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別の生き方など無い。

おおじいちゃま
おおばあちゃま
何もないのに
二人並んでソファーに座す

いつもおやすみ前に
2人仲良く
並んでお話

「いい人生です。
キミのおかげだ
ありがとう」

「わたしなんぞのために
すみません」

「なんのこれしき」

「わたしなど放ると
また別の人生も
あったかもしれませんよ」

「別の生き方など無い」


おおじいちゃまは
素敵だ

おおばあちゃまは
子供を6人産んだ
子育ての王女様

しかし
相次いで
3人亡くなった
心不全だ

3人とも
20代で前日も
元気だったのだ

そんな悲しい
想いをしながら
2人で子供を守り
育ててきた

若き頃のある日
おばあちゃまは
自分の家が
わからなくなった

名前も歳も
わからなくなった

一時的と云え今
5年間ほど
記憶がおかしくなって
おおじいちゃまに
苦労をかけた

我が子を失った
ショックは
見えないところで
大きく動いていた

おおじいちゃまは
毎日懲りずに
見捨てずに
おばちゃまと一緒に
過ごして話し続けた
見込みがないと
云われてた

おおじいちゃまは
当時珍しい行動だが
おおばあちゃまのため

育児休暇のような
休暇を申し出て
会社を休んだ
保証は無い
とうぜん
給料がないのだから
たちまち
貧しくなる

それでも
希望は捨てなかった
少しも不満をもらさない
おおばあちゃまを
大切に大切にした


「三銃士」著者デュマ
彼は6歳ごろまでに
聖書やロビンソン・クルーソー
などを読破するほど
読書家で
17歳の時ハムレットの観劇を
きっかけに小説家になろうと決めた

彼は「三銃士」のヒットを
妬まれ石を投げつけられる

中傷にも動じず
「自分の人生は自身だけのもの」
必死に生きてきたと
思い返すことはある
しかし
「別の生き方もできた」とは
あってはならない
考え方だと遺してる

「後悔しない生き方を」
そう云いたいのだと感じた

『モンテクリスト伯』を
新聞小説として連載
日本では黒岩涙香さん訳で
『巌窟王』として発表され
この作品も意味深く
あらすじは割愛するが

登場する老神父の言葉が
素晴らしい
『人智の中に隠れている
不思議な鉱脈を掘るためには
不幸というものが必要なのだ』
と慰める

デュマのこと
作品をとおして
いつもいつも語る
おおじいちゃま

今夜言葉も
その著作の科白に
なぞらえてる


勇気の人であり
不屈の人であり
信念の人であり
忍耐の人である
いかなる困難にも
決してひるまず退くことなく

目標を成就するまで
粘り強く執念をもつ希望を持つ

「もうこのくらいでいいだろう」
「もう無理だ」「限界だ」
というような
心の障壁と闘いながら

自身の人生を楽しむこと
これが大切だ

おおばあちゃまの
手を握り
話して聞かせる
おおじいちゃまの
目は優しい

「キミなしでは
ボクの人生は無いのです。

別の生き方などありません

これからもふたり
楽しく生きましょう」


敬老の日
ボクはとても美しい
景色を眺める



参考
『モンテ・クリスト伯』
全7巻・山内義雄訳(岩波書店)など
(デュマについて調べながら)


★ボクの保護者は
ボクの親族の団体で
ボクにはたくさんの
おじいちゃまおばあちゃま
叔父、叔母がおります

学校ひとクラスぐらいの
団体であり、
なんならお嫁さんに来た
親族もぞくぞくと
仲間になるので数えきれない
ボクの親代わりの団体です

関西方面出身者が多く
医療従事者が多い親族です
なので言葉つかいが
独特ですみません

★★
朝学習という
地域でボランティアで
おじいちゃまが立ち上げた
勉強会は地域の
大学生が主となり動いています

どなたさまも
どのような年齢も
参加できますが
地域の方を主としています

これは
ボクに関わる
障害者施設やボランティア団体、
親を亡くした仲間
(交通事故など含む)
LGBTQ子供相談の仲間などの
団体のみなさまからも
参加しています

博士?と名のつく
研究メインの人々も
「先生役」をしてくださり
なかなか楽しいです



































読了ありがとうございます 世界の片隅にいるキミに届くよう ボクの想いが次から次へと伝播していくこと願う 昨年のサポートは書籍と寄付に使用しています 心から感謝いたします たくさんのサポートありがとうございました