たんだけど、ピーターはどこの国?」ピーターは少し考える仕草を見せてから「ハンガリーだよ」とまたポツリと答えました。しかし残念ながらハンガリーに関する知識が私にはまったくと言って良いほど無く、繋ぐ言葉に窮しました。それでも当時夢中になっていたフォーミュラ1のグランプリが毎年ハンガリーでも開催されているのを思い出し、「毎年ハンガロリンクサーキットでのグランプリをテレビで観戦しているよ。東欧でのグランプリは珍しいよね」と拙い単語を並べて話してみました。
しかし、ピーターはいよいよ困った顔になりこう言いました。
「すまない、僕はほとんど英語が理解できないんだ」
スキンヘッドの大きな男が文字通り小さくなっていました。
白人の彼がアジア人の私より英語を話せないことが少し不思議でしたが、そのあとは「空がとても青いね」とか「とても美しいキャンパスだね」など目の前のことを話しながらクラブハウスへ歩きました。
それからしばらくの後、ピーターと私は別のクラスになってしまいました。

2ヶ月ほどが過ぎたでしょうか、私は新しい生活にも慣れ、時々クラスをサボっては大学のキャンパス内を一人で気ままに散策していました。
その日も私は、伝統あるシドニー大学の様々なカレッジの美しいゴシック建築を眺めようと例によってクラスを抜け出し一人で巡っていました。
オールドティーチャーズカレッジの建物は特に歴史が深く、私は恐る恐る中へ入り、隅々までその建築美を楽しんでいました。
ここで私は少し迷い、いくつかのホールを無造作に歩いていたら、天井のとても高いライブラリーに行きつきました。
室内は薄暗く、通路を挟んだ両側にその高い天井まで届く木造の書棚がずらっと並んでいて、等間隔に梯子が据えられていました。
その眺めはファンタジー映画の中に入り込んだ様な圧巻さで、私は暫し立ちすくみ、何を書いているのか一つも分からない古い本を手に取っては眺めて歩きました。
すると、天井付近の高いところから何か声を掛けられたような気がして私は立ち止まりました。
が、薄暗くよく見えず、まさかここに私を知る者などいるはずもなく、わたしは再び本を眺めて歩き始めました。
すると今度は頭上からハッキリとした声で私の名を誰かが呼ぶのが聞こえました。
上を見上げると、そこには数冊の本を抱えて器用に梯子に立つピーターの姿がありました。
彼は慣れた動作でスルスルと梯子を降りてきて、
「久しぶりじゃないか、こんなところでどうしたんだい?」と殊更おどける様に言いました。
「少し探検さ。それよりピーターはここで何を?」
「学費のために働いてるのさ。来る前から契約していたんだ。楽しいとは言い難い仕事だけどね」そう言い彼は笑いました。
そしてピーターは図書室にある本の説明や、近況を話し始めました。
「ピーター、ピーター、ちょっと待って」
会話の途中で私は慌てて彼の言葉を遮りました。ピーターは少し怪訝な顔をしている。
「ピーターすまない、もう少しゆっくり話してくれないか。あと、意味の分からない言葉があるんだけど」
わずか2ヶ月の間にピーターの英語力は格段に上達し、サボっては散策などを繰り返している私の英語力を遥かに上回っていたのでした。
私の言葉にピーターは一瞬キョトンとし、そして私たちは大笑いをしたのでした。

ピーターはじきに仕事が終わるからパブへ行こうよと言い、私たちは大学のそばにあるパブへ出かけ、冷たいヴィクトリアビタービールを数パイント楽しんだのでした。


🎵To All of You
Syd Matters

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