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明治時代のコンパス

夕方、実験室を抜け出した後輩に尋ねると、自動測定を開始したのでポケモンGoをしに行くと言いました。
それでも、携帯の方位磁石(コンパス)アプリが示す「北」は、街中や屋内ではけっこう狂うのをご存知ですか。
鉄骨のビルなどが出す磁場に、地磁気の信号が埋もれることが、物理的な原因です。


昔はそうでもありませんでした。たとえ東京のど真ん中でも、きちんと「地磁気」が測れていたのです。
明治時代の地磁気データが残っています。
https://www.kakioka-jma.go.jp/en/obsdata/tok_data.html
観測地点は、「麹町区代官町」の東京気象台で、現住所でいうと千代田区千代田1-1。
いまの皇居内、宮内庁書陵部のあるあたり(公文書館、近代美術館の堀を挟んだ向かい側)に地磁気観測所があったようです。
しかし大正になって、東京で鉄道網が発達するにしたがい、都内での地磁気観測は困難になります。
電車を動かすための直流電流が、大きな磁場を作るからです(右ねじの法則)。

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地磁気観測所HPより https://www.kakioka-jma.go.jp/intro/box1/1897.html

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Google Mapより


今は茨城県柿岡市に地磁気観測所があります。
その移設には、物理学者・文学者である寺田寅彦が貢献したと言われています。
観測への影響を避けるため、柿岡から半径30 km以内は、電車は直流ではなく交流電源で動くようになっています。(大まかに言うと、交流は規則的に変動するため、地磁気と区別しやすい)
そのため、つくばエクスプレス守谷以北は交流が使われています。
守谷-みらい平間にある、交流直流切り替え地点(デッドセクション)は、鉄道ファンの中では有名なスポットです。
https://youtu.be/rFAiHvoIIOk

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【デッドセクション】つくばエクスプレス 守谷-みらい平 前面展望(交直セクション通過)https://youtu.be/rFAiHvoIIOk 様より


寺田寅彦は地磁気が急速に時間変化する現象(現在でいう磁気嵐)について、先駆的な研究を行っており、その論文(1917年の東京帝国大学紀要)は今も読むことができます。
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=37742&item_no=1&page_id=28&block_id=31
当時の測定手法は、糸でつるした磁石の動き(ねじれ)によって、地磁気の変化を観測するものですが、電子素子を用いた現代の測定に勝るとも劣らない、ナノテスラという微小な磁場変動の測定に成功しています。職人芸的な実験だったことでしょう。

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T. Terada "On Rapid Periodic Variations of Terrestrial Magnetism" (1917) (Fig. 5B)より

現代の測定装置は、みな自動制御ですから、プログラムを設定してボタンを押すと、しばらく待つだけで結果が出ます。
思い返せば、きれいに色付けしたグラフや写真ではなく、装置の針がカクンと振れた瞬間や、メータの数値がカチッと変わった瞬間の方が、今でも私の記憶に残る実験風景となっています。
数時間自動測定を行って、最終的に出力された「.dat」ファイルだけ見るのもいいですが、私は自動測定する前に、値の大まかな動きを装置を直接見て、目で確認することにしています。ミスを省く意図もありますが、その方が、パソコンの画面を見つめるよりも、この身で自然と相対している気がするのです。

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