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Myシドニーポートレート#3

私は深夜のタクシーの窓から吹き込む冷たい風に震えながら寒さを我慢している。

ホームステイ先に着いた日、私はホストマザーのスージーにこの家のいくつかのルールを教えてもらっていました。例えばシャワーは5分で済ます、地下のビールは自由に飲んで良い、朝食は各々好きな物を自分で戸棚から用意して食べるなどの簡単なルールでした。
そして、私は自分に当てがわれた自室に荷を解き、本やらCDやらを並べていると、同年代のハンサムな白人男性が部屋に来て、「動物園に行くから一緒に行こう」と少し素っ気なく言いました。
私は着いたばかりで躊躇しましたが、まだ午前中だし、断る言葉もよく分からないので財布だけ持ち、ここの家族と思われる彼と家を出ました。
動物園へ向かうバスの中、多くを語らない彼は名をマートンであると自己紹介し、聞きなれない私の東洋の名を覚えようと繰り返しボソボソと発音しているのでした。
動物園は開放的な展示で、コアラやカンガルーが当然の様にいて、それをあまり笑いもしないマートンとあまり会話もせず見て回りました。
それから私たちはオペラハウスのある都心部のサーキュラキーに戻り、そこのテラスで簡単な遅いランチをビールと共に食べていると、マートンがこれから「ボンダイビーチのパブへ行こう」と言い出し、私の返事を聞くこともなく家に電話しておくと言い席を立ったのでした。
『ボンダイビーチ』それがシドニーのどこなのかも分かりはしないのですが、彼は電話を終えるやタクシーを止めさっさと乗ってしまい、私も慌てて身を入れました。

私はクラシカルなパブでマートンと同年代の陽気な女の子4人に囲まれ冷えたビールを飲んでいました。
つまり平たく言えば彼がナンパをしたわけです。4人が飲んでいるテーブルに行き、一緒に飲もうと。
私は状況に戸惑いながらも、今朝日本から着いたと言うと女の子達は驚き、日本について矢継ぎ早に質問をしてきて、返答するのに必死でした。一人の女の子が終始優しい言葉に直してくれたので何とか話せましたが、会話なんていう代物ではありませんでした。そしてマートンは私に話題が集中してるのがつまらない様子で、話題を変えようと必死で、それが少し面白くもありました。
この時私はあることに気づきました。
マートンが時折小さな辞書をポケットから出しては真剣に調べていて、それを見た女の子たちが揶揄する様に笑うのです。
マートンはそれが癪に障るようで少し不機嫌になったりもしていました。
「マートン、君はあの家の息子じゃないのかい?」私が聞くと、マートンはキョトンとし、女の子たちは一斉に笑い転げました。
「何言ってるんだ、俺はドイツ人でお前と同じくホームステイをしてるんだ、さっき言っただろう」
「はあ?」私はビールを吹き出しそうになり、ますます女の子達は大笑いでした。
マートンはクスリともせずに「食事はいらないとスージーにはさっき電話したから夜中まで飲むぞ」と言い放ちました。
うそだろ!私は心の中で叫びました。どう考えてもホームステイ先では私のウェルカムディナーがあると思われ、いや、そうかどうかは分かりませんが、私の想像では家族と自己紹介をしながら楽しく食事すると思っていました。
帰りたいと説得する英語力も無ければ、そもそもここがどこで、どこへどう帰るのかも分からない。私は仕方なく観念し、マートンのわがままを受け入れたのでした。

深夜になり、私は更によく分からない土地のパブで疲れと眠さと飲み飽きたビールを持て余していました。
マートンは先ほどの4人の女の子があまりお気に召さなかった様で、クージーベイに行こうと言い、またタクシーを止め20分近くかけここまで来たのでした。
クージーベイホテルと言う老舗のパブは彼のお気に入りの場所らしく、私はまた何人かの女の子に幾度か囲まれながら、ただただいつ帰れるのかだけ考えて虚に過ごしていました。
幾度かと書いたのは、先ほどのパブの様にナンパが上手くいかず、広いパブの中の女の子グループの元を渡り歩く羽目になったからです。
しょうがない奴だと少し冷めた目で私は彼を見ていました。
もっともマートンはこの時はただナンパしてるのではなくて、彼流の英会話の取得方法であったのかもしれません。

「帰ろう」彼が憔悴した顔で言った時、時計はすでに午前1時を回っていました。

私はどこを走っているのか分からないタクシーの後部座席でグッタリしていました。
運転手が窓を開けていて、吹き込む風がとんでもなく冷たく、震えてもいました。
昨日まで慣れ親しんだ日本の家にいたのに、今は知らない街の異国の運転手と今朝までは他人のドイツ人と共にこうしている。私の頭は少し混乱していました。日本での想像と余りにも違う初日に、不安なのか嬉しいのかよく分からない感情と共に私はそのままうずくまっていました。
窓、閉めてくれないかなあと思いながら。


🎵Locked Out
Crowded House





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