おわりのはなし

彼女は氷を噛み砕いて食べるのが癖だった。
彼女と付き合ってから3ヶ月が経った頃、季節は初夏の5月。飲み終わったアイスコーヒーのコップに入っている氷を、ガラガラと口に含んだ彼女は、それをバリバリと噛んだ。

「氷食べるの、癖なんだよね。マナー悪いけど。」

苦笑しながら彼女は、ストローを押しのけて直接コップから氷を口に含み、また同じことをした。

「味が好きなの。それとも食感?」

僕はそんな人を見たことがなかったから、不思議だった。バリバリと噛むのがマナー違反なのかはよくわからなかった。

「うーん食感、かな。あまり分からないけど口に入れたくなる。」

掴みどころのない返事に僕は、自分の飲み切ったコップも彼女の方に押しやって、飲んでいいよ、と渡した。

「悪いからいいよ。」

まるでこの世の全員が氷を求めてるかのような遠慮をする彼女に、あまり理解が追いつかなかった。


バリバリとその音が耳障りだった。
僕たちが付き合ってから一年と少しが経って、また僕たちはアイスコーヒーを飲んでいた。

僕は重苦しいその空気に潰されそうになりながら、机の端を見つめていた。彼女はその空気をぶち壊すかのようにバリバリと氷を噛んだ。

「今やることじゃねぇだろ。」

別に、いい。とりあえず、耳障りだった。バリバリと噛むその豪快な音が妙にイライラさせられた。

「ごめん、そうだね。」

返事とは裏腹、彼女は氷を噛み砕きながら返事した。ゴトン、と音を立てて置かれたそのグラスにはもう氷はなにもなくて、結露した水が机の上をぐしゃぐしゃに濡らしていただけだった。

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