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何を思い、何を考えても自由。だけれども…。


心の中で何を思い、何を考えることも自由だということはわたしたちすべての人間に平等に与えられていることだと思います。それはとても素晴らしいことだと思います。そして心の中は誰にも見えません。


けれど何を思って、どういう行動をし、そしてどのような結果になったかということは自分自身が受け入れるべき責任でもあるのではないかと思います。

自由には責任が伴います。


それはよい結果はもちろん、悪い結果なら、なおさら自分の問題、責任として受け入れるべきではないかと思います。


たとえそれが到底受け入れたくない結果であっても、自分自身の思い(原因)からスタートしたものであるならばその結果については、どれだけそうじゃないと理由をあげてみても言い訳にしかならず、そして、言い訳はいくらでも出てくるものです。

他の人のせいや環境のせいにしたくなるものです。


けれど、まずは潔く自分の問題だと、自分の責任だと受け入れるべきではないかと思うのです。


それはとても苦しいことではあるのですが、原因結果の法則、因果の理法は宇宙の法則であり、誰もが逃れることができないものです。めくらましすることはできません。


たとえ生きている間にそれができなかったとしても、死んでからその責任は自分が負うことになるのだと思います。死んで終わりではないし、本当の自分(魂)は真実を知っているから。

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あくまでもわたしの人生観、死生観ではありますが、他人のせいにして自分を省みない人になってはいけないと改めて自分を戒めるためにも書いてみました。

同じように感じてくださる方に届きますように。

そんなの変だと思う方にも届きますように。



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