秋桜、君と一輪
彼女は毎年秋になると、秋桜を一輪だけ花屋で買って帰ってくる。
選ばれた秋桜は、二人暮らしのマンションの食卓に置いてある細長い一輪挿しに挿されるのだ。
僕達はまだ結婚していない。
そろそろプロポーズをしたいと思ってから、思い切って言うタイミングを掴めず、引き延ばし、1年が経ってしまった。
彼女はプロポーズを急かしてきたり、結婚を迫ってくるようなことはしないが、付き合って3年が経つ。
そろそろ、そろそろだと思う。
もうすぐ、また秋が来る。
そうだ、今年は僕が一輪の秋桜を買おう。
仕事帰りに花屋に寄った。
全然分からない花の名前が並ぶ。
「あの、秋桜はありますか?」
恐る恐る若そうな花屋のアルバイト店員に聞く。
「あー、ありますよ、そこ」
アルバイト店員が指を指した先にはカラフルな秋桜が綺麗に咲き誇っている。
何色がいいのだろう?
彼女は気分で色を決めているのか、決まって毎年この色、というものはない。
ピンク?いや白?オレンジ?
ふと目に止まったのは、まだ食卓の一輪挿しに刺されていない色の秋桜。
「これは、何色ですか?」
「チョコレートコスモスですよ」
チョコレートコスモス。
初めて聞いたが、なんだかバレンタインでもないのにバレンタインみたいだ。
「これを、一輪だけください」
家に戻ると、彼女はまだ帰ってきていなかった。
そっとチョコレートコスモスを一輪刺しに挿す。
うん、ちゃんと真っ直ぐ咲いている。
夕焼けが眩しかった。
彼女が扉を開ける音がした。
彼女は家に入ると、新しい花が挿してある一輪挿しに気づき、嬉しそうな顔をした。
「あのさぁ、そろそろ結婚しないか」
咄嗟に言ってからしまったと思った。
指輪を買い忘れた。
まぁいいや、また二人で買いに行こう。
彼女はふんわりと笑っていた。
秋桜、君と一輪。
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